2.久しぶりの授業
授業開始時間になって、私がとっておいた壁際の静かな席にイレーネちゃんがやってきた。
変わらずおさげ髪にメガネの真面目そうな出で立ち。休日の彼女のおしゃれな姿を知った今では、ギャップに驚く姿だが、きっと勉強するときはこう、と彼女なりに決めているのだろう。
「久しぶりだね。勉強の季節がまた来ちゃったよぅ」
おどけたように言うとイレーネちゃんは苦笑する。
「先生がそれを言ってどうするんですか」
確かにイレーネちゃんの言うとおりだ。
私は鋭い指摘に照れ笑いをしながら、授業のために用意した参考書を机の上に並べる。
夏休みの宿題をしていて一番手応えの悪かった科目から復習していくために、イレーネちゃんに科目を選んでもらうのだ。
と言っても、いきなりどの宿題が一番難しかったか、なんて聞いてもやる気がなくなってしまうだろう。
幸い授業時間はたっぷりある。演習場での魔法理論の実践勉強を今日はしなくていいからだ。
「里帰りはどうだった? 王都の外は雨降ってないんでしょ、羨ましいなあ」
そんなアイスブレイクから始めて、私とイレーネちゃんは久しぶりの授業を開始した。
雑談を多めにしながら、最初の授業はまったりと進んだ。
魔法理論と、歴史や古代語などの暗記要素が多い科目をおさらいしていく。
前期の授業でやった内容をしっかり定着させておかないと、後期の授業に追いつけなくなってしまう可能性が高い。
まだ後期の授業が始まったばかりで、新しい内容を学びはじめていない今が復習のチャンスである。
一通り疑問点をおさらいしたら、授業の終わりの時間になる。
イレーネちゃんを見送りに、私はエントランスに出ていく。
そこには、ちょうど別の生徒の授業を終えたクロウ先生とトマリ先生がいた。
二人ともすでに生徒を見送ったあとで、二人で何か話していたみたいだ。
何気なく私はそのそばに立ち、イレーネちゃんを見送る。
イレーネちゃんは私と、隣にいる二人の先生に律儀に挨拶をして、玄関を出ていった。
「いい子そうな生徒さんっすね!」
「はい。すっごく丁寧で真面目で、いい子です」
トマリ先生に生徒自慢をしていると、クロウ先生が横から苦笑しながら口を挟む。
「ルーナ、塾長がさっき探してたぞ。塾長室に来てくれって」
「え、塾長が? なんだろ……ありがとうございます」
行ってきます、と言い残して私はその場を去る。
そして、塾長がいつもくつろいでいる、講師控え室からさらに奥にあるひっそりした小部屋に向かった。
塾長室の扉をノックすると、中から間延びした声で「入ってよいぞ~」と返事が返ってきた。
中に入ると、想像どおり塾長はドワーフのような丸くてごつごつした体をソファの上に横たえてくつろいでいた。
「おお、ルーナ君か。よく来てくれた」
「クロウ先生から、塾長が呼んでるって聞いて。何でしょうか?」
尋ねると、塾長はにやりと笑みを深める。
「うむ。今後の授業の話じゃ。このごろイレーネ君の出来はどうかね?」
「は、はい。えっと、前期の期末テストでかなり取り返してくれて、順調かと思います。前までは一番苦手な魔法理論にかかりっきりだったけど、今日は他の教科の内容までやれたので……」
いろいろな教科を授業で扱えるということは、余裕が出てきたということだ。
もちろん、私自身の講師としての慣れもあるだろう。
そう考えて、背筋を伸ばして塾長の質問に答える。
塾長は深く頷き、続けた。
「今度の宿題テストでも問題がなければ、イレーネ君の落第ピンチは脱出と見て良いじゃろう。そうなったら、ルーナ君には新しい生徒を追加しようかと思っておる。君ももうちょっと働きたいと思ってきたころじゃろ?」
言い回しはお茶目だが、塾長の言うことは正しい。
私ははたからみれば顔を輝かせていたと思う。
「……! はい! 嬉しいです」
一人の生徒しか担当していないと、授業を行う時間は週に一、二回。授業時間はたったの90分だ。
準備の時間を合わせても、たった2時間程度。
それだけでは暇なので、ルーナはよく自分から自習室での質問対応なんかに立候補している。
そうした態度を見て、担当する生徒を増やしてもらえることになったのだ。
これが嬉しくないはずがない。
明るい声音で答えたルーナを見て、塾長は満足そうに髭を撫でる。
「ふぉっふぉ。我々にとっても、ルーナ君がここで活躍してくれるのは嬉しいことじゃよ。それで、新しく君に担当してもらおうと思っておる子なんじゃが……この夏休み明けから、マギスに通いはじめる生徒になる。イレーネ君とは違って、実践魔法に苦手意識のある男の子じゃ」
演習場常連のルーナ君の力を活かしてくれ、と塾長に言われて、私はその不名誉な称号に対して、目を逸らしながら頷くのだった。




