*揺れるこころ2*
***それは、ルリとルカの瞳の色。
こうして地球を見るたびに、地球に降りるたびに、懐かしさがこみ上げてきて心が揺れる。
今の自分に。
地球そのままの、あの蒼の瞳と出逢ってからの日々は、何ものにも代え難くて、
今でも戻りたいとこんなにも願う***
地球に降下するシャトルの耐熱ガラスの窓から外を見ると、そこには暗い宇宙の闇の中に浮かぶ地球。
その圧倒的な大きさと美しさは何度見ても感慨深いものがある。
アスランが軍に入って任務以外で地球に降下したのは、すでに二〇回を超える。
それでもその度に圧倒される。
この地球の『蒼』に。
地球から人類が宇宙に生活の基盤を作ろうとした時、こんなに自由に大気圏を突き抜けられると誰が想像していただろう。
だがその高度な技術の進歩は確実に人類を蝕んでいる。
「戦争」という形で。
自分もその戦争の参加者であり「被害者」であり「加害者」。
武器を手にして戦うことを「選択」した時から、ことある事にアスランの胸に去来するのは、ルリとルカと過ごしたあの場所で、それを思うたびに、戦争をしている自分がひどく滑稽な気もする。
「もうじき降下開始だってさ。ベルト締めとけよアスラン」
「ああ」
アスランが親友兼戦友の気遣いに短く答えて、ベルトを確認する横顔には深い憂いが見て取れて、タイスはまた何か悩んでいるのか、とばかりに眉間に皺を寄せる。
そして唐突に切り出した。
「なぁ、アスラン。さっきお前が言ってた見つからない幼なじみってさ……」
「カーディナルなんだ」
これまた唐突な言葉にタイスは一瞬、首をひねった。
で、言葉を噛みしめた後、思いっきり目を見張り隣のアスランに視線を転じる。
転じられたアスランはその視線に気づいた様子もなく胸に手を当てて目を閉じていた。
「おいおい勘弁してくれよ」とばかりにタイスが何度も何度もつばを飲み込む。が、飲み込む唾もないほど口の中が乾いているという珍しい現象を体験し、とにかく落ち着くために、今度は何度か深呼吸をした。
横で派手な行動を起こす親友にはまったく気が付かず、やはりアスランは目を閉じて胸に手を当てていた。
「ルリとルカはダイ・カーディナルの子供なんだよ」
アスランとタイスが所属する国際連邦政府正規軍は、タイスの記憶が正しければ、いや、正しいのは間違いないのだが、この二年間、北半球を事実上支配している帝国と戦争をしている。
ウォーターリール帝国の皇帝位は空席だが、前々皇帝の妻であり前皇帝の母であった女性が、事実上の女帝として君臨している。
女帝はデュオン家の人間であり、歴代皇帝の殆どが、そのデュオン家の血筋でもある。
カーディナル家といえば、月に本拠地を置く大財閥としても有名たが、デュオン家の分家としても有名なのだ。
言うなれば、アスランとそのルリやルカとは、敵同士ということになる。
まさかカーディナルの人間と知り合いだったという事実にも驚いたが、幼なじみだったとはもっと驚いた。
「見つからないって、帝国側にいるんじゃねぇの?」
「いや、それはないだろうな。カーディナル家はデュオン家とは疎遠で、ダイ小父さんはブルームの八民政委員の一人だったから。その小父さんの生死すらも確認できない」
「よほど情報が規制されているか、それともって、ことか」
「ああ。だから………」
ふいに切られたアスランの言葉が気になり、タイスが横に視線を転じると、胸に手を当てたまま静かな寝息を立てていた。
無理もない。
昨日までの二日間の休暇をアスランは地球に降りていたという。
殆ど休みもないまま、再び地球に降下するのだ。
科学が進歩して、宇宙への行き来が容易になったとはいえ、やはり躰に多少の無理はかかる。
だが、隣で眠るこの親友は、それほどの無理をしてもその大切な幼なじみを見つけたいのだ。
しかもそれが、自分が敵対し戦っている相手の血縁でも助けたいのだ。
なんといっても、幼なじみを探したくて軍に入ったと言っていたのだから。
***ルリ、ルカ、何も知らずに出逢って、
大切だと思え たあの日々がこんなにも恋しい***
深く沈みゆく意識の中で、アスランは夢を見た。
夢の中で小さな自分がルリを抱きしめていた。
─── NC230年
その日は穏やかな日差しの降り注ぐ日で。
天気のいい日は広いカーディナル家の庭で、雨の日は互いの家で遊ぶのが習慣になっていた。
ルリもルカもそしてアスランも、家で遊ぶよりは外で遊ぶことを楽しみにしていた。
カーディナル家の広い庭には緑豊かな芝生も、小さな噴水もあり、夏にはその噴水に入って水遊びをしては、怒られたりもした。
怒られてもそれすらも、共有していることが嬉しくて、親が説教をする間中ニコニコと笑っては互いの親を呆れさせていた。
三人の中で一番、逞しいのは女の子であったルリで、走るのも速く跳んだりはねたり、親が手を焼くほどに元気がいい。
一時期は何をやってもルリに勝てなくて、悔しかった事をアスランは今でも憶えている。
あの頃はルリに勝てない悔しさで幼いながらも、ナケナシのプライドが傷ついて夜に悔し泣きをしたのだ。
それでもやはりルリを嫌いになることは出来なくて、どんなに悔しいことがあっても、一日で忘れていた。
その日、ルカは高熱を出して寝込んでしまい、アスランがお見舞いに駆けつけたとき、ルリは前日に噴水で水遊びをしたことがバレてしまい、大目玉を喰らっている真っ最中で、そのままアスランも一緒に大目玉を喰らったのだ。
やっと解放されてルリとアスランは庭先で遊んでいたとき、ルリが急に悲鳴を上げ、その声に驚いたアスランが振り返ると、目に飛び込んで来たのは、大きな大人達に囲まれて抵抗しているルリの姿だった。
アスランが記憶として憶えているのはここまでで。
次の瞬間、胸に走る熱く焼けたような痛みと、自身の体から飛び散った赤い液体に驚いた。
それでもアスランは必死にルリの手を握りしめて、ルリを背中にかばっていた。
アスランが目を覚ました時に目に飛び込んで来たのは、ありきたりな表現ではあるが真っ白な天井と心配そうな両親の顔と医者の顔だった。
ルリの最初の悲鳴で異常を知った邸の人間が駆けつけたとき、アスランは意識を失ってもルリの手を握りしめていたのだという。
その話を聞かされたとき自分は、幼いながらも英雄になれた気がして誇らしく思ったのだ。
『今から思えば、五歳の自分を尊敬する。大切なものを守るため小さな身体に勇気を振り絞ったのだから』
***地球の『蒼』を見るたびに思い出す。ルリ、ルカ。
俺たちはどうして、離ればなれになってしまったのか、と***
アスランが思い出す限り、父親であるエイドリアンは仕事の忙しい人で、自宅にいる方が珍しかった。
けれど、七歳年の離れた兄のエレクトルや、母のアシェリーナがアスランを溺愛していたから、たまに淋しいなと思うことはあったとしても、母と兄がいる事実が、その寂しさを紛らわせていて、その上、隣に住んでいるルリやルカの存在は小さなアスランの、両親と兄しかいなかった小さな世界を、それこそ大きくしていた。
自然のすべてが遊び場で、ルリとルカがいれば、父がいないことを淋しいと思う時間もなかった。
兄と母に溺愛され末っ子だったアスランに、始めて同じ歳の友達が出来た。
友達より兄弟という感覚、その兄弟という感覚を打ち破ったのは母の死と、そして多分
ルリ。
They are 5 years old 11 years ago.
「アスラン、どこにいるの? 上にいるの?」
下から軽やかなルリの声が聞こえ、そのルリの声に被さるようにルカの声が響く。
けれど返事をする気になれない、返事をする気力もない。
アスランはベッドの上にうつぶせになったまま、声を殺して咽び泣いた。
退院したアスランを待っていたのは母の死だった。
アスランが入院をした翌日に交通事故で亡くなったと。
病院で意識を取りもどしたとき、母は確かに病室にいてアスランの手をルリと一緒に握っていた。
目が覚めて「ルリは?」と聞いたアスランに、母は微笑みながら「ここにいるわ」と言っていた。
そしてそっとアスランの髪を撫でると「よく頑張ったわね、あなたの勇気に敬意を」と額にキスをしてくれたのだ。
確かに翌日から母の姿を見ることがなくて、兄に聞いたときに「父さんの仕事の都合だよ」と言ったのだ。
昔から父の仕事に一緒に行くことが多かったから、今回もそうだろうと思っていた。
これが一人であったなら淋しくて仕方がなかったが、同じ病室にルリが居て、そのルリと離れるのはイヤだと言ってルカも一緒に寝泊まりしていて、そこが病院であるとも忘れて、楽しい入院ライフを送っていたのだ。
「アスラン、アシェリーナは、交通事故で亡くなった」と聞かされても、信じろという方が無理な話だ。
ましてや、まだ五歳のアスランに理解して納得をしろというほうが難しい。
だが、死亡したという事実は事実で、どんなにアスランが泣き叫んでも、父も兄も『嘘』だとは言ってくれなかった。
泣き叫ぶ我が子に「アシェリーナの形見だよ」と蒼い石のついたネックレスを渡した。
一晩中泣き続け、父も兄も何度も励ましにアスランの部屋を訪れるものの、その度に「あっちへ行け」と言われ、おそらくは始めて接するアスランの癇癪に驚きとともにどうしたらいいのかわからず、ほおっておくことにした。
泣いても母が戻ってないとこは分かっていても、それでも泣かずにはいられない。
「泣かないで、アスラン」
それは、ルリの声だった。
自分の頭を撫でながら、必死に語りかけるルリの声。
その手は同じ年であるはずなのに妙に優しくて、まるで年上のような柔らかさを持っていて、それが逆にアスランに苛立ちを与える。
「うるさいな」と、その手を払おうとして勢いが余りルリをベッドから突き飛ばしてしまった。
突き飛ばされたルリも驚いたし、見ていたルカも驚いた。
でも一番、驚いたのはアスラン自身だった。
それでも、ここまでのことをしてしまうと、逆に顔を上げられなくて半分、自棄になっていたことも手伝い、いつものアスランらしからぬ態度をとってしまう。
けれども、その次の瞬間に聞こえてきた「音」に自分のした行動に対する後悔が襲い、その理由に思い当たると、それこそ本当に泣きたくなるほど自分がイヤになったのだ。
泣き顔のまま慌てて起きあがり突き飛ばした形になってしまったルリの前に座り込む。
「ごめん、ルリ……ごめんね、ごめんね……」
「どうしてアスランがあやまるの?」
「だって……」
治療中の傷をルカと一緒に盗み見てひどいショックを受けたのだ。
ルリの足の傷はアスランが胸に受けた傷よりも深く、見るも痛々しく、まだ歩くのだって不自由していた。
だから自分の行動を思うと無性に恥ずかしい。
ルカが必死にルリを立たせようとするも、ルリに立つ気がないのか、座り込んだままだ。
アスランもルリの前に座り込む。
どうしてなのか、ルリのこの蒼の瞳には何か強い力があって、見下したりすることが出来ない目線をあわせてしまう何かがある。
アスランが座り込んだのを見て、ルリが本当に哀しそうな顔をする。
「傷が痛むの?」と聞きたいが、自分が突き飛ばしてしまった恥ずかしさと後悔で、気遣う言葉すら出てこない。だから最初は告げられたルリの言葉の意味が分からなかった。
無邪気に告げられたその言葉の意味は。
「アスラン、泣かないで。大きくなったらルリがアスランの家族になってあげる。ルリがアスランに家族を作ってあげる。だから泣かないで。アスランが泣くとルリも悲しくなっちゃう」
「……ルリ約束出来る? 本当にルリは僕の側からいなくなったりしない?」
「うん。約束する。絶対にアスランの家族になる。女の子は男の子に家族をつくれるんでしょ? だから、ルリがアスランの家族をつくってあげる。そしたら寂しくなくなるよ」
泣いていたのだと、アスランが気が付いたのは、ルリの指が頬に触れた時だ。
指先は優しくて暖かくて。
その後、アスランはルカと一緒に両側からルリを支えて立ち上がらせて、ルカと二人で思いきりルリを抱きしめた後、やっぱり三人で泣いた。




