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seek one's fate  作者: 六軒さくみ


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28/34

*静かなる意志4*

ルリが言った。


   『急速に動き出した流れは、誰にも止めることが出来ない』


   僕もそれを後に実感するんだ、

   この時、この手をとってしまったから。





「君は……」


 薄暗い部屋の中で一人の少女が震えて座り込んでいた。

 背中を流れるふわり波打つ髪の毛は、薄明かりでも判るような金色で、怯えて見上げる瞳の色は、淡い翡翠色をしていた。


「……君は?」


 怯えて見上げる瞳と視線を合わせるためにしゃがみ込んだルカの脳裏に、リデリオのあの憎たらしいまでの顔が浮かび、目の前で震えている少女もリデリオの毒牙にかかった一人なのではないかと思うと、胸の中に押し込んだ忌々しい思いに舌打ちをしそうなにった。

 少女が身につけているワンピースは上質で、ルリが日頃身につけているものと変わらない、胸にしているネックレスは豪華なダイヤで飾られていて、床についている手首にも同様のブレスレットが見て取れた。

 だから帝国内でも上流の家に分類される少女であることは間違いがなく、市民の娘達だけではなく、貴族やら役職をもった人間達の娘もリデリオの享楽の相手にされて、それこそリデリオが飽きるまで、もしくは少女達が壊れてしまうまで軟禁状態にされると聞いていたから、ルカがそう思うのも無理はなかった。 



 そして、この部屋は、この場所は。



「…君、大丈夫?」


 再び、瞳をのぞき込んだとき、フェニールのルカを呼ぶ声が聞こえてきて、考えるより先にルカは少女の手を取ると、立ち上がらせてルリにするように抱きしめた。


「大丈夫だからね、もう、大丈夫だから…」


 夢見が悪いとき、何か哀しいことがあったとき、何か怖い体験をしたとき。

 怯えて震えるルリをルカはこうして抱きしめて「大丈夫だよ」と呟きながら、その背中を抱きしめて落ち着かせていた。


「もう大丈夫だから……」


 腕の中の少女はかるく身じろぎして、ルカを見上げた後、唇を噛みしめて啜り泣いた。

そのすすり泣きの意味することは、ルカには知ることが出来ず、そして泣いた彼女も胸を突き刺す痛みを取り除けないまま。




**



 最初、ルカがその部屋を知ったのは偶然だった。



 作戦の決行のため合流してきた解放戦線のメンバー達と、邸の防犯システムと通報システムを一瞬にして麻痺をさせ、混乱のうちに屋敷内を制圧することに成功した。

 しばらく静かな時間が過ぎた後、情報通りに連邦軍の攻撃が沿岸部から始まり次の瞬間には、帝国内の明かりが一斉に落ちた。

 それを合図に、以前からすり替わっていた数人の監視役の協力の下、邸の各箇所に置いておいて銃器と火薬を持ち出すと、ルカはフェニールを伴って地下の研究施設に向かい大量の爆薬を仕掛けた上で、時間通りに吹き飛ばした。

 ルリやルカが監禁されていた邸が爆煙とともに、激しい炎を舞い上がらせると、多数の爆発音が次から次へと鳴り響き、音とともに火の手が上がった。

 暗闇の中で舞い上がる炎の明かりが眩しいほどで、二年前、やはりこの景色を見ていたルカの胸に言いようもない苦しさが押し寄せては来たが、立ち止まって感傷に浸る時間もなく、ルカはそのまま仲間達と次の合流ポイントであるリデリオの邸に向かった。 


 当初の計画では、ルカが自分達の邸の爆破とリデリオの邸の制圧をして、その場でリデリオを拘束後、ウィルでルリと王城に向かい制圧する予定だったが、これはリデリオのせいで多少ズレてしまった。

 急な変更ではあったが今更、どうにもすることは出来ない。

 フェニールの指揮の下、リデリオの邸を急襲したときには、リデリオはすでに逃げ出した後で、邸の中はひどい有様だった。 

 何が起きたのか、その場にいた人間に問い糾したところ、自分の達の急襲より先一時間前に、女帝が「謀反」の咎でリデリオを拘束しに来たと言うことだった。

 その理由がルリを女帝の許可なく連れ去ったこと、そしてそのルリを反乱軍に強奪された責任としてということで、こちらの手の内が漏れていたことにルカは気が付くと、すぐに他の部隊に連絡を入れた。

 その一方で、余計な犠牲は払いたくないとも思っていたから、リデリオの邸の中に拘束した以外の人間がいないか確認した時、邸に使えていた侍女の一人が涙ながらに告げた。 

 この邸のどこかに、リデリオに連れてこられた少女達が監禁されていると。

 その女性の言い分を総て信じたわけではなかったが万が一、それが本当なら、このまま見逃すことも見過ごすことも出来なくて、その場をフェニールに任せると数人の人間を連れてその棟に行って激しい後悔と、怒りで唇を噛みしめた。 

 そこは一見すればとても豪華な部屋ではあったが、部屋のすべてに防音がなされていて、窓は空かない仕様になっており、出入りする扉は指紋での照合でしか開かない造りになっていた。

 ルカは一つ一つを破壊して中を確認し、数人の女性の遺体を見つけると、そのまま放置されていたことに、リデリオに対する怒りが一層募り、リデリオを自分の手で絞め殺して、その遺体に石を投げつけて山から落としてやりたい気分に陥った。

 それでも、その少女達の遺体をどうすることも出来なくて、ルカは後ろ髪を引かれつつも部屋を後にしたのだが、心のどこかで「ルリがこうなくなくてよかった」と思う自分に嫌気が刺したのも事実だった。

 リデリオに対するルカの怒りは一緒に行動していた解放戦線のメンバーにも伝染したらしく、彼らも同様に舌打ちをして壁を蹴ったりしていたがその時、最後の部屋から物音がしてルカ達はその部屋に向かった。


 そして、彼女を見つけたのだ。


「ルカ様! お時間がありません」


 本棟の方から激しい銃撃の音が聞こえてきて、扉の向こうで重たそうな機関銃を構えて警戒している数人の仲間達が、ルカに催促の言葉を告げた。

 どうしようか考えてあぐねていたルカは、ぎゅっと目を閉じると、少女の手をとって走り出した。

 それが後に、ルカと少女の運命を狂わせることになることも知らずに。





**



「だから、言ったでしょう。あの二人もディオンの端くれだって。アナタとは違うのよ、リデリオ」



 戦艦内とは思えないほどの豪奢な部屋。

 広々とした部屋には赤い絨毯が引き詰められ、王城にあったのとまったく同じ王座が備え付けられている。

 薄紫色のシルクで出来たドレスに身を包んだ女帝は、両手を後ろ手に縛られ、着の身着のままの様相でここに連れてこられたであろう、リデリオを蔑んだ瞳で見下ろしていた。

 かつて愛人であった男もここまで落ちぶれれば、ひどく滑稽に見える。

 一方のリデリオと言えば、ルリに傷つけられたプライド、自分の駒だと思っていた女から受けた手痛い一撃、そして内心では卑下していた、フラーミングの前に縛られた上で跪かされているという現実に、忌々しさと憎々しさを押さえることは出来ず、睨み付けてみるものの、逆にフラーミングからあからさまな嘲りの表情と言葉を投げつけられた。


「所詮は卑しい女の腹から生まれた男ね、リデリオ。あの女と一緒。過ぎた行動は身を滅ぼすのよ、お前の母親のように」

「フラーミング、このような仕打ちを俺にして無事に済むと思うのか!」

「男のヒステリックな声って耐えられないのよ。随分と偉そうな事を言ってるけれど、アナタに今後があると思ってるの?」 


 それまで喚いていたリデリオが凍り付いたように静かになった。

 長年、フラーミングの威光を利用して、愛人とまで言われただけに、目の前の女性の怖さはよく知ってもいる。

 

「………くっ」

「ルリを取り逃がしたこと、あなたのお友達が反乱軍と通じていたこと、罪なら幾らでもあるのよ」


 フラーミングの冷たい視線に晒されて、唇を噛みしめたまま俯くと悔しさの余り目尻に涙すら浮かんできた。

 その姿がリデリオの母親によく似ていて、フラーミングはその女を思い出すと蔑みの表情を浮べる。


 ウォーターリール朝の女帝として君臨しているフラーミングは一六才の時に王朝の側室として嫁ぐように命令された。 

 幼い頃から特別に可愛がられた記憶も、愛情豊かに大切にされた記憶もなく父親の命令にも特別な感情など湧きもしなかった。

 どちらかといえば、ここと変わらない生活ならばどこでも同じような気がしたのだ。

 フラーミングの父親は跡取りではあるが婿養子。

 そのくせ数多くの女を侍らし、好き勝手に生きていた。

 その結果として名前すらも覚えていない兄弟姉妹がいたが気にもならなかった。

 父親が崇める「デュオン家正統なる血筋」を引くのは自分一人であるので、父親すらも彼女を無下に扱うことが出来なかったこともある。

 口もきかない親子ではあったが。 

 当時の当主であった祖父から、皇帝の側室となれと言われたときも、内心では歓迎したのだ。

 これで馬鹿な父親とも離れることが出来る。

 押しつけがましい、母親とも別れることが出来る。

 なによりも、これからは父親を含めた全員が自分に対して礼儀もって接することになる。

 それを思えば、相手がすでに五〇を過ぎ父親よりも高齢な人間であることも気にならずにいた。


 フラーミングがデュオン正統な血筋の姫君として王朝に嫁いだとき、皇帝にはすでに十人の側室と正夫人がいたが、男の子供といえば、正夫人が生んだ皇子が一人だけで、その皇子は真面目なだけが取り柄のフラーミングにしてみれば面白みもなにも感じない皇子だった。

 王城で生活するうちに、フラーミングの「血」に本来潜んでいた何かが目覚めたのか、高齢であった皇帝に毎夜の夜とぎをせがみ外聞も憚る腹上死をさせた。

 それを咎めた正夫人に自分が皇帝の子を妊娠していることを告げて、自分も夫人に列席する立場であることを強調した。

 一方では自分に一目惚れをし、許されない愛だと罪悪感を抱く第一皇子を言葉巧みに深い関係に持ち込み逢瀬を重ねていて、事実、妊娠した子が皇帝の子なのか、皇子の子なのかはフラーミングにも判りかねた。

 だが、重要なのはどちらかの子であるという事実ではなく「皇帝の血筋を妊娠した」ということであった。 

 ウォーターリール王朝は歴代、デュオンの血筋を引いた者を皇帝としているため、こうなると次期皇帝候補は第一皇子ではなく、フラーミングが妊娠した子供になる。

 お腹の子供が次期皇帝位であるという事実をフラーミングは最大限に利用し、そしてその卓越した知略の数々を持って、今の自分の地位を築き上げた。


 もちろん自分にとって邪魔な人間を生かしておくような人間ではないが、逆にすぐに暗殺したりする人間でもなかった。

「悪女」ではあるかもしれないが帝国内では「偉大な皇帝」でもあるのだ。




「陛下…」


 昔を思いだしていた女帝に、彼女の腹心たる一人の男が声をかける。


「リデリオ殿下のご処遇は?」


 縛られて惨めなリデリオを思いやっての言葉であったのか、それとも別の意図を含んでの言葉なのかは分からないが、今にも憤死しそうなほどに赤くなったり、蒼くなったりしている男の処遇を求めた。


「ご処遇ね…。ブルームを失うのは痛いわね。ルリの身柄を押さえられたのも。だけどまあ、二つの林檎のうち、赤い林檎は押さえることが出来たらなんとかなるでしょう。彼女がこちらにいるうちは、黄昏も下手なことはしてこないでしょうから。今回は撤退して領土はアイツらに返してやるといいわ。私達は公爵にもどって時期を待ちます。ただ、原因の在処は必要だから、リデリオに役に立ってもらいましょう。敵に我が軍の情報を流した咎で」

「ルリ様達のことは」

「ルリのことは生け捕りにしないと意味がないから、黄昏にでもやらせるわ。ルカは殺してしまいなさい」

「ですが…」

「デュオン家と帝国に対して、カーディナル家は反旗を翻した、ブルームはそのカーディナルを受け入れた。ルリとルカの戦う理由が父親を取り戻すこと、ブルームに主権をと言ってるんだから、そのまま言わせておけばいいわ。その理由を掲げている間は、アイツらもそれ以上の事が出来ないから我が軍も時間をかせげるでしょう」


 目の前でまだ自分を憎々しげに見上げるリデリオを「連行しろ」と手で合図すると、フラーミングは持っていた扇で口元を隠したのち、小さく呟いた。


「世の中はね、正義という言葉がまかり通るほどに単純じゃないのよ、お嬢さん」

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