*静かなる意志7*
モニターに映し出される夜陰の襲撃映像を前に、フラーミングは淡く微笑みを浮かべた。
鮮明に映し出されているのは、連邦軍の攻撃を受けて、次から次へと主要な建物が炎上していく様だった。
建物が瓦礫と化そうが、人々が逃げまどおうが、アトランティス島が再び炎に飲み込まれようが、女帝にとってはなんの感慨も痛みも伴い。
だから、彼女はその映像を見ても淡く微笑みを浮かべるだけであったのだ。
アトランティス島にあったブルーム共和国を御託を並べて占領したのは、別にあの島が必要だったかではなく、ましてやあの国が持つ何かが欲しかったわけではない。
必要であり、欲しかったモノはすでにこの手にした以上は、あの場に何の意味もない。
逆をいえば、あの場にいて、旧ブルームの人間達に口実を与えてしまう必要もない。
その判断は正しかったとばかりに、女帝は再び微笑んだ。
今、女帝を乗せた帝国軍の高速戦艦は、数機の護衛艦に守られるようにして本国に向けて空路を移動している。
「陛下、囮の艦隊は連邦軍との交戦に入りましたが本隊は無事に海路で帝国に向かっているそうです」
「置いてきたバラ姫は王子様に無事に拾われた?」
「はい」
「よかったわ」
戦艦内に設けられた司令室は多分に漏れず薄暗く電子に囲まれた空間であったが、その一段高い席に腰掛けたフラーミングは、その場に似つかわしくない深紅のドレスを身に纏い、右手には豪華な羽のついた白い扇をもっている。
王城内の皇帝の間にいると変わらない様相だが、当然の事ながらそれを咎める者は存在するばすもなく、彼女の横ではアレンが、女帝直属の部隊である軍服を身に纏い指示を与えている。
アレン・カッサーノはフラーミングが輿入れした後に、デュオン家から使わされてきた護衛で、孤児育ちではあったが、その能力を見込んでフラーミングが自分の側近に引き立てた人物でもある。
帝国内にくすぶる血筋・家柄主義者などからすれば、癪に触る存在ではあるが、その能力についてだけは誰も否定する者がない。
二年前、千人に満たない人数で、ブルーム共和国に侵攻し、わずか一週間で完全制圧に成功し、その後、半年でアトランティス島における帝国の足がかりを築きあげたのだ。
他を威圧するほどに立派な体躯を持ち冷静沈着。
女帝の親衛隊の責任者として、そして直属部隊の参謀として帝国内でも一目置かれる存在で、たとえ心内では納得でき兼ねる人間達も数多いるが、彼はその雑音を実力ですべてねじ伏せてきた。
その辺りの行動力に女帝は全幅の信頼を置き、そして自分の腹心として自分の影としてアレンを扱っていた。
「陛下、このまま公爵にご帰還なさいますか?」
「そうね。リデリオや、デュオンの件もあるから、戻らざる得ないでしょうね」
フラーミングは右手に持っている扇をゆっくりと仰ぐ。
完全に空調の効いた司令室内が特別暑い訳ではないが、考え事をしているときの彼女の癖の一つだ。
「アレン、ブルームの連中に資金を流していたのは月の政府だと言ったわね。じゃあその人間を数名特定して、情報を連邦のドーマスカーにくれてやるといいわ。それだけで分かるはずだから。その替わりドーマスカーに例の件を承諾しろと、多少、脅してやるといいわ。いずれ連邦ともケリをつけないといけないでしょうけれど…それはそれで、また別の方法を考えるわ。今は連邦が存在していてくれた方が便利だから」
「はい…陛下、噂の程度ではありますが、そのドーマスカーの事でご報告であります」
「何?」
「ドーマスカーにはご存じの通り一人息子がおりますが、その一人息子には二人の息子がおります。ドーマスカーから見れば孫になりますが、そのうちの一人がアスランという名だそうですが、ルリやルカと幼なじみであったそうです」
アレンの言葉に女帝の表情が一瞬、強ばる。
「なんですって? エイドリアンの息子?」
「はい」
それまでゆるやかに仰いでいた扇を、両手で音を立ててしめると、これまた女帝には珍しく、その扇を握りしめた。
「私としたことが迂闊だったわ…兄上もなかなか策士でいらしたのね」
「どうなさいますか? 今の内に…処理致しますか? 今は連邦軍の兵士になっているようですから、容易いかと」
アレンははっきりと言葉にはしないものの、暗に「戦死」に見せかけて殺すのは簡単だと告げていた。
「ドーマスカーの息子は連邦内で反戦運動をしていると言っていたわね」
「はい。その一連の行動が父親の逆鱗に触れて、今は軟禁状態であるとのことです」
「ふん。逆鱗ね…ドーマスカーもさすがに息子は殺せない…と言うより、スネに大きな傷があって殺せないってところかしら……」
女帝は再び、扇を広げると自分の目の前でそれをゆっくりと揺らした。
「アレン、国際議会の連中にプレゼントをくれてやりなさい。それからブルームにも。帝国は正式にブルームから手を引くわ」
「陛下?」
「アレン、人は面白いわね…そして戦争も。正義を掲げても所詮、その正義だって人が違えば定義が違う。さまざまな思いや思惑や、恨み辛みが戦争の醍醐味。上手く使えば連邦をつぶしてコクーンもつぶせるカードを手に入れることが出来るかも知れないわ。邪魔くさいと思っていたのよ…宇宙に住む人間達なんて」
**
「もぬけの空とは、冗談にしてもキツイな…」
ルクが、ため息と共に吐き出した独り言であったはずの言葉は、意外なほど大きな音となって空間に落ちた。
「ルク、聞こえる?」
「ああ」
「……コウキ司令官の指示で、私はこれからダイ様の救出に向かうわ。作戦コードは後から連絡するから…それから」
「帝国軍の動向だろ?」
「ええ、あまりにも早すぎるから…女帝が王城を出たのは私がルリ様を救出後、二時間後。帝国の主力部隊が撤退したのは、その三時間後…どう考えても、私達の作戦かもしくは連邦側の作戦が漏れていたとしか考えられないけど…」
「両方が漏れていた可能性もあるな」
「それは…」
アナが不意に言葉を切ったのは、考え込んだだめではない。
モニター越しに映し出されたルクの表情がみるみるうちに不機嫌になったからだ。
それに怯えるようなアナではないが、いつも飄々として磊落なこの男が、感情をこれほどの表情に出したことに驚いたと同時に、彼が自分の感情のコントロールが効かなくなる時がどんなときが、十分に知っていることもある。
「ルク…」
「いや、悪い…ルリじゃないが、なんかこう嫌な予感がしてさ。帝国の狙いがよくわからんし、連邦の情報について帝国に流れていたことも腑に落ちないことがたくさんあるし、何よりもちょっと、いや、かなり気がかりなことがあってな」
「気持ちはわかるけどルク」
「まあ、いのこの場で焦っても仕方ないことはわかっているんだが、これからの事を考えるとちょっとな…取りあえず、ルリとルカが上手くやってくれたのはわかった。俺もこれから合流ポイントに向かい、二人を連れて予定通り月に向かう」
「お互いの武運を、ジャスティティアの幸運を」と呟くと、アナは回線を切断した。
同時にルリが搭乗している機体からのメッセージが表示され、兼ねてから言われていたシグナルを送り返すと、辺りが急激に明るくなった。
先ほど、激しい揺れを感じて近くで爆発が続いて起きた時には、自分が見付かったと思っていたのだが、それは味方の機転でなんとか凌ぐことが出来たらしい。
あの時、攻撃されていたのでは、たとえこの「鋼鉄」であろうとも無事でいたかは自信がない。
そして、今は、ルリの機体光の乙女の名を付けられたアティールから、目覚めの呪文を送られ、全てを解放することが出来るようになった。
ルカが最後の最後まで反対し続けていたのは、アティール、ウィル、ウィッシュの三機は全ての情報を共有するとともに、その中心機となるのがアティールだったからだ。
ルクが最初にその説明をルカからされた時、この三機の機体を見せられた直後の驚愕で、説明の半分も理解できていなかった。
そしてやっとルカが言っていた説明が理解できたときには身動きの取れない状態に陥っていたのだ。
最後ルカが呟いた「光の乙女に意志はなく、ただ、希望を与える光を呼ぶ」その言葉の皮肉さを考えると、ルクは胸に苦くこみ上げるモノを感じて、それを強引に飲み込んだ。
大切な妹を戦場に出さなければならなくなった現状と、情報が確かならば、ルリが最初に出逢う「敵」は、やはり大切な弟であること。
様々な思いを再び飲み込んで、ルクは操縦桿を握りしめてフットペダルを踏み込んだ。
***胸が痛むとか、心が張り裂けそうとか。
この景色を見たら、いろんなものが押し寄せてきて、私を取り囲んだ。
きっと、総てが見えなくなった瞬間。
夢の中で笑っているもう一人の私を見つけた瞬間***
「ひでぇ~」と、言うのがタイスの正直な第一声であり、率直な感想だった。
赤々と燃え上がる炎はすべてのモノを飲み込む勢いで延焼しつづけ、これでは消化すらも追いつかないであることは一目瞭然だった。
確かに、帝国に対する総攻撃なのだから、この結果は喜ぶべきことであるだろうが、ここにだって一般人もいるはずなのだ、これではほぼ絶望に違いない。
敵の迎撃と味方の攻撃で、辺り一帯は焼け野原どころの騒ぎではなかった。
何をどうすればこれほどまでに蹂躙できるのか、瓦礫すらも焼き尽くされたそこは、まさに焦土と化していた。
戦争に参加するモノとして、受け入れなければ成らない現実だが、それでも納得出来ることではない。
タイス自身は軍人となった今でも、この光景を見るたびにもう少しやりようがないものかと思うのだが、それは感傷なのだと以前、上官に斬り捨てられたことがある。
ふっと、横を見渡せば、同じように地上に降りたアスランの機体。
「…アスラン」
「…大丈夫だ、タイス」
そういうアスランの声は微かに震えていた。
無理もないだろうと思うが、今はそんなことを言っている場合ではない。
なんと言っても目の前には、見たこともない新型機が一機、静かに佇んでいる。
巨大な戦闘機にたいして「静かに佇む」とは変な表現かもしれないが、タイスの目からみれば、それは本当に佇んでいるように見えたのだ。
例えば、誰か人が「哀しみにうちひしがれて佇んでいる」ように。
「タイス、ここは俺が引き受ける。お前は本体と合流しろ。あいつら四名では…艦隊警護は無理だ」
「だが、アスラン」
「行け、これは命令だ。攻撃の主力部隊が艦隊に戻るまでミサイル攻撃が再開しない保証はない! 一度目の攻撃が宇宙艦隊の目を盗んで行われたとしたら、第二派もありえる」
「宇宙艦隊は何をやってるんだ?」
呆れた声が出てしまったのは仕方がないとしても、それを聞き留めたアスランが、険しい瞳でその後の言葉を制する。こんな表情のアスランは要注意なのを短い付き合いながらも理解しているタイスは、その後の言葉を噤んだ。
(おれはやっぱり一言多いらしい)
「タイス、原因究明も調査も今俺たちに与えられた任務ではない。今の俺たちに与えられた任務は、認識不明の機体の対応と、本部隊撤退までの時間を稼ぐことだ。そして艦隊の警護だ。早く行け!」
「了解」
タイスは静かに頷くと、もう一度モニターでアスランを見遣る。
そこには、感傷を宿していた先ほどのアスランではなく、タイスが知っている「ステラのアスラン」となっていて、つくづくアスランの冷静沈着振りに驚かされた。
「タイス、俺たちの機体はそもそもは地上展開用に開発されたモノではない。ブースターにも限界はある。その点を注意して、四名のフォローも頼む」
「了解」
アスランの言わんとしていることを察した脳裏に、自分達より先に引き上げた部下達を思い浮かべると、タイスは苦笑いが浮かぶことを止めることが出来なかった。
タイスとアスランの搭乗する連邦軍の主力新型機。
宇宙戦用で圧倒的な機動力を発揮できるように開発された機体ではあったが、地上展開ではこれ以上不向きな機体はない。
そもそも地上展開を想定して開発されたとは、開発研究部門も明言していないから、仕方ないと言えば仕方のないことではあるのだが、その機体を持って地球部隊に派遣されたアスランとタイスには、無用の長物といっても過言のない機体である。
本部の技術部で背中に羽状のブースターをつけることにより対地上、対空中戦用にカスタマイズされたといっても、どこまで信用できるものなのかは半信半疑で、だからこそアスランは、自分達と同じ「宇宙艦隊」が利用している機体に搭乗している四名を心配していた。
ブースターの動力は無限ではなく有限。
作戦中にエネルギー切れではお話にならない。
「アスラン…」
「何だ?」
その後に続く言葉をタイスは掛けることが出来なかった。
***偶然なら目をつぶって我慢した。
必然だったら、やっぱり目をつぶって我慢した。
でも、これが宿命だって言われたら私には何も出来ない***
『これが運命だって言われたら、私にはもう、泣くことすら出来ない』
「ルリ…」
どこか遠くで声が聞こえた気がしてルリはふっと頭を上げた。
今までは一番聞きたいと願っていた人の声であり、そして今は一番聞きたくない人の声。
記憶の中の耳が、心が、自分の感覚総てで覚えていた声は朗らかで、同じ年の男の人と比べればほんの少し高いトーン。
だけど自分には心地よくて安心出来た音。
再び巡り会えたその声は、離れていた時間を突きつけるように、覚えていたよりも低く、耳に名残を残す甘さを含んだ「大人」の声。
「…アスラン……」
ルリの目の前に立ちふさがっていたのはその愛しい人。
狭い空間の中に零れた自分の声は、思っていたよりもずっと頼りなかった。
いつも淋しいとき、哀しいとき、泣きたいとき、呪文のように唱えていたアスランの名前が今日ほど、声にならなかった日はない。
幼い頃に何度も呼んだ名前は、自分の名前より確実に回数を重ねていた。
そして、その名前を呼べば、いつでもアスランはルリの側にいて、淋しいときには微笑んで、哀しいときには手を握って、泣きたいときにはそっと抱きしめてくれた。
それこそルリにとっては魔法の言葉だった。
けれど、今、自分の目の前に、まるで「敵」のように構えているのは、そのアスランが搭乗する戦闘機で、頭では判っていることが、心が理解を示さず、痛みすらも通り越えた「どうすることも出来ないやるせなさ」がこみ上げてきて、なのに何故だが声を上げて泣くことが出来ない。
泣きたいのに涙が出ない。
泣きたいと、体全体で悲鳴を上げているのに、自分の何処かで「泣いてももう戻れない」と「流れに従ってしまったら、もう、その流れを止めることは出来ない」と小さく囁いている。
アティールに乗って操縦桿を握ってしまったら、フットペダルを踏み込んで歩いてしまったら、もうその場に踏みとどまっていることも、その場に戻ることも、そして逃げる場所も総てを無くしてしまうのだとそれはルリは理解していた。
そして、自分がその流れにもう身を任せてしまっているのだと、アスランに再会したあの時に、理解していた気がするのだ。
それでも、やはり頭と心は伴わない。そんな自分をどうすることも出来なくてルリはただ、その場に佇む事しかできない。
ルリを嘲笑うように、攻撃するように、目の前に広がる赤い海は、総てを燃やし尽くそうとしている。
想い出も何もかも。
だから本当にどうすることも出来なくて、迷子のように泣いて助けを呼ぶことも出来なくて、何をどうしたらいいのか判らなくて、ルリは黙ってモニター越しの連邦軍最新鋭機体チェイサーのパイロットのアスランを見つめる事しかできなかった。
不思議な思いをしていたのはルリだけではなく。
操縦桿を握り、手にしている武器でいつでも対応できるようにしていたアスランも、所属不明の新型機に対して対処しあぐねていた。
何故だか、攻撃の意志は感じられない。
だが、味方ではないことは明らかで、そして帝国軍の機体でないことも明らかで。
司令官から言われた「ブルームの機体」である可能性を示唆されたところで、それにも違和感を感じていた。
アスランが知る限りブルームが「武装」していた事実はなく「戦闘機を開発していた」という事実も知らない。
もし、ブルームが武器で武装していたならば、二年前あれほど簡単に帝国軍の理不尽な侵攻を許してしまうはずもなく、そして、今、この場で何かを仕掛けて来るとも思えなかった。
ブルーム国内に「ブルーム解放戦線」なるものが存在し、帝国に対してテロ活動を行っていた数多の組織と手を結び、故国奪回にやっきになっている事は確かに聞いているが、故国奪回をしたところで、今のブルームが国として正常な機能を備えるには、気の遠くなるほどの時間が必要だとも思う。
連邦軍は、連邦政府は、地球圏議会の満場一致の承認の元、ブルームを解放するという面目で軍事行動を行っているのであって、その承認を得ないブルームの解放戦線を連邦が認めるはずもなく、その辺りの事情はブルームの人間ならばよく理解しているはずだから、意味のない事をするはずもない。
もし、ブルームが帝国からの解放を宣言するのであれば、まずは国としての機能を正常化させて、国際社会に認めさせなければならない。
その手順も踏まないままにテロ行為を行い、そのような武器で武装したとしたならば、それは認められないことだ。と、アスランはそこまで考えて自分の中の矛盾に気が付く。
だが、その矛盾をこの場で考えてしまったら、二度と操縦桿を握れなくなりそうで頭を目の前の「敵」に集中させる。
司令官より攻撃の許可を得ているから先手を打ち、ここの場をはやく片付けて、タイス達と合流しなければとも考えたが、どうしてだが、その場を離れる気になれなかった。




