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seek one's fate  作者: 六軒さくみ


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32/34

*静かなる意志8*

「報告書の提出は本日中だ」

「はい」


 淡々と返事を返した後、アスランはふっとつめていた息を吐いた。

 一礼をすると、アカデミーでイヤと言うほどに躾られた踵を返して退出する、というのをやりかけたとき、イーストがその背中に声を掛けた。


「ローダデイル少尉」

「はい?」


 折り目正しく矜持を崩さないアスランには珍しく、その時ばかりは、素の自分で返事をしてしまっていたのだが、本人はそれに気が付いていないらしく振り返った表情も、普通の少年としての素顔だった。


「君が対峙していた機体だが…」

「私が取り逃がした……ではなく?」

「そう言い直して欲しいのか、少尉」

「あ、いいえ…」


 嫌味を言ったつもりも、反抗の意を表したつもりもなかったアスランは、イーストに問われて恥ずかしそうに項垂れた。


「少尉が対峙した所属不明の機体だが、もちろん詳しいことは報告書で確認させてもらうが、何故、攻撃をしなかった」

「……味方はほぼ、撤退を完了しており、艦隊が海域を離脱する援護任務の優先度が高いと判断したからです。宇宙艦隊の防衛ラインを抜けたミサイル攻撃が一度で終わるとも思えませんでしたので」


 司令官席に背筋を伸ばして座っていたイーストが、ギシッという音と共に背中をイスに預ける。


「模範的な回答だが……、少尉。私が聞きたいのは報告書の内容ではなく、少尉の個人的な見解だよ。あの機体に攻撃をかけなかったのは、攻撃の意志が見られなかったから…であるか、もしくは知りあいであったか…あれがブルームのものだと思ったからであるとか」 


 微かに臥せられていた目が、弾かれるように挙げられ、男にしては大きめの瞳がイーストに向けられている。


「!」

「あの機体が帝国のものではないことは間違いがない。だとしたら、あと考えられるのは、ブルームの技術力だけだ」

「ですが…俺が知る限りでは、ブルームには…あ、失礼しました。私が知り得る限りでは…ですが、今言われたことの一つは、肯定です。あの機体からは攻撃の意志は感じられませんでした…それが命令違反となり得ることも理解していましたが、明らかな敵機であるという確証もなかったので、攻撃を躊躇したのも事実です。ただ、言い訳するつもりはありませんが、少なくとも攻撃をしなかったのは、あの機体に自分の知りあいが乗っていたからではありません。もし、知人が乗っていたのなら、投降をすすめ、もし、攻撃されたのであればきちんと対処しました。あれがブルームのものだといるのであれば、やはり同じように対処したはずです。軍人として」


 イーストはしばらくアスランの表情を見つめていたが、ため息をつく。


「わかった。何も少尉の命令違反であるとは思っていない。ただ、気になってね。わかった…少尉、あの機体に攻撃の意志がなかったというのは、私も同感だ」

「司令……?」

「少尉」

「はい」

「少尉の小部隊は君を入れて六名だったな。明日付でリバティベルから、当艦への転属を命ずる。しばらくは、こちらの艦で護衛任務に就いてくれ。正直なところ、例の攻撃で対喰空部隊の断ち直しが手間取っていて補充もままならん。艦隊はこの防衛ラインで待機なので君たちは私の指示下に入って欲しい。上層部の許可は得ているので報告書提出と同時に移動してくれ」



「アスラン」



 退出同時に横から声をかけられて、アスランは瞬時、驚いた表情を浮かべたが声の持ち主を確認すると、ため息をつく。


「タイス、休憩時間だろ」

「お前だってだろ…呼び出しっていうから、ちょっと気になってさ。始末書なら書き方を教えてやれるぞ」

「遠慮する。それに始末書じゃなくて報告書だ。俺が求められたのは」


 タイスの前にイーストから受け取った報告書を晒す。

 それを見て、タイスがかなり残念な表情をうかべたため、アスランは心持ち笑ってしまった。


「なんだよ…始末書かと思っていたら」

「残念だったな。タイス、俺達の部隊は明日からこっちの艦の指示下に入ることになった」

「え? うそだろ?」

「こんなことを嘘で言うと思うか?」


 アスランの問いに、タイスが間髪おかずに否定の首を振る。

 そうアスランという男はその手の冗談は絶対に言わない男だ。


「宇宙から修行に出させられて、また移動かよ。俺たちは一応、ステラなんですけど」

「だからだろ…それに多分、状況が思わしくないんだと思う」

「え? 戦況がってことか?」

「…いや、軍ではなく政治面…」

「まあ、どっちらしても軍人の俺たちには政治のこと何てわからないし? 組織の中の俺たちは、上には従わないといけないし」 


 言いながらタイスが漏らしたため息は深いため息だった。


「部隊の再編にもう少し時間がかかるってことか?」

「そうらしい」


 タイスは何をするでもなく、手にしたコーヒーを口にする。

 呆れたアスランが「ヒマなら手伝えよ」と言ったところ

「俺がこういうのが苦手なの、知ってるでしょ? 酷なこと言うなよ」と返されるに至り、アスランは一瞥をしただけで諦めて、再び報告書に取りかかる。


「ま、仕方ないよな」

「タイス…?」


 今までとは明らかに違う声のトーンに、アスランは手を止めて視線を上げる。


「だってそうだろ。俺たちSS部隊はさ、ファイター部隊に比べれば遙かに生存率がいい。ましてやステラなら尚更だ。だからこそ、俺たちの年齢で少尉なんてやっていられる。下級兵達の死亡率は高いからな。俺たちの同期はSS部隊以外は全滅らしい」

「…ステラは宇宙艦隊が主な配属先だから…知らなかったよ、そこまでは」

「部隊の再編も大変だろうな。それからさっき言ってたアイツらだけどさ。アイツらもさ、これからそれを実感すればすこしは変わるんじゃネーの」


 タイスが指すアイツらと言うのは自分の部下だ。

 今日一日の作戦での行動を見ていて、アスランは何度、ため息をつきたくなったか数え切れない。

 ブルームのあの場を早々に離脱して、本部隊に合流してみれば、それはもうひどい有様だった。

 対空部隊がガタガタなのは、半分は部下達の失態な気がしてならなくてイーストからの移動の命令の際は口を挟むことも出来なかったのだ。

 それを、仕方がない、の一言で片付けられない。

 というのがアスランの心情でそれを感じたタイスは「お前、真面目すぎ」と呟いた。


「…タイス、言ってることは一理だが…今日で認識してくれないと、遅いだろ」

「かもしれねーけどさ、戦場放り込まれて一年の俺たちが、歴戦の猛者っていうほうが絶対異常なんだよ……つかさ、自分で言って虚しくなってきた」

「タイス……頼むから、もう静かにしてくれないか?」 と、呟いた後、アスランが急に表情を変える。

「アスラン…?」


 報告書作成の作業も止め、一点をだけを見つめるアスランをタイスが訝しげにのぞき込む。


「……ルリにも…」

「え?」

「ルリにも昔、良く言ってた。宿題の邪魔をされて、もう静かにしろって…」


「何だよ、のろけ話かよ」と言いかけてタイスは、不意に言葉を切る。

 さぞかし柔らかな表情を浮かべていると思っていたアスランが無表情だったからだ。


「…ルリなら…乗れるかも知れない」

「は?」

「ルリなら、アイツらより上手く乗るかも知れない…SSも動かせるかもしれない」

「何を言ってるんだよ…」


 しばらく考えて、アスランは必死に自分の頭に浮かんだイメージを消そうとする。

 だけど、その可能性を考えれば考えるほど、あの場所で炎に包まれながらただ佇んでいた巨人が「途方に暮れたルリ」に見えてしまう。


「タイス…俺は帝国の侵攻が始まるまではブルーガーデンの特待クラスで総合トップを誰にも譲ったことはなかったけれど、たった一科目だけトップを取れなかったことがあるんだ」


「何だよ、自慢かよ」と言いかけて、再びタイスは口を噤む。


「入学の際の適性試験、飛行シュミレーションで学校始まって以来の好成績を取ったのは俺ではなく……ルリなんだ」

「……はぁ?」

「俺より遙かに好成績で…ゲームなんて嫌いでいつも投げ出していたし、理数系が苦手だったのに、いつの間にかプログラミングを覚えてた……」

「おいおい、アスラン。何をそんな突拍子もないことを言い出すんだよ」

「突拍子もないかな…」

「ないに決まってるだろ。お前、疲れてるんだよ。後は俺がやってやるから仮眠しろよ」


 その後、押し問答を繰り返し、最後に折れたアスランをベッドに行かせる事に成功したタイスだが「結局、俺がやることになった」と呟いた。






***初めて地球を見たとき、

   アスランと引き離されて、ルカと引き離されて、

   泣いてばかりで滲んで見えた***


  『そして今も。アスラン地球は滲んで見えるよ』





「今は、ルリをそっとしておいて、ルク兄」


 静かな声は穏やかだが、どこか命令も含んでいた。

 心配している気持ちも、今すぐルリを励ましたい気持ちもあるが、一方ではどうやって何を言ったらいいのか変わらなかったのも事実で、ルクはルカの言葉に頷くと、その場を立ち去った。

 月に向かうシャトルは、混乱に乗じて軌道に乗ることに成功し、あと三〇分もすれば、月面都市で待つルルやその他の支援者達と合流することが出来るから、ルリやルカの身の安全もそこで図られるはず。

 あの火の海の中で、アスランの乗るチェイサーと対峙しているアティールを見たとき、ルカは呼吸すらも忘れてしまった。

 確かに、判っていたことではあった。

 だけど、まさかルリが最初にアスランと出逢ってしまうとは思っていなかったのだ。

 武器を手にして、いつでも攻撃態勢に移れるアスランの機体を見たときには、通信回線を開いてしまいたいという衝動を耐えるので必死だった。

 後々の事を考えたら、そんなことをしてしまって情報として残ってしまったら大変なことになるという理性が一瞬で働いたおかげで耐えられたのだ。

 合流したルリは何も言わなかったが、それこそがルリの言葉な気がして、ルカはそっと抱きしめた。

 言葉もなくただ、ずっと。

 温もりだけを伝えるように。




   アスラン、現実は私の心を打ち砕いたよ。

   月で見た現実も、月で知った事実も、

   私を粉々にするのに十分だったよ。

   だからこれ以上の事なんて、起こらないって思ってたのに。





 『本当の悲劇は、まだこれから起こるってしらなかった。運命の水車は、私の血で回る』

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