6.魔物料理屋での攻防
魔物料理が絶品。
トマリ先生の言葉を反芻して、私は硬直する。
「はは、そんなに驚いてくれたら連れてきた甲斐があったっすね」
「え、え……?」
私が魔物恐怖症であることは、マギスの学び舎の講師であれば周知の事実のはずだ。
それなのにどうして、と私は戸惑う。
「ご、ごめんなさい。私、魔物が苦手で――」
縮こまりながらそう言っても、トマリ先生は表情を変えなかった。
その笑顔が、だんだん怖くなってくる。
「知ってるっすよ。だからこそ連れてきたんすもん。魔物が怖くて、嫌いで、憎んでる……っすよね?」
「……はい」
憎んでいる、かはわからない。
でも父親の死因となったのは魔物だし、そんな気持ちがないわけではないのかもしれない。
気が動転しているのもあって、とにかく私は頷いた。
「そんな魔物を食ってしまえる、最高の店っすよここは。弱肉強食って言うでしょ? 大嫌いな魔物たちを、絶滅させる勢いで食っちまえばいい」
名案っすよね、とトマリ先生は言い切った。
悪意に満ちた言葉を吐きながら、彼の顔には一つの曇りもない。
本気で、善意から私をここに連れてきたのだ。
魔物恐怖症の私が喜ぶと思って。魔物より上の、捕食者の立場になったら、気分がいいと思って。
「……すみません。帰ります」
私の頭は冷え切っていた。
冷静も冷静、今までトマリ先生を信頼して、浮かれていた気持ちが嘘のよう。
席を立つ私を引き止めようと、トマリ先生は手を伸ばした。
見えない風の魔法が、私がその場から離れるのを邪魔する。
それでも私は、絡みついてくる重い空気を懸命にかき分けて、扉に向かって進んでいく。
しかし。
次の瞬間、ゴンゴンと何かを叩いて、警鐘を鳴らす音があたりに響く。
「城壁が破られた!!」
「魔物が来るぞ!」
緊急事態。
立ち並ぶ店から店へ、情報が伝達されていく。
魔物料理を出す酒場といえども、さすがに未知の生きた魔物には戸惑うらしく、店主らしき男が奥から慌てて出てきた。
「お客さんたち、店から出るんじゃないぞ! 今シャッターを下ろす!」
店主はそう言って店の出入り口の方へ駆けていく。
「よかったっすね、建物の中にいて。なんともないといいっすけど」
トマリ先生も安堵の息とともに言って、私に座るよう促した。
正しい反応だ、と思う。
でも、私の心は揺れていた。
きっとまた、クロウ先生は戦いに行くのだろう。ミリカ先生とナタネ先生も。
どんな敵が待っているかもわからないのに。危険なのに。
この街に暮らす人たちを守るために、自分の身を顧みずに戦うのだ。
その敵が、知らない魔物だったら? 私なら図鑑を読んで知っていることを、特任講師の三人は知らなかったら。
知らないせいで誰かが怪我をしたり、死んでしまったりしたら。
私は、自分のせいだと思わずにいられるだろうか。
「あ――私、行かないと」
「は? え、ちょっと、待って待って待って。話聞いてたっすか?」
「魔物が、来るから。行かないと」
今度こそトマリ先生は本気で私を止めた。腕を掴んで、無理やり座らせようとする。
「クロウくんから聞いてるっす、あんた極度の魔物恐怖症なんでしょう! 今行かせたら俺、クロウくんにボコボコにされるし、」
クロウ先生の名前を出したら私が止まると思ったのかもしれない。
トマリ先生は慌てて言うが、その言葉はむしろ逆効果だった。
「クロウ先生と仲がいいなら、知ってるんじゃないですか。先生たちが秘密裏に魔物と戦ってること」
「それは――」
図星だったらしい。
口外無用と、私が言われたようにトマリ先生も言われているのだろう。目を泳がせるトマリ先生に私は畳み掛ける。
「私たちがここで平和に魔物を食べている最中に、大切な誰かが魔物に食べられちゃうかもしれない。私は無理です、そんなの。私のこと考えてくれたのかもしれませんけど、私はここで待つなんて無理です!」
「で、でも……何のために? 何しに行くつもりっすか? なんでルーナちゃんが危ない目に遭いに行くんすか。弱いのに。俺らはクロウくんみたいに強くないんだから、ここで待ってればいいじゃないっすか! できないことはできる人に任せてないと、命が何個あっても足りないっすよ!」
できないことは、できる人に任せればいい。
クロウ先生と同じことを、奇しくもトマリ先生もまた、言った。
その通りだ。
逃げたって、きっと誰も私を責めない。それでいい、忘れていいと言ってくれたから。
私は知らないふりをして、ここで震えているだけでいい。
でも。
私がクロウ先生みたいに戦えないように、きっとクロウ先生にもできないことがある。
魔物図鑑を、一から百まで全部暗記するとか、そういうの。
だったら、できる人に任せてほしい。
私の突飛な行動を止めるための言葉なのに、気づいたら背中を押されていた。
「……私にしか、できないことがあるんです。怖いけど、何のためにって聞かれたら――」
笑う。
怖い。とてつもなく怖いけど、怖いことが嬉しい。
「私もマギスの学び舎の講師だって、胸を張って言うためです!」




