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seek one's fate  作者: 六軒さくみ


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27/35

*静かなる意志3*

***私もルカも、アスランも。

   この国で出逢って、この国で別れて、この国で何かが狂い始めた……。

   狂わすことは一瞬で、

   だけど戻すには気が遠くなるほどの時間が必要で…… ***


   『だけど、もう、止まらない、止められない』





 遡ること作戦開始前。




 ルカが屋敷うちでフェニールからルリの無事を知らされて、喜んだのも、つかの間。

『純粋さは時として人を狂気に走らせる』という言葉の重みを噛みしめた。

 ルリは純粋で天真爛漫だった。

 それは両親がこれ以上ないほどに溺愛していたこともある、年の離れた姉のランが異常なほどに守っていたこともある。

 そしてなによりも自分とアスランが甘やかしていたせいでもある。

「リデリオを殺す寸前だった」と聞いて、背中から刃物で刺されたような衝撃を受けた。

 前から刺されたならばまだ、身構える事も出来る。

 だが後ろから刺されることの衝撃は前から刺されるのよりも大きいのだ。 

 それと一緒で、フェニールから知らされた事は、ルカに後ろから刺されたような衝撃を与えた。

 しばらくしてその衝撃から冷めると、今度はぞっとするほどの恐怖に身を震わせた。



(ルリの純粋さは、きっといつか、ルリ自身を殺してしまうかもしれない)



 いつもはあえて考えないようにしていた。

 けれど、この二年間のルリを思うと「あの言葉」が耳に響いて、その漠然とした恐怖にとらわれて、さすがのルカもじっとしていることは出来なくなった。 

 下手に動いては今までの苦労が総て泡になるとわかっていても、どうしてもルリの傍に駆けつけたい衝動に駆られ、ルカには珍しく八つ当たりした。

 手当たり次第に。

 しばらくして急に静かになった部屋をのぞき込んだ監視役は驚愕のため息をついた。

 豪華な家具で統一された室内は、まさに嵐の通り過ぎた後の様相だった。

 防弾ガラスで出来たはずのベランダのガラスはすべて粉々となり散乱し、この細い腕のどこにそれだけの力があったのか首をかしげるほどで、花瓶も花も、とにかく物という物が原型を留めていなかった。


「…ルカ様、お怪我はありませんか」

 

 扉の前でどうしたものかと立ちつくす侍女達や、朝からの一連の繋がりを知っているため、言葉なく対処を考えている監視役達を押しのけて、おそる、おそる訪ねたフェニールにルカが振り向く。


「ルリは無事なの?」


 その冷たい音にフェニールの背後にいた男の監視役ですら震え上がった。

 彼の双子の片割れであるルリが、リデリオの部下の手によって強引に連れて行かれたのは邸の誰もが知る事実で、あれだけの騒ぎなのだから、当然にルカの耳にも入いることは容易に想像がつくが「リデリオ」に連れていかれたという事実が地雷に等しい。 

 ルカやルリの監視役の人間達の中には、二人の身の上に同情する者たちもいる。

 だが、その彼らや彼女らにも家族がいる以上、命令には逆らえないから何もしてやることは出来ない。

 だから最大限、二人には生活の不自由をさせることなく過ごしてきたのだ。

 それが今朝。

 リデリオの部下が総てを台無しにした。

 リデリオの悪評は帝国内部でも有名で、過去に何人もの人間達がその犠牲となっていた。

 帝国がブルームに侵攻し、拠点をこの場所に移したとき、本土では喜んだ人間が沢山いたのだ。

 若い娘を、それもまだ男を知らない少女達ばかりを強引に自分の邸に連れ込み無体の限りを尽くす。

 帰ってきた少女達の中には廃人同然なったのも少なくない。

 ましてや帰ってこれなかった少女達もいる。

 無論、諌言した人間もいる。

 ところがその人間達は尽く役職を解かれた。

 彼は自分の「殿下」としての立場と「デュオン家の愛人」である立場とを利用して遣りたい放題だったのだ。

 だからこそ、その彼の側近がルリを連れに来た時は、邸の監視役や侍女達は震え上がった。

 ルリ付の侍女であるフェニールが「ルリ様をお屋敷からお連れになるには、女帝陛下の許可が必要です」と食い下がったのだが無駄に終わった。

 ルリが連れ去られて直ぐルカは半狂乱に陥り、女帝への謁見を求め、ルリの救済を使者に頼んだのだが、その使者が帰ってこない。

 夕方になる頃には、邸中がひっそりと、それでいながら何かの拍子で爆発するほどの危険を孕んでいた。

 そんなとき、知らされたのだ。

「ルリ様が何者かに拉致されて、リデリオ殿下のお屋敷から連れ去られた」と。

 ここに至ると、邸の誰もがルカには近づくことは無くなってしまっていた。



「ルカ様…」

「わかってるよ……」


 フェニールはため息をつくと、控えていた侍女達に今日はもと帰れと指示をだす。

 侍女達にしてみれば、ルリ連れ去りを単に発した一連の出来事にすっかり震え上がっていて、これ以上、この場に留まりとばっちりは喰いたくないし、もともと帝国への忠誠心もないから、これ幸にとばかりに殆どの侍女達が我先にとばかりに帰宅していった。

 残されたのは屈強な男たち数人と、この屋敷に住み込みで働いている女帝に対して忠誠心誓っている侍女の数人だ。 

 部屋の中で立ちつくすルカを横目に、残っていた侍女や監視役達に「ひとまずは落ち着いて頂こうと思います。私にお任せください」と告げ一人、部屋の中に入って、扉を閉めた。扉の前で残された人間達も、ルカがフェニールを信頼していたことも知っているし、そのフェニールが女帝の信頼を受けているのを知っているので、何も言わずにその場を任せた。


「ルカ様、暴発いたします」

「平気、平気。ちゃんと抜いてから、ぶち壊したから」

「……ルカ様…」

「僕もちょっとイライラしてたから、まあ、ちょっと発散」


 まるで悪戯を見付かった子供のような顔をフェニールに向けて笑う。

 ちょっとどころではない部屋の惨状を見てフェニールが軽くため息をつく。


「ルリ様が心配なのはわかりますが、あまり派手なことは」

「分かってる。分かってるんだけどね。この二年間でこんなに長くルリと引き離されたのは初めてだし。それに…いろいろと心配なこともあるから。で、どうなの?」

「お屋敷は指示通りです。ルカ様は例の場所からポイントAに私と一緒に移動していただきます。ルリ様は隊長と入れ替わりなりました」

「……ルリが光に搭乗するの?」

「はい」

「………くそっ! つくづくあの男には怒りが募るよ! ルリに何かあったら僕がこの手であのリデリオの首を絞めて殺して、その体を切り刻んでやる!」


 両手に力を入れて握り拳をつくる。

 その力の入り具合がルカの怒りを顕していて、フェニールは再び心の中でため息をつく。

 ルリが連れ去られた直後に戻ってきたフェニールの上官であるアナも、リデリオに対する怒りをぶちまけていた。

 そして、作戦の歯車が、どこがで狂い始めているとも心配していた。

 多少の狂いは生じているにせよ、表面上は順調に進んでいる作戦なのだが…。




「ルリ……なんでよりにもよって光なの……」




 憂いを秘めたルカの呟きはフェニールの耳には届かなかった。




**



「何故、あなたの手を取らなければならないの!」



 そう呟いて彼女は手にしていたナイフを振り上げた。

 避けようと思えば避けられた。

 彼女を取り押さえようと思えば簡単に組み伏せることが出来た。

 けれど、それを実行に移すのは躊躇われて、彼はその場に目を閉じて立っていた。

 痛みは一瞬走っただけで、その後に襲いくるであろう衝撃はない。

 瞼を開けて、最初に飛び込んできたのは声を上げずに涙を流す彼女の美しい顔だった。

「……あなたを殺しても私はこの心の巣くった恨みから自由になれない! 自由になりたくて死のうと思ったのに、恨みが深すぎて、悔しくて死ねない! あの男より先になんて死ねない。どうして殺してくれないの? 簡単に殺せるでしょう! 身を守るためだと反撃して殺してよ!」


 握りしめていたナイフを彼女の手から奪うと、血で汚れた彼女の白い手を自分の白い軍服で拭った。



 上級士官にだけ許される「白い制服」。

 汚れることを良しとしない、自分の手を汚さないための「白」。 


 彼女の血と自分の流した血で汚れた制服を見下ろして、改めて罪が突きつけられて吐き気が襲ってきた。


「君が死んだら真実は闇に葬られる。確かに君を殺すことは簡単なことだけれど、それでは僕が君を助けた意味がなくなってしまう。生きるんだ! 生きていつかの時を……アシェリーナ、君が生き証人なんだ、君は真実を語るために僕に助けられた、僕はいつかあの人を断罪するために君を助けた」

「…あなたに何が出来るの! ……私に何が出来るの……両親を殺されて、それを見ていたのに私には何も出来なかった…後を追いたくてもそれすらも出来ない…生きていてなんになるのよ…なんであの男は生きてるの!」

「アシェリーナ! 死ねばそこですべてが終わる! あの男がした行為もすべてが正当化される! 今は確かに何も出来ないが、それこそ死んでしまったらそこで終わりだ! 僕はあの人を許さない! だから生きて、生き抜いていつかあの人を越える! そして断罪する! 君も悔しいなら生きろ、悔しさを糧に。そして君を守って死んでいった人間達のためにも諦めるな。いつかを信じてじっと耐えることを選んだ人々の思いを、君は背負って生きていけ!」


 彼はエイドリアンは、アシェリーナにそう言い放つと、自分の身につけていた白の軍服を脱ぎ捨て、腰に差していた長い刀剣を突き刺し、その後、火をつけた。

 二度とこの身に軍服を纏うことはない、二度と刀剣を手にする気もない。

 今までの自分の総てを灰にして、いつか来るであろう、その日のために生きていくために。




 遠い昔を思いだしたのは、今朝方知らされた情報が原因だ。

 息子のアスランが、連邦軍に入隊したことを知らされた。

 二年もたって知らされたことにもショックだったが、軍に入隊したという事実の方がよりショックだった。

 長男のエレクトルに比べると、生真面目で実直で不器用な所のあるアスラン。

 まだ母親を必要としていた年齢で母親を失い、傍にいてやらなければならないと思いなからも仕事で身動きができず、家庭を顧みるヒマすらもなかった。

寂しさを紛らわせてくれたのは、間違いなくカーディナル家の三人の姉弟。

 そのうちの長女であるランは、すでに二年前死亡したと、やはりつい最近聞かされ、ひどい哀しみに襲われた。

 そして、アスランが何よりも、誰よりも大切だと言っていた双子のルカとルリは、帝国側に身柄を押さえられていることも知った。

 もともと彼女たちが帝国に連なる者だということを、ダイ本人から打ち明けられて知っていたから、驚きに値はしなかったが、そのルリとルカがブルーム解放戦線と行動を共にすることになった、という事実には、驚愕を通り越して目眩がしたのだ。 



 ルリとアスラン。


 いつか、こんな日が訪れるのではないかという恐怖はあった。

 すべてを灰にしたあの日、アシェリーナの手からナイフを奪ったあの瞬間から、こんな日がいずれ訪れると。



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