21.もう一つの役目
聞いたら後悔する。
どこかつらそうな顔でそう言ったクロウ先生に、私はまっすぐ向き直る。
狭い傘の中、二人の目線がぴったりと合った。
「後悔なんてしません。私もマギスの学び舎の一員です」
「……そうだな」
クロウ先生は小さく頷いて、歩き出す。
避難所とは逆の方向、より危険なはずの城壁に向かっていくようだ。
私はクロウ先生が傘からはみ出ないよう、慌ててついていく。
その姿を確認して、先生は聞いた。
「マギスの学び舎の設立がいつか、覚えてるか?」
「はい。216年前……王国歴452年、ですよね」
まるで授業のような問いかけ。
つまり何か今回のことに関係があるのだろう。
案の定、次の問いかけがやってくる。
「その頃とある魔物にまつわる大事件があったな」
魔物にまつわる大事件。この魔物嫌いの私が覚えていないはずがない。
私は頷いて、すぐに答える。
「カクルカの大山火事……”ファムデュルグ・スタンピード”?」
今から217年前の昔――王国歴451年。
魔物が多く棲む田舎町・カクルカの山が丸ごと焼け野原になるような、大きな山火事があった。
人の住まない山だったので人的被害は少なかったのだが、多くの魔法使いの協力のもとなんとか鎮火されたはずの山火事が、半月ほど経って次の大事件を呼ぶ。
棲み処を奪われた魔物が、大挙して王都に攻め行ってきたのだ。
まだ今ほど丈夫でなかった王都の外壁は簡単に破られ、街には魔物が溢れかえったという。
今日出会ったイビルイーターのように食糧を食い荒らすもの、人の住処を奪おうとするもの、悪意なく大きな体や特殊な性質で街を破壊するもの。
それだけ王都を荒らされながら、ときの国王ファムデュルグ4世は魔物駆除の決断を下さなかった。
王命無くして動けない軍隊は防戦一方を強いられ、王都は壊滅。
人口の半分以上が軽傷以上の怪我を負う被害状況になってやっと、ファムデュルグ4世は魔物と戦う許可を出した。
判断の遅さと一貫性の無さが批判され、ファムデュルグ4世は愚王の烙印を押され表舞台を去った。
それが王国暦452年のこと。
一つの山火事が国を傾け王を失脚させた大事件として、歴史の教科書にも残っている。
クロウ先生の授業見学をしたときにも話していたはずだ。
記憶を辿りながら事件の知識をかいつまんで話すと、クロウ先生は満足げに頷いた。
「そう。しかし、無能と呼ばれたファムデュルグ4世は、王位を退く前にこの国に置き土産を残した。それがマギスだ」
王立魔法学校専用の個別指導塾、マギスの学び舎。
その表向きの役割は、優秀な魔法使いを講師として集め、王都の魔法使い全体のレベルを底上げすること。
しかし、マギスの中でも特任講師と呼ばれる講師たちには、もう一つ使命があった。
かつてファムデュルグ4世によって託された、王都を守るための役目。
あの日のスタンピードのような惨劇を再び引き起こさないようにするための防衛機構。
王都に迫る魔物の脅威を退けるため戦う――それが、特任講師の裏の顔である。
塾という施設は何かと都合がいいのだと、クロウ先生は言った。
次世代の育成と、特任講師の任務に適した魔法使いの厳選が容易であるうえ、演習場という便利な施設までついている。
演習場はただ生徒が魔法を練習するためだけの場所ではなく、特任講師の鍛錬と、非常時の王都での地下シェルターとしての役目も担っているのだという。
魔物関連のトラブルが起こるたびに、特任講師は現場に急行し、避難誘導と魔物退治を行う。
ときにはトラブルを防ぐため、先手を打って城壁の外で戦うこともあるらしい。
動くのに時間がかかる王都の軍隊に代わって、王都の危機を未然に防ぐ影の英雄。
大っぴらに活動することはできず、誰に評価されるでもなくただやるべきことをこなす特任講師という役目はかなり重い。
何人もの講師が関わっては辞めていき、マギスの学び舎という場所自体から去っていく。
クロウ先生は何度もそれを見てきたベテランで、数少なくなってしまった特任講師のリーダー的存在だという。
話す間に、いつの間にか私たちの足は止まっていた。
歩きながらするには、重たい話だったのかもしれない。
クロウ先生の説明は、私にとっては何もかも予想外だったけれど、納得はできた。
あの日――学生時代、魔物が王都に出たと知って帰れなくなったルーナをクロウ先生が寮まで送ってくれたのも、特任講師としての使命あってこそだったのかもしれない。
マギスの学び舎に通い詰めていたのに、何も気づいていなかった。
私はちょっとした疎外感をおぼえながらも、クロウ先生に尋ねる。
「じゃあ、特任講師っていうのが、クロウ先生とミリカ先生?」
「あともう一人、ナタネもだ。これから向かう先でナタネはすでに戦っているはずだ」
「戦ってるんですね、やっぱり……」
クロウ先生の先導で向かうのは、王都の外壁の方向だ。
外壁に穴が開いて魔物が侵入してきたなら、王都を守りたい側としてはそれを防ぎにいくのが自然だろう。
そこでナタネ先生がもうすでに尽力してくれているのだ。この街のために。
「私たちも、急がないとですね」
私がそう言うと、クロウ先生は少しだけ眉を上げた。
わかりにくいけど、これは驚きの表情だ。
「いいのか? お前の魔物恐怖症のことは知ってる。やはり隠れておいたほうが……」
「そりゃ怖いですけど。私もマギスの学び舎の一員ですから!」
でもちゃんと守ってくださいね、と笑顔で言うと、クロウ先生はため息をついてまた歩き出した。
先生の言うとおり、この先に待つ戦いは怖い。
それでも、去る者を何人も見送ってきたというクロウ先生の言葉を聞いて、私はここを去ろうとは思えなくなっていた。




