*静かなる意志5*
「これより我々、解放戦線軍は我が祖国を取り戻すため、愛する大地を取り戻すために立ち上がる! 同士達よ、愛する限り戦い、命ある限り生きよ。希望がある限り立ち上がれ。勇気ある者たちにジャスティティアの幸を」
コウキの「決起」を告げる声に応えるように、国内に次から次へと火の手が上がった。
同時に、沿岸部から大量のミサイルが音を立てて飛来し、建物に命中しては激しい爆撃音と火柱を上げ、解放戦線の別働隊が国内すべてにエネルギーを供給していたポイントを作戦通りに制圧し、連邦軍の攻撃から十分も立たずに、辺りの明かりが一斉に落ちた。
本来であれば暗闇が支配するはずが、敵味方の攻撃によって生み出された焼き尽くさんばかりの炎は次から次へと移動して辺りを赤く照らす。
予定ではルリは解放戦線のフェニールやアナに伴われ、ルカと共に行動を共にするはずだったが、リデリオの横槍の影響でルカと別れての行動を取らざる得なくなった。
今は解放戦線が重要ポイントとして利用していた、旧ブルーム市街の中心部に存在していた議事堂の、地下に張りめぐらされた場所で「鋼鉄の巨人」とも「意志のない武器」とも呼ばれる戦闘機の中、その映像を見つめていた。
映し出される映像が、遠く別の場所で起きている出来事なのだという錯覚に捕らわれそうになるルリの感覚を現実へと呼び戻しているのは、先ほどから微かに体に伝わる振動だった。
連邦軍の爆撃が、帝国軍の迎撃が、双方の攻撃が、地面を通して巨人の鋼鉄や金属も通してこの場にも伝わっている。
シートに深く腰掛けて震える体を両手で抱きしめてみても、体にまといつく不安や恐怖をぬぐい去ることなど出来るはずもなく、カタカタと体の震えに合わせて金具が微かな音を立てる。
その微かな音すら耳元にミサイルが落ちたかのような轟音に聞こえてきて両耳を塞いでみたが、体に伝わってくる振動だけは、現実と切り離すことは出来ず、感覚が呼び戻されるたびにこみ上げるほどの気持ち悪さに襲われた。
「ルリ…聞こえる?」
操縦席に遠慮がちに響いたのはルカの声だ。
回線を繋ぐと、クリアな映像とともにルカの不安げな、それでいて焦燥感を含んだ瞳が飛び込んできた。
「ルリ…」
「…ルカ?」
同じような密室の、同じようなシートに座っていたルカは、妹の真っ青な顔を見た瞬間に、再びリデリオに対して激しい怒りがこみ上げてきた。
リデリオの予想外の事が起きなければ、ルリは今頃、自分と一緒に行動を共にして自分が傍にいたはずなのだ。
「大丈夫だよ」と抱きしめることも励ますことも出来たはずなのだ。
しかも、これからルカは、そのルリに対し言わなければならないことがある。
「ルリ…良く聞いてね、ルリ」
ルリが静かに頷く。
ルカが通信を繋いだときから、それとなく何かをルリも感じていた。
「……王城にパパの姿はなかった。パパは公爵に移されていたらしい。今、別の部隊が確認しているけど、公爵に連れて行かれたのなら、救出するのはしばらく先になる。僕たちは…」
「作戦は半分成功して、半分失敗しちゃったんだね」
「王城に女帝もすでにいなかった。多分、作戦は漏れていた。そして僕たちの身柄は事実上、必要がないと、言われたも同然」
「戦う理由が無くなるんだね…」
ルリの呟きにルカが「どうして?」と目で問いかける。
「私達が解放戦線とともに行くのは、女帝に対して帝国の系譜にはならないことで、尚かつ敵対することを表明して、私達は父親を帰して、私達を自由にして、解放戦線は土地を領土を主権を返してでしょ?」
「そっか…そういうことか…」
ルリの言葉を聞いてルカが唇を噛みしめる。
「……帝国がこんなに速く撤退するなんて考えてなかった。主権を戻すと明確なモノを確認してからのはずだった。でも帝国はこの土地を捨てた。私達が父親を取り戻したくて攻撃すれば、それは戦争の理由になる可能性もある。国としての取引になる。だけど、それには…」
突然、ルリとルカの通信にルクが割り込んだ。
「二人ともいい加減にしておけよ…」
微かな苛立ちと、多いなる呆れを含んだ声。
「お前達がそんなことを気にする必要は全くない! 今後の対策や、それに付随する様々な面倒ごとは全部俺や解放戦線軍のトップであるコウキさんに、そしてこれから発足する予定の新政府になすりつければいいことだ。お前達はまだ子供なんだ、何も知らないんだって顔してしればいい。それくらい狡く生きても許される、と言うか俺が許してやる。お前達は下っ端なんだから、何も知らない、分かりませんていいんだよ。全部、大人達に丸投げしてしまえ」
「……でも…」
それでも尚、言いつのろうとするルリにルクはわざとらしいため息をつく。
「ブルームを取り戻した後、この国を動かすのはお前達じゃない。コウキさんを始めとする新政府の人間達だ。まあ、その新政府自体発足できるか瀬戸際だが。それでも、お前達が権力を持っているわけでも、発言力を持っているわけでもないんだ、気にしても始まらない。上に立つ人間には、上に立つ人間の責任と役割がある。下にいる人間にもその役割がある。その役割を飛び越える必要はないんだ」
「ルク兄の言ってることは分かるけど、でも、僕たち」
「お前達の安全は保証する。無事に月に送り届ける。もし、それが出来なければ、ブルームは月という大きな後ろ盾を失うことになるんだ、名目上は」
「だけど、今度は月が…」
「だから! そんなことは、お前達の気にすることじゃないって。いいか、月にはちゃんと指導者が居る。何の考えも無しに何かをしているわけじゃない。悩むな、気にするな。それが許されるのは今だけだ」
ルクの見ているモニターには、ルリの不安げな顔と、ルカのどこか納得できないという顔が映し出されて再び、心の中で盛大にため息をついた。
ルクも作戦の総指揮を執っているコウキも様々なことを考え、最悪の事態のことも考慮して発案している。
ルリとルカが悩んで傷付いたとしても、事態は何も変わらないし、変えられるわけでもない。
とりあえず再び「深く考えるな。言われたとおりに動いていればいい」と伝えようとした時、ルクの機体に大きな振動が伝わった。
「あ、見付かった。いいか、五分後だ」
最後に確認するように繰り返すと突然、通信が遮断された。
***手が震えた。
この引き金の先に記憶の中のブルームが、学園がそしてルリとルカがいて。
涙がこみ上げた。
あの日の光景が、再び目の前に突きつけられて…***
「アスラン!」
タイスの声がアスランを現実に戻す。
戦場での感傷が一瞬の油断が命取りになるのだ、と何度も言われていた事で、その言われたことを実践出来なかったばかりに、ついこの間も手痛い目に遭ったばかりなのに、再び同じ事を繰り返しそうな自分に、アスランは激しい後悔と苛立ちを感じた。
けれど、心という泉の中に一滴だけ垂らされた滴は、最初は小さな波紋になって水面を揺らし続け、日増しに大きくなった。
その滴は間違いなくルリの涙であり、そして自分の心の中に何処かに隠していたものだ。
それでも、今は目の前のことに集中しようと強引に意識を切り替えた。
ルリとルカのことは心配で、総てを放り出して助けに行きたいとも思うが、逆を考えれば帝国にとって大切な二人ならば、きっと見殺しにされることはないだろうとも思った。
一縷の望かもしれないが、二年前のあの惨劇の中を生き延びていてくれたのだから、今回もきっと大丈夫だ、と自分に言い聞かせた。
「タイス、俺はアーシア機とミッシェル機とともに、南側から回る。タイスはユマ機とドミニク機とともに、第1部隊の後方を支援してくれ」
「了解、これよりバンティリウム機マスタングは、ユマ機3号とドミニク機4号とともに、第1部隊後方支援に向かう」
「復唱確認。アーシア機はチェイサー右後方、ミッシェル機はチェイサー左後方。自分の位置を確認。攻撃対象は随時、指示を出す」
全員の復唱が帰ってきたのを確認したのち、アスランはすべてを振り切るように自分に再度、言い聞かせるように「今は忘れろ」と呟くと、目を閉じゆっくりと深呼吸した。
「アスラン・ローダデイル機以下5機と五名。発進スタンバイ完了。指示を待つ」
司令室に向けて放った声は、アスラン自身が思っていたよりしっかりと、そして落ち着いていた。
「スタンバイ完了報告確認」「確認完了」
「各セッション報告確認」「セッション確認完了」
「システムリンク確認」「システムリンク、クリアー」
「進路確認。チェイサー、マスタング、汎用機1号、2号、3号、4号、発進デッキに移動」
「移動、確認」
次から次へと、操縦席のディスプレイに表示される情報を追従するようにオペレーターの確認を促す声が響く。
地球での実戦はアスランもタイスも初めてで正直不安もある。
「ローダデイル少尉、チェイサー出撃する」
戦艦の上に儲けられている長い滑走路から飛び出したチェイサーが、上空で高度の確認のため合図を送ると、それに習って射出した他の機体が同じシグナルを送る。
現状情報を知らせるオペレーターの声を聞きながら、モニターに映し出される情報を確認しつつ、自分の目で現認していた、総司令官の立場であるイーストが微かに口元に笑みを浮かべた。
(戦闘機の形状に違いがあるのに、よく似ている)
思えばアスランの父であるエイドリアンもステラであり、そしてパイロットとしても優秀で、ともに戦場を駆けていた頃は随分と助けられてもいた。
攻撃的な性格は持ち合わせていないが、的確な状況判断の能力といついかなる時にも冷静に対処する強靱な精神を持っていた戦友。
飛び出したときの、上空で待機し高度を維持する時に見せたほんの僅かな癖。
アスランの手順が違っていたわけではない。
下手をすれば歴戦といってもいいほどに慣れた手さばき。
確かに、ここ数年で戦闘機の性能が段違いに良くなり、搭乗者の負担は軽減され、離発着等もある程度のコントロールはマニュアルでなくとも良くなっている。
それでも、闘機に乗ったことのある人間にならわかるアスランが見せた微妙な癖が、エイドリアンとよく似ていたのだ。
「司令官!」
戦況を確認しつつ、アスランとエイドリアンを重ねていたイーストの耳に後方から緊迫した声が響いた。
「何だ」
応えたのはイーストではなく右腕的存在のディックであった。
「旧ブルーム国内に未確認の機影を確認。形状、形式、認識番号が帝国軍、連邦軍、コクーン共同防衛軍どの軍にも照合しません」
「モニターに映せるか」
「いいえ、目標付近は現在、こちらの攻撃と相手軍の迎撃により捕捉できません」
「艦長! 旧ブルーム国内で、連邦軍の攻撃とは別の攻撃を受けたと通信です、繋ぎます」
「直接つなげ」
イーストの指示で通信担当者がスピーカーに切り替えると、雑音を伴って報告をした兵士の声が響く。
「こちら、第1攻撃部隊…」
「所属は省略して構わん。必要事項だけ報告せよ」
「連邦軍の第2攻撃部隊が沿岸部より侵入後、旧ブルーム国内の各所から爆発を確認しました。味方の攻撃ではありません」
「帝国軍の迎撃ではないのか?」
イーストの隣に立って控えていたディックが、報告してきた兵士が送ってきた現在地と、旧ブルームの地図を照会し、艦長席のモニターに転送する。
「帝国側の迎撃ではない模様です。現在、国内は煙幕やミサイルの爆撃による噴煙などの影響で著しく視界が悪い状態です」
「こちらの索敵が未確認の機影を確認しているがそこから確認は出来るか?」
「こちらでは確認できません。指示を願います」
「攻撃対象はそのままで維持、確認の出来ない機影に対する攻撃に関しては攻撃及び迎撃を許可する」
復唱と同時に、ぶつりと通信が途切れる。
「索敵、機影は何機確認できる?」
「現在3機です」
「通信係、前線各機に通達。認識不明の機影を現認している者がいたら報告するように発令、各艦にも同じ内容を通達、同時にこちらの被害状況、帝国軍の分布状況を引き続き確認、未確認機体に遭遇した者は、最大限の情報を収集するように命令」
イーストの指示に従い、再び各セクションの担当者が一斉に行動に移る。
隣で情報の確認を整理していたディックも、報告される情報を確認しながら、また新たな指示を出していく。
「艦長…」
「帝国軍にも、連邦軍にも、そしてコクーン月の連合軍にも所属しない機体があるとすれば、可能性はたった一カ所だ」
「ブルーム解放戦線ですか?」
「他には検討もつかん」
「ですが、ブルーム解放戦線にそれほどの武力があるとは到底信じられませんが…」
「君は、ブルームに何故、カーディナルが居たかの理由を知っているか?」
「いいえ…」
イーストは軽くため息をつくと、表情を引き締める。
「第4攻撃部隊のローダデイル少尉小隊が目標地点に到着するのは何分後だ?」
「十分後です、ですが目標地点にたどり着く前に、所属不明機と接触します」
「通信係、少尉のチェイサーと通信を艦長席に」
通信担当者がチェイサー搭乗のアスランと回線を繋ぐと同時に、司令室には各艦の艦長から、機影を確認したとの通信がもたらされ始めた。
イーストは対応をディックに一任すると、自分はアスランとの通信のため艦長席の回線を開き通信機を耳に差し込む。
「こちらローダデイル少尉、チェイサー機です」
「司令官のイーストだ。こちらで未確認の機影を確認した。情報は伝達されているか」
「はい」
「君たちが攻撃目標に到達する前に、その未確認機影と接触する。君たちの部隊はそのまま本隊を護衛しつつ、未確認機影の対処に当たれ。攻撃、迎撃は許可する。各火器の使用も許可する。但し、出来れば未確認機影の情報を収集せよ」
「了解しました」
通信機を元の場所に戻すと、イーストは目をつぶり黙考する。
何事が呟く声が聞こえ、ディックは耳を澄ましてみたが、司令室に飛び交う声に紛れて聞き取ることは不可能だった。
数分後、アスランの「未確認機体の現認」報告を受けると、イーストは立ち上がり、矢継ぎ早に指示を出し始めた。
「各艦、各部隊、各員に伝達、これより二〇分後、目標から撤退。一部攻撃部隊を覗いて海域を離脱する。撤退の際、追ってくる敵機は危険領域に侵入した機体とミサイルに対しての迎撃のみとする。攻撃より撤退、離脱を優先する」
予想外の指示に、次から次へと入電されてくる報告以外の機能が一瞬止まる。
「通信係、本部につなげ」
「本部、通信開きます」
再びイーストが艦長席の通信機を取り上げる。
「こちらアトランティス海域、アトランティス島作戦部隊、総司令官イースト准将。これより二〇分後に全艦隊はこの海域より離脱します、未確認…」
そこまで言いかけたとき、司令室内に敵からの攻撃を知らせる警報が鳴り響いた。




