19.先生のプライド
――ドン! ドガッ……ドン、ドン!!
私がイレーネちゃんを止めようとしたそのとき、恐ろしい音が扉の向こうから響きはじめた。
音は複数ある。最初に来たやつ以外のイビルイーターが追いついてきて、一緒に扉を壊そうとしているのだろう。
一匹では何もできないイビルイーターだが、複数いれば話は別だ。もう時間はない。
私はゴクリと生唾を飲んで、イレーネちゃんの手を後ろに引いた。
「店主さんと一緒に、バリケードを作って隠れてくれる?」
「……でも、先生は」
そうだ。
私は魔法が苦手だし、魔物も怖くてしかたない。
でも、私は先生なのだ。
だから。
「私がやる。大丈夫……弱点なら知ってる」
そう言ったのと、扉の鍵が弾け飛ぶ音がしたのは同時だった。
狭い扉から、我先にと勢いよく魔物が三匹、飛び出してくる。
スラリとした黒いハイエナの体に、同じく黒い羽が生えた魔物、イビルイーター。
三匹とも歯をむき出しにして唸っている。飢えているのか、食べ物を探しているらしい赤い瞳が合計六つ、私を見た。
物語に出てくる悪魔がそのまま飛び出してきたかのような姿だ。
足が竦む。
でも、恐怖よりも、先生としての想いが勝っていた。
クロウ先生が、魔物を怖がる私を助けてくれたように。
いつでも頼れと言ってくれたように。
私も守りたい。守らなきゃいけない。
どれだけ弱くても、魔法が下手でも、自分の生徒くらいは守りたい!
「風の矢よ、貫け!」
小さな風の矢連続でいくつも放つが、イビルイーターは華麗な身のこなしで攻撃を避けた。
さすが群れを成す魔物、三匹が身を寄せ合って次の攻撃に備える。
それこそが私の狙った展開だった。
「炎の壁! 魔物を遮って!!」
どうせ狙っても当たらないので、壁を設置することにした。
こちらに飛びかかろうとしていた一匹のイビルイーターが、鼻先を燃やしてあたふたしているのが炎越しに見える。
イビルイーターは火が苦手。
事前に知っていたからこそ、そんなに強くない魔法でも時間が稼げる。
ほっとしたのも束の間、先ほどから降り続いている雨がタイミング悪く強まる。
炎魔法でつけた火とはいえ、雨が降ると勢力は弱まる。魔力を炎の壁に注ぎ続けてなんとか消えないようにしながら、次の策を考える。
本当は炎魔法で攻撃したいけれど、雨の中で炎魔法を使いこなす自信はなかった。
せめて雨がまた弱まってくれれば。
そう思って、私は空を見上げる。
視界に飛び込んできたのは、どんよりとした雲が立ち込める雨空。
そして、その中をローブを翻しながら飛んでいる、よく知った人の姿だった。
「先生、危ない!」
イレーネちゃんが叫ぶ。
私に飛びかかろうと、一匹のイビルイーターが弱まった炎の壁を無理やり飛び越えてきたのだ。
私は冷静に、テラス席の椅子や机が並んでいる場所へ逃げ込む。
もう、とっくに足の竦みは消えていた。
「雷よ!!」
バリバリと空気を震わせる雷魔法が、イビルイーターたちに直撃した。
降り続く雨が屋上に作った水溜まりを、電気の残りがパチパチと伝い、イビルイーターの俊敏な動きを制限する。
撃ったのはもちろん、私ではない。
「……お前、魔物が怖いんじゃなかったのか」
屋上に降り立った黒いローブのその人は、私の方を振り返って言った。
イレーネちゃんの手前、私もかっこよく受け答えしたかったのだけれど、私の口から出てくるのは情けない声だった。
「く、クロウ先生〜!! もう、私、一人でどうしようかって……!」
涙目でそう訴える私を見てクロウ先生は苦笑する。
そして、魔物たちの方に向き直った。
「ふっ……よくやった。あとは任せろ。魔物ども、戦いはこれからだ!」
その頼もしい背中に守られて、安堵で気が抜けた私はその場にへたり込むのだった




