*揺れるこころ3*
***いつも一緒にいるから、ずっと一緒に。
ルリの傍にいるから、だからルリ泣かないで***
誘拐未遂事件の犯人は、結局捕まらなかった。
幼かったアスランたちの証言では、犯人を特定するには至らなかったのだ。
ルリが事件の記憶をほとんど失っていたことも、その一因だった。
母の死もショックであったことに変わりはなかったが、当時のアスランにとっては、ルリの足に残る傷跡と、あれほど元気に走り回り飛び跳ねていたルリが、歩くのがやっとだとの事実の方がより大きなショックだった。
毎日リハビリに付き合ううちに、アスランもルカもルリを庇って歩くのが自然になった。
ルリを真ん中にして、両側から手を繋いで歩くことも自然になった。
ルカと二人で「ルリを護ろう」と約束もした。
しばらくしたらルリは、持ち前の元気の良さと、運動神経を発揮して、見た目では分からないほどに回復してしまい、心のどこかではルカと、特にアスランを落胆させた。
They are9 years old 7years ago
「パパとママが離婚するって、ルリがそれ聞いた途端に家を飛び出して、こっちに来てない?」
「来てる、でもどうして。小父さんも、小母さんも、仲が悪そうには見えないのに」
「僕だってびっくりだよ。お姉ちゃんに聞いても、大人には大人の事情があるのよって……ルリどう?」
「どうって。帰りたくない、誰にも会いたくないって、クッションとかぶつけられた」
それはアスランにとっても青天の霹靂な話で。
ルリとルカの両親は、アスランの目から見ても仲のよい夫婦で、確かに互いに仕事を持っている関係で一緒に居ることを見たことはなかったけれど、それでも両親が離婚したという級友達から聞くような夫婦喧嘩を見たことも無かったし、離婚するほどの問題があるようにも見えなかった。
「仕事の都合なんだってさ。うちはパパとママがそれぞれ、アレだしね」
「……ルリは、今日はうちに泊めるよ」
「ごめんね。とりあえず、ママはもう家を出たんだ」
あまりにも早い展開にアスランは一瞬、目眩がした。
確かに自分たちは子供で、大人には大人の事情があるだろうけれど、もう少しこちら側の、子供達の気持ちを考えてもいいのではないだろうか。
確かに自宅にいる事は希であっても、家族でなくなるとい事実は辛いものだ。
ルリは爛漫で明るい。
父親がルリの事を「天真爛漫で可愛くて、いい子」だと言うのを聞いて「天真爛漫」の意味を知り、妙に納得したものだ。
この頃すでにアスランは精神面では実年齢より大人びていて、兄のエレクトルも「年相応」の弟ではなく「同等」の立場として扱ってくれていたせいもあり、ルリやルカに比べれば、かなり落ち着いていた。
アスランにしてみれば、ルリは手のかかる存在であったがその実、自分が恥ずかしくて出来なくなってしまった子供らしい我が侭や甘えがすごく眩しく、ある種の憧れがあったのも事実だ。
そして天真爛漫で明るいルリが「傷つきやすく脆い」というのも理解している。
静かに部屋のドアを開けると、ルリは先程と同じようにしてベッドの上でうずくまっていた。
自分の部屋なのだから、静かにドアを開けるであるとか、静かに中に入るとは変な話だが、何度か足を踏み入れてベッドの上のクッションや枕、窓際に置いていた鉢植えまでもを投げつけられて、さすがに身の危険を感じてアスランは仕方なく退散した数時間前。
物が飛んでこないことを確認してベッドに腰掛ける。
いつだったか、自分がこうして癇癪を起こして泣いていたとき、ルリは必死に励ましてくれたのだ。
(ルリ、泣かないで)
「ルリ、ルカが心配してるよ」
「パパとママが離婚するって、別々に暮らすって。ママは月でルリ達は地球で……どうして? 家族なのにどうして、パパもママも喧嘩してるようには見えないのに」
「大人には大人の事情があるんだよ、ルリ」
「大人の事情なんて、ルリにはわかんないもん…」
(ルリ、泣かないで)
「ルリ泣かないで。俺はルリの側に居るよ。いつもルリと一緒だよ。ルカも俺もいつでもルリの側にいるから。もう泣かないでルリ」
「パパとママは家族じゃなくなるんだよ、アスラン」
「ルリは、俺の家族になって俺に家族を作ってくれるんだろ。俺とルリは小父さんや小母さんとは違うよ。俺は絶対にルリと離れたりしないから。約束」
唇に、ルリの唇に優しくひとつキスをした。
ルリは本当に驚いて、次の瞬間、抱きついて泣いた。
『ルリ、泣かないで。ずっとルリのそばにいるって──あんなに約束したのに』
***約束。
一緒にいるよ、ルリの側にいるよ***
アスラン達が住んでいたブルーム共和国は平和で。
それは平和だとアスラン達が思っていただけで。
互いの父親が自宅に帰ってくることは希になり、下手をすれば一ヶ月近くも自宅を空けることが多くなっていた。
にも関わらずアスランもルリもルカも、あまり気にしていなかったのは、三人でいる時間が長かった事や、アスランには兄のエレクトルが、ルリとルカにはランという十歳年上の姉がいたおかげだ。
ランは母のルルが家を出て以来、絶えずルリを気を遣い母親役をやり、ルリもルカも、そしてアスランすらも、正直に言えば同じ年であったエレクトルすらも頭があがらない人だった。
この頃からアスランもそれとなくではあるが、父親の仕事の内容を、そして家庭の事情を薄々理解するようになっており時折、父と兄が事を話しているのを立ち聞きしたりしていたが、事の重大性には気付いていなかった。
この後、どれほどアスランの生活を変えるのかも気付くことは出来ず平和に忍び寄る喧噪を正しく認識することもなかった。
アスランもルカもルリもそういう意味では、本当に手厚く護れ生活をしていて、そのおかげでアスランたちの日々が支えられていたと気付くこともなくただ楽しくて、深く考える事がなかった。
世界では、帝国と連邦が停戦と小競り合いを繰り返し、コクーンの経済はすでに破綻状態で、大量の難民の問題が浮上していたとも本当に知らず、知ろうともしていなかった。
They are14 years old 3years ago
少し汗ばむ程の暖かな日差は、大きな木陰のおかげで遮られ湿気を含まない乾いた、どちらかと言えばヒンヤリ感を含んだそよ風のおかげで、昼寝すら出来そうな心地よさ。
学園の女子生徒が身につけている制服のスカートは、ルリが日頃から「白くて可愛いけど、汚れが目立つ」との本人の弁により今はお尻の下にルカの制服のジャケットを敷いている。
兄のジャケットを犠牲にして緑の芝生に腰を落ち着かせたルリが、やっとくつろげるとばかりに、白く長い足を惜しげもなく投げ出した。
均整のとれた足は日差しを受けて本当に眩しく見えてしまい、またスカートの短さも手伝って眩しさを増す。
付近を通る男子生徒が、自分の足に見とれている等とはまったく気付かないルリは、そよ吹く風に気持ちよさそうに目を細めるだけでどこまでも無防備だ。
そうなってくると、どうしてだか面白くないのはアスランで、無言のまま読んでいた本を脇に放ると、自分のジャケットを脱いでルリの足にかける。
「暑いよ、アスラン」
「暑くても。足を冷やすとまた、傷むよ」
「はーい」
傷むとは言い訳で。
確かに冷やすとルリの古傷は痛むことはあったが、どちらかといえば「誰にも見せたくない」との思いが強い。
さすがに声には出して言わず、ましてや辺りの男子生徒を牽制している意味をも含んでいることは、ルリ本人には言わなくていいことだ。
ルリの素直な返事に納得したのか、アスランは再び、本を手にして読書体勢にはいった。
その様子を見ていたルカが含み笑いをするのが目に入ったが、敢えてそれには気付かない振りをする。
「ねぇ、アスラン。何を読んでいるの?」
「ルリには分からない本だよ」
「馬鹿にしたでしょ、今」
ほんの少し拗ねる表情がたまらなく可愛い。と、いつ頃から思いだしたのだろうか。
いつも一緒にいる幼なじみが、堪らなく可愛いと思い始めたのはいつだうか。
ルカに「ルリのことが好きなの」と聞かれる度に「好きだよ」と答えた。
それは幼なじみとして当然の感情で、好きという気持ちはルカにだって持っている。
「馬鹿にしてないよ。来週、テストなんだよ」
「特隊クラスはまたテストなんだ。でも、ルカは全然、勉強してないよ」
「あ、バラすな、ルリ」
ルリに思わぬ所でバラされたルカが慌ててルリの口をふさぐ。
先週から決まっていたテストの勉強を、あれほどアスランにせっつかれて「やっている」と答えたのだから今更、バラされては立場がない。
隣で攻防を繰り広げる双子を横目で見つつ、アスランは再び、読書に勤しんだ「ルカは後で締め上げないと」と、心に堅く決めて。
「でも、いいなぁアスランは特隊クラスで。ルカだって入れたのに。私も特隊クラスがよかったな。一緒に飛行訓練したかったなぁ」
アスランの隣で攻防を繰り返していたルリがぽつりと呟いた。
本から顔を上げてみれば、案の定というか粗方、予想はしていたが、脇腹に妹の鋭い一発を喰らったらしいルカが呻いている。
なんだかんだとルリをからかうルカにしたって、ルリが可愛くて仕方ないのだ。だから甘くなりがちだ。
通常の男女の双子は、こんなものなのだと信じていたアスランの思い込みは先日、やはり男女の双子の級友に「あいつらが、ルリとルカがオカシイから」と、握り拳を作ってまで力説された。
確かに一般からみればオカシイかもしれないが、過去の誘拐事件や両親の離婚など、二人の今までの経緯を考えると、これも仕方ないのかとも思えてくる。
付け加えれば、その級友がルリのことを「ルリ」と呼び捨てにした際には、それなりの制裁を与えておいた。
様々な事情も相まって、ルリとルカの双子のじゃれ合いも、ルカの異常な程のルリに対する溺愛も、当然と言えば当然で、それを見て育ち、その片棒を担いでいるアスランだって、十分にオカシイ部類にはいるのだが、そこで、そんなことを本人に告げようものなら、明日から学校に来れない可能性が高いことを知っている級友達は敢えて「お前もオカシイから」とは言わないようにしているのは、アスランにとって幸福なのかどうかはこれまた別として、ルカとアスランの実態はどうあれ、二人が学園では『王子様』として人気を二分しているのは事実の一つ。
その両方をある意味では独り占め(ルリにはもうとうそんな気はない)している、ルリに対するやっかみや、嫌がらせが多いのは当然で、さすがに気の毒になったルリの級友や、アスランの級友がそれとなくアスランとルカにその事を告げた時、ルリは先手を打って宣言したのだ『女の喧嘩に手を出すな』と。
「はい、そうですか」と納得するような男じゃないのがアスランで、逞しくも嫌がらせを仕掛けてきた女生徒を返り討ちにしたルリに散々、説教をかまし「女の子はお淑やかに」と言った途端、ルリが爆発したのはまた別の話だ。
アスランがルリを説教したのは相手の女の子達を心配しての言葉だ。
そして、やはりルリを心配して言葉だ。
気の強さと紙一重の繊細さ、逞しさの裏側にある脆さを知ってるからこそ「無謀なことは辞めさせたい」わけで、行き着く先はやはり二人とも甘やかしているという歴然たる事実だ。
「何をのんきなこと言ってるんだよ、ルリ。女の子はお淑やかなのが一番だろ」
「あ、アスラン。それすっごい差別用語だよ」
「女の子の前にルリの成績じゃ、特隊クラスに入ったら大変なことになるよ」
アスランの言葉に機嫌を損ねたルリに追い打ちをかけたのはルカだ。
有無を言わさずルリが再びルカの脇腹に肘を入れる。
入れられたルカは寸前の所でその攻撃を交わしたが、今度は頭を思い切り殴られ、やはり悶絶する。
ルカはルリの成績を悪いといったが、そうではない事はアスランがそしてルカが一番良く分かっている。
ブルーム共和国が直轄しているこのブルーガーデンは、国内はもとより、世界的に見てもトップクラスの学力レベルを誇り、入学試験も難しいことで有名で、アスランとルカが在籍している特隊クラスは、授業に飛行訓練まである。
このクラスは将来、ブルームの防衛組織に入ろうと希望する生徒や、民間宇宙船のパイロットを目指す生徒が殆どで、アスラン自身はパイロットを希望したわけではなかったのだが、とある事情によりこのクラスに進むことになってしまった。
ルカの場合はもっと単純で「アスランと一緒の方が何かと便利だから」と同じクラスに進んでいた。
ルリも同じクラスを希望したが、電子工学の試験の成績が予想外に悪く女子クラス通称「お嬢様クラス」に在籍している。だが本当に勉強が出来ないわけではない。
何故ならば、学園統一学力テストでは、特隊クラスが上位を占める中、ルリはいつもその中に食い込んで、十位以内をキープしているのだから。
アスランやルカと一緒に勉強をしているとはいえ、それは驚異的な事だ。
「ルカは黙って! 運動神経は私の方がいいんだよルカより」
「お料理は駄目だけどね」
「そんなもの出来なくたってお嫁には行けるもん、アスランがお嫁さんにしてくれるもん」
(また始まった)
すでに日常と化しているこの口喧嘩も、この二人のスキンシップだと思うことにしている。
しばらくはそのままやらせておいて、ある程度で止めるのがアスランの役目だ。
隣で始まった双子の口論に動ずることなく、本を広げているアスランを、たまたま通りかかり目撃した級友が複雑な表情を醸し出していた事に、まったく気付かないあたりは、アスランもすでに毒されているのだが、その事自体に気付いていないのは、やはり幸せなことだ。
「その辺にしておけ二人とも。ほらルリ予鈴。ルリのクラスはこれから乗馬だろ? 早く行かないと着替える時間がなくなるぞ」
ルリが立ち上がるより早くアスランが立ち上がると、ルリの手を引く。
光を浴びたルリの髪が本当に綺麗に輝いて、アスランは一瞬、眩しそうに目を細める。
そんなくすぐったい気持ちを打ち砕いたのは、当然ルリの言葉だった。
「家に帰ったらケリつけてやる」
「女の子はそんな乱暴な言葉を使わない。本当に急がないとルリ遅れる」
『ルカの言うとおりだった。あの言葉はきちんと、ルリ本人に伝えるべきだった。ルリはいつでも、笑ってくれていればいいから、俺のとなりで』と。




