*待ち受ける現実2*
部屋を覗いて、そこに探し求めたルリの姿はなく窓から裏庭を見下ろしてみたが、そこにもルリの姿はなかった。
帝国に占領されたブルームで、ルカ達にあてがわれた邸ならいざしらず、この場所で庭に出るなどあり得ない事だとルカにも分かってはいたが、それでも心の何処かで、ルリならもしかしたらという思いにもかられたことは事実で、裏庭に姿がないことを確認すると、ルカは安堵のため息をひとつ吐き出した後、再びルリを探すべく屋敷内を歩きまわり、そしてやっとその探し求めた姿を見つけたのは階下にある部屋の前だった。
「ルリ、お行儀が悪いよ、盗み聞きなんて」
後ろから聞こえてきたルカの声に振り返ったルリは、瞳を伏せて無言のまま微かに微笑んだ。
以前なら、茶目っ気たっぷりにウィンクの一つ、もしくは唇に指を立てて笑ったものだが、今のルリにはその名残も見当たらない。
ここ数年で頻繁に見せるようになった表情に浮かぶ儚い影は、アスランに再会してから、なお一層、酷くなった。
確かに一見すれば「淑やか」とはき違えそうなほどに物静かではあるが、どちらかといえば爛漫ではち切れんばかりの元気さと、手に負えない好奇心に輝いていた時のルリの方が何倍も何百倍も、ルカは大好きだった。
ブルームでの軟禁生活の時ですら、一度として食事を抜いたこともなく、ましてや一日をベッドで過ごす等をしたことのなかったあのルリが、とにかく前向きであったあのルリが、がらりと変われば双子の兄であるルカには心配の種だ。
だからこそ、母の屋敷に匿われてからのルリが心配でルカは側を離れられなくなった。
そしてルカ自身がルリと離れると不安に駆られる事もある。
そっと近づいて、儚げに笑うルリ頬を撫でた後、その手でルリの手を握るとルリが再び、微かに微笑んだ。
「ルリ…?」
「ルク兄と、コウキさんの部下の人が来てる」
「…え?」
わずかに開いていたドアは、部屋の中の声を漏らさせていて聞きたくなくても自然と耳に入ってくる。
そして、ルカもその話を耳にしてしまってルリ同様、そこから動けなくなった。
そこは母のルルが利用している来客用の応接室で、部屋の中にいたのは、母のルルと解放戦線のメンバーであるルク、旧ブルームの行政を担当し、今はコウキの右腕と呼ばれる人物の三人だ。
「では、主人は公爵に身柄を移されておりますのね?」
「はい、間違いはないと思われます。それと、アペラはサンピエールに身柄を移されています」
「……? サンピエール…そういえば、ドーマスカー家はそこに領土を持っていたわね、ルク」
「そういえば父さんからそんな話を聞いた気もするけど…なんせ、じぃさんに逢ったのは一度だし…でも、邸の見取り図が欲しいならなんとかなると思うよ。そういうことに関しては父さんが抜かりないから」
「では、主人のことはこちらでなんとか致します。月の軍を動かすことは出来ません。誉められた方法ではありませんが、私の部隊を使えばなんとかすることができるでしょう。帝国内の組織を上手に使えば情報も入るはずです。アペラの方は…ブルームの解放戦線にお任せしましょう。ブルームのことはブルームになんとかしてもらうしかありません。でも、ここまで事態が急変してしまうと手に負えませんね。かといって、このまま手をこまねいていても事態が良い方向に向かうことはありえません。今はアペラの救出が最優先事項として、引き続き働きかけは続けましょう」
手にしていた書類を一通り目を通したルクが諦めを含んだため息をつきながらテーブルに書類を置く。
ある程度予想されて事ではあったのだが、事態はあまりいい方には進んでいない。
「ルク、コウキさんも頑張っています。月政府も。そしてアンタレスも働きかけをしています。連邦に関しては他に方法がありません」
置かれた書類を手にしてルルが首を振る。
「ですが総帥。今の議会にどれだけの力があるか…帝国が手を引くと宣言したところで、連邦が引くかどうか…月政府が絡んでいるなら、そう簡単には…」
「確かに、そうでしょうね。月政府は帝国に対して停戦を申し入れています。ひとまずこちらの停戦が成功すれば多少の可能性は出るのですが…ほぼ不可能でしょう。でも、議会で帝国と連邦の開戦について、そして帝国のブルームに対する侵攻に、当初から疑問視していた国もあります」
「…そのコクーンの支持が、逆に帝国に火を付けたことも事実ですよ、伯母さん」
ルクの言葉にルルは重いため息をつくことで肯定の意味を表す。
「帝国はもともとコクーンの独立に反対していました。ですが、地球に供給されているエネルギー等の資源を、安定した量を管理するためにも、その独立は急務でした。でなければ、帝国はいつまでもコクーンを植民地化し、そこに住む人々は永遠に帝国の奴隷です。あの国のしていることは人道的ではありませでした…それに、帝国の人々から見れば、自分達は特権階級に位置し、搾取するだけの権利がありコクーンに住む人間達は所詮、下層の人間だと…宇宙に上がった人々を人間ではなく、何か別の取るに足らない生物のように扱っていました。だからこそ、ブルームは当初からコクーンの独立を訴えていましたし、国としての独立を奨励していました。それを支持していたのがカーディナルであることもまた事実ですが…頭の痛いこと」
ルルがコメカミを押さえて、ソファに深く身を沈める。
「帝国と連邦という二大勢力が世界を上手に操作しているならまだしも、この二大勢力がアレですからね…」
「世の中というのは対局二つだけでは成り立ちません。それほどに単純な世界なら苦労などしなかったでしょう昔の人々も。まあ、どの時代を紐解いてみても、平和であった時など無いでしょうけれど、それなりに立ち回っていたはず。それが今は、帝国も連邦も、何がしたいのか分からないのではないかしら。帝国が侵攻しているから戦争をする。帝国も連邦も元が一つであっただけにこれ以上、やっかいなことはありません」
沈痛な空気が辺りを漂い始めてルクが「ああもう」と口にしながら、彼もルルに見習ってソファに深く腰掛け、それを見ていた事務官は言葉無く項垂れていた。
「私達がこうして頭を悩ましても、何も生産的な事は生まれません。ブルームのことはコウキさんが、月のことは月政府がなんとかするでしょう。月政府とて、帝国や連邦とやり合ってきた長い歴史があります。一筋縄ではいかないことは両国ともわかっておりますから、ブルームよりは問題解決が早いはずです」
「幸なのは、その月政府が、ブルームの復興を支持していて、解放戦線軍を正式に軍隊として認めてくれたことですかね…同盟関係は継続中であると、まあ、それはそれで問題ありなんですが」
「解放戦線があれだけの火器を備えるのです…それなりの口実や辻褄合わせは必要でしょう。でなければルク、アレは使えません。ブルームがあれだけのモノを保持していた等と言われたら、戦後に触りが出ます。もっともその戦後もどうなるかは、予測も付きませんが」
「もう価値がないならどうして、隠れていなきゃいけなの?」
三人三様のため息をついたときに聞こえてきた声に、ルルが驚きと窘めを含めた声で「ルリ」と名前を呼んだが、ルリはその声を無視して、ルルに近寄るとテーブルに置かれた書類を見つめた。
ルクが気が付いてそれを隠そうとしたが、そのルクの後ろに回り込んだルカの手によって取り上げられてしまう。
「ルリ、ルカ!」
ルルが声を荒げる。
「ママはずるいよ…二年前中途半端に真実を言っておいて、今更、私とルカを守ろうなんて。どうせ守るなら二年前にそうしてよ…今、この時点でそれをされても…もう遅いよ」
「ママ、二年前、僕たちは月を守りたくて帝国に膝をついた。ママの話は、僕たちに逃げる選択をくれなかった。なのに、今になって逃げる選択を提示されても、ここまで知って、ここまで拘わったら、もう選択肢に手を出せないよ」
「ルリ…ルカ…、お前達の母さんだって」
娘と息子の言葉に表情を曇らせたルルを見かねたルクが助け船を出そうとするが、ルルはそれを首を振って辞めさせる。
そして自分の前に座っていた事務官に「家庭の話をするから」と告げて退出してもらうと、ルクには自分の隣に座る様に指示した後、ルリとルカを目の前のソファに座らせた。
「……あなた達の言うとおりよ、ルリ、ルカ。二年前に月政府を、ひいてはブルームを守りたいからとあなた達二人を犠牲にしたと言われても仕方がないわ。あの時、私はあなた達の母の立場ではなく、コクーン共同共和国の一員としての立場で物事を言いました。あの時は、あなた達二人をたとえ犠牲にしても、守らなければならないものがあったからです。私の肩にはコクーン共同共和国の命運と、そこに生活する人々を守らなければならない義務があったのです。けれど、今は母としてあなた達を守りたいだけ。勝手な言い分だとわかっているけれどね」
「帝国はブルームの主権を認めたんでしょ?」
「ええ、事実上は認めたわ、帝国はね。だけど、連邦はまだよ。もともとブルームが戦場になったのは、ブルームが月と手を組んで帝国に攻撃を企んでいる、テロを支援しているという理由で攻め込んだ。そしてその帝国の遣り方は違法だからという理由で連邦は地球圏国際連合を味方にして、国際連邦軍としてブルームから帝国を追い出すためという理由で攻撃を開始した。政治というのは、そして国同士の問題というのは拗れるとどこまでも拗れて、そして修復なんて出来ないモノなのよ。国と国の間に、同盟関係や主従関係は成り立っても、信頼関係は成り立たないわ」
**
「おつかれさん」
「タイス、まだ起きていたのか」
司令官であるイーストから呼び出されて今後の方針についての軽い打ち合わせを終え、艦内にある自室に戻ったアスランを出迎えたのはベッドに寝そべって本を読んでいたタイスだった。
ちらりと手元の本を見てみれば、アスラン自身は絶対に手にしないような本で、それについては何も言及せずに、ため息だけで済ませることにした。
「方針は決まったのか?」
「ああ、俺たちは正式にこっちの艦に移動になった。そしてそのままこの海域と空域の確保にあたれ、らしい}「本部出頭はなくなったんだな、安心したよ」
「……実は俺も」
最近、アスランはタイスに良く話をするようになった。
ここ数日で随分といろいろな話だ。
アスランの両親の話から始まって、ルリやルカとは家が隣同士で、それこそ一時も離れずに一緒にいたこと。
それを聞いているうちに、自分が知り得ていたアスランという男が、実はアスランを語る上ではわずか1パーセントぐらいしかなかったことを知らされた。
アカデミー時代は淡々として、物静かでとても戦争をやりたいですという男には見えなかったが、今でも十分に見えないが、それでも、それなりの事情はあるのだろうとは思っていたのだ。
成績がすこぶるよかったのは何も祖父に認められたいという理由ではなく、ただ単に不器用なだけで、手を抜くとか適当に物事をこなすという事が苦手なのだともわかった。
あまり感情が表に出ないのは、大切な者と引き離されて、どうしていいのか自分でもわからなかったからだ。
現に今は、タイスの言葉にしかめっ面をしたり渋面をつくったりと忙しい。
そしてルリの事に話が及ぶと途端に優しい顔になる。
だが、その一方で。
ルリと再会してからのアスランは、良く話すのと同時に、何か思い詰めた表情をするようになった。
辛そうであるとか、悩むという表情ではなく。
それが、時々、不安になる。
真面目な人間はいきなり何をするかわからない。
というのがタイスの真面目な人間に対する評なので、それはそのままアスランにもあてはまる。
「そういえば、アッシュがこちらに来るらしい」
「え? 何、まさかあいつも地上に降ろされるのか?」
「いや、護衛任務だって。新しくこの艦隊に配備される護衛駆逐艦ジェミニの司令官が、上の艦隊の、アッシュの上司らしくて、それを送り届けるただって」
この話に興味があるのか、今まで寝そべっていたタイスが起きあがる。
「へぇ~新しい艦が配備されんだな。しかも艦長は上から降りてくるなんて珍しいな。あいつの上ってだれだっけ? あいつの所属って確か月面だから…レッドストーン」
「そこのヴァルハラ・オーギュストという人らしい。俺たちは直接逢ったことはないけど…かなり優秀なステラだって」
「若いのか?」
「ああ、かなり。たしか二四歳くらいだったと思う」
「それ、大抜擢じゃん」
移動の際に持ち込んでいた数少ない私物の中からシャツを取り出すと軍服を脱いで、そちらに着替え、アスランもベッドの上に寝転がる。
戦闘はなくとも軍服を着ているだけで、十分、疲れるのだ。ましてや、ここ数日はやたらと雑務が多い。
「そのジェミニの配備が二週間後、進水式は明日。アッシュは明日、降りてくるって」
「なんか、随分とバタバタだな」
「……ブルームの話は聞いたか?」
「ああ、俺は……ブルームの主張は正しいと思うけどね。ただ、俺は政治家じゃないし、外交官でもないし、ましてや上の人間でもないから、こればっかりはな。なんとも言えないけどな」
「……この話で、父とドーマスカー大臣がまた対立してるらしい」
その言葉にタイスが鋭い視線を向ける。
もう一つの変化だ。
最近、アスランは祖父をドーマスカー大臣と呼ぶようになっていた。




