14.担当替えの危機
それから、イレーネちゃんの授業は演習場から始まるようになった。
学校の授業や問題集で出会った知らない魔法を、授業のたびに一つずつ使ってみる。
ときには文章題を読みながら、問題の通りに手を動かすこともあった。
魔杯に向かって魔法を使ってみて、問題の答えと同じ数字が出てきたらその問題はクリア。
体に覚えさせることで、同じミスをする回数が格段に減ってきた。
複雑になっていく魔法学校の授業の内容についていくためにも、イレーネちゃんは魔法を使うときの感覚を自分の中で理論と結びつけようと頑張っている。
「順調だね。どこか悩んだり難しく感じたところはある?」
「はい。ここの問題が……魔力の打ち消しっていうのがまだよくわかってないです」
「ふんふん。これはね……」
解説をするときにも、どこがわからなかったか、それはなぜなのかという根本的なところを考えるようになった。
私も意識してイレーネちゃんから引き出そうとしているし、イレーネちゃんもそれをわかって歩み寄ってくれているのだと思う。
日々そうして授業を続け、早くも期末テストの時期が目前に迫っていた。
王立魔法学校は二学期制で、前期は4月に始まり8月中旬に終わる。
そのあとに控える休みのためにも、学生たちは今、勉強をがんばらなくてはならない時期だ。
それでいて、私にとっても大切な時期だった。
「ルーナ君、ちょっといいかね」
授業のない日、自習生の質問対応のためにマギスの学び舎へ出勤した私は、塾長に声をかけられた。
何事かと思って慌てて返事をすると、誰も来ない狭い空き教室へ誘導される。
これはよくない話なのでは、と私の直感が危機を告げるが、時すでに遅し。静かな教室の中に、塾長の低い声が響く。
「大事な話があっての。イレーネ君の成績の件じゃ」
概ね予想通りの言葉に、私は押し黙る。
最初の研修のときにも聞いた通り、マギスの学び舎の役目は生徒の成績を保証すること。
もし成績が下がって、落第してしまうようなことがあれば――その責任はもちろん、教えている側にある。
「あの、それは……」
「別にルーナ君を責めるつもりじゃあない。ただ、もしものことがあれば、担当替えをすることになるんじゃ」
担当替え。言葉の通り、生徒につく担当の先生を変えるということだ。
成績が下がったときに限らず、先生と生徒の予定が合わなかったり、相性が悪かったりした場合にも行なわれる。
つまりそれ自体は特段珍しいことではなく、私も学生時代に周りで目にしたことがあった。
でも、私が今担当している生徒はイレーネちゃんだけだ。
それが担当替えになったら、私の仕事はなくなってしまう。
「……ってことは、私クビですか!?」
焦ってそう尋ねた私に塾長は優しい顔で笑った。
「ふぉっふぉ、さすがに一度迎え入れておいてそうは行くまいよ。イレーネ君がもし担当替えになった場合、次の先生はクロウ君を予定しておる。だから、代わりにクロウ君の生徒を一人、お前さんに移すことになる」
「なるほど……」
居場所を失うことがないとわかって、ひとまず私は安心する。
ここ、マギスはもはや私の第二の家のようなものである。
「話というのはそれじゃ。今のイレーネ君が、期末テストで十分な成績を取れるのかどうか。もし取れる見込みがないのであれば、担当替えも早めに動き出した方がいい。だからクロウ君とも、生徒の入れ替えについて話し合ってほしい……ということなんじゃが、どうかね」
「…………」
私は、少しだけ答えを躊躇う。
中間テストのときも、自分の教え方は悪くなくて、イレーネちゃんの授業は順調で、きっといい点数をとってきてくれるはずだと思っていた。
でもそれは私の思い込みで、イレーネちゃんにわかったふりをさせてしまっていただけだった。
だから今も、自分の授業に自信があるわけではない。
それに、これは感情論ではなくて、客観的に考えて答えないといけない質問だ。
どう答えればいいのか、どう答えるのがイレーネちゃんのためになるのか、考えた。
今だけは塾長のドワーフのような見た目よりも、自分が間違った答えを出してしまう方が怖い。
それでも。
「大丈夫、です。イレーネちゃんは絶対次のテストで成績を上げます。私が保証します!」
私はキッと塾長にまっすぐな目線を向けて、そう答えた。
塾長は、満足げに二マリと笑って、私の方に手のひらを差し出した。
「とのことじゃ。どう思うかね、クロウ君?」
塾長の手のひらから空中に映し出されるのは、クロウ先生が写ったホログラムの映像だ。
どうやらずっと念話魔法を使っていたらしい。
どこにいるのかわからないが、塾以外の場所から魔法でこちらの会話を聞いていたクロウ先生は、映像越しに私を見た。
「俺もいいと思う。担当替えは不要だ」
「ほう……」
クロウ先生が澱みなく言い切ってくれて、私は思わずほっとして安堵のため息をついた。
その音は念話の向こう側まで聞こえたらしく、クロウ先生には鼻で笑われてしまったけど。
それでも、二人の答えを聞いて塾長は頷いてくれた。
「うむ。では、お前さんらを信じよう。とはいえ、これからどうなったとしてもお前さんらだけの責任ではない。特にルーナ君、抱え込まんようにな」
「う。はい……」
自分の、悩んでいるときほど人に相談できない性質を突かれた気がして、私は項垂れながら返事をする。
塾長はそんな私の様子を見て体を揺らして笑いながら、元気づけるように私の背をバシバシ叩いた。




