*それぞれの想い5*
最初、それを見たとき、ルクの心に沸いたのは言いようのない、一種の恐怖であった。
エレクトル・カヅキ・ローダデイル。
ブルーム解放戦線の最前線担当として、また戦線軍の名実ともにトップにいるコウキの優秀な参謀の一人として、組織内部では知らない者はいない人物である。
父親は敵対が予想される連邦政府が組織する、連邦軍のエリート軍人であったが若くして退役、連邦政府の外交官として長いこと月で暮らし、その月で彼は長男として生を受けた。
同じように月で生まれた弟のアスランとともに、地球のブルーム共和国に赴任したのは八歳の頃で、弟はまだ一歳だった。
初めて触れた地球は、ブルームでの生活は、日常的に行われていた軍事的小競り合いや、テロの多い月と比べれば穏やかそのもので、その穏やかさと平和に何か居心地の悪さを感じるほどで、幼な心にもブルームの平和の裏にある漠然とした不安や危険を、感じていたことも事実だった。
父の話を理解できる年齢になると、ブルームがどれほどの努力によって維持されているかを知り、そして完全に軍事を排除し、中立として帝国やコクーン、連邦との仲介をすることが、どれほど危機を孕んでいるかを知ると、将来どの道を選択するか悩まずに答えを出すことが出来た。
ルクはブルームの名門校を適度な成績で卒業すると、カレッジに進学しブルーム共和国の「防衛組織」に入隊した。
防衛組織と言っても、他国のような圧倒的な火力を用いての防衛や先行攻撃の出来る組織ではなく、沿岸の警備や外交のための要人が搭乗するシャトルの警護等が中心で、別の言い方をすれば「護衛部隊」や「警備隊」に近い組織だった。
それでもルクは父の祖国が加盟している連邦政府ではなく、このブルームで生涯を終えたいと考えてもいた。
父親のエイドリアンに進路を伝えたとき「ルクの人生だから」と何も口を挟まず穏やかに頷いただけであったが、選択した道を父が応援してくれているとも理解した。
二年前、あの運命の日。
ルクは入隊後、初めて上官から命令されて、護衛任務についていた。
護衛をしたその人物は、今は解放戦線軍の実質的責任者でもあり、ブルーム解放のため、そして解放後にも必要なコウキで、その彼の護衛として月に赴き、月の会談の場で帝国軍の攻撃を知り、動揺すると同時に呆然とした。
普段から自分を間抜けだとか、頭の回転が悪い(ずば抜けていいとも言えないが要領とあしらいにかけては自負していた)と思ったことはなかったが、見せられた映像はルクから理性や冷静さ、思考能力を奪い取るのに十分な出来事だった。
その後、動揺冷めやらぬまま別の上官の指示で、他の仲間達と情報を集め出したルクの元に入ってきたのは、父親が拘束されたことから始まって、アスランが連邦軍に入隊したこと、ルリやルカのことなど様々で、どこから何をすれば良いのか分からない状態だった。
ただ、ルクは深く悩む質ではなく、自分の手に負えないことを、アレコレと考えていてもらちが明かないと自分の感情にひとまず区切りを付け、一つ一つ自分に出来ることから手を付け始めた。
考えが追いつかないほど矢継ぎ早に問題が起こり、それに対処し、気がつけばいつの間にか解放戦線軍の重要なポジションを担う形になっていた。
本来、人の上に立つであるとか、誰それに命令を下すとか、その手のことを最も苦手としていたルクではあったが、乗っている舟を飛び降りることも、また無責任に放棄したり、見てみないふりを決め込むなども、性格上出来るはずもなく、そして何よりも、祖国であるブルームを何とかしたいという思いがあるから、ため息をつきつつも今の居場所に立ち止まっている。
ルリやルカと連絡を取り合い、バラバラに行動していた帝国軍へのレジスタンス達や一部武力を用いた過激な攻撃部隊と、時に話し合いで、時に力を持って渡り合った結果、ブルームの解放戦線軍が組織として纏まり始め、帝国軍に正面切って闘いを挑めるようになった頃、ルリから見せたいものがあるのだと連絡を受けた。
落ち合う場所を決めて、時間を決めてルリと再会した。
そのルリに手を引かれて訪れた場所にあったのは、最新鋭の三機の戦闘機だった。
帝国・連邦の両軍が使用しているどの戦闘機よりも美しく(戦闘機に使う言葉ではないが本当に美しいと思ったのだ)シャープなフォルム。
見るからに今までのどの戦闘機よりも高機能を搭載されているであろう機体。
白と青のベースの機体を「アティール」白と赤がベースの機体を「ウィル」白と黒をベースとした機体を「ウィッシュ」。
白・青・赤・黒はブルームの国旗の色だ。
光、意志、希望と名付けられた三機の戦闘機はルクの目の前で静かに佇んでいた。
これほどの戦闘機を造るだけの技術が何処にあったのか、これほどの戦闘機を創るだけの物資はどこから運んできたのか、聞きたいことは山のように渦巻いたが、何ひとつ言葉に出来なかった。
出てきたのは本当にありきたりな質問。
「これは、どうして」
「パパがね、カーディナルフェルの研究所に依頼していたって」
「月のカーディナルフェル家?」
「うん、ママの財閥の一つにこういうのを造る部門が、というか、まあ技術の提供とか輸出とかしてる。そこで創られたものだって聞いた」
「ルク兄、カーディナル、カーディナルフェル、デュオンは一つの家だったけど、過去にいろいろなことがあって分離したことは、知ってるでしょう? その中でもカーディナル家は科学者とかを産みやすい家系なんだよね。デュオンの有している技術の殆どが、カーディナルが生み出したものなんだ。女帝がパパを欲しがったのはその辺りにも起因してるんじゃないかって、僕は思ってるんだ。そしてブルームがカーディナル家を受け入れた理由も……ね」
と、さらりとルカが言うに至って尚更、頭が混乱した。
ブルーム共和国は自給自足国家で無かったことは確かで資源豊富な領土でもなかった。
海域に点在する島の中にはまた活火山を抱えているところも存在する。
豊富なのは天候に恵まれた肥沃の大地と、雨水に困らないこと、そして海の幸くらいで、帝国や連邦と同じようにコクーンからの人工資源によって、エネルギー問題を解決していた。
この後もルカが何か重要な説明を続けていたが正直、この時のルクは目の前に提示されている圧倒的な「科学力」に気を取られて、半分以上を聞き流してしまって、後々にそれをひどく後悔する羽目になるのだが…。
混乱した頭を沈めるために、深呼吸を施して新鮮な空気を、辺りに漂う冷たい空気を吸い込み、整理してみれば、カーディナル家については思う節は数多く存在したのだ。
だから説明を聞けば聞くほどルカとルリの、カーディナル家として代々続いてきた血脈というのがどれほどの存在なのかを知り、心底震え上がった。
もちろん、その説明を聞いたからといって、ルリやルカを敬遠するつもりなど更々ない。
幼い頃からよく知っている二人だし、弟しかいなかったルクにしてみれば、素直で爛漫いつも太陽のような笑顔を振りまいていたルリは妹として溺愛の対象だったのだから。
それでも過去に偉大な科学者を生み出した家系というのが、今でも途絶えることなく脈々と受け継がれてきていたという事実、その事実を裏付けるような三機の戦闘機に言いしれぬ恐怖を感じたのだ。
戦闘機は、ダイがいずれ必要になったときにブルームの守護神となればと、必要がないのであればそれはそれで飾り物にでも、破棄にしてもいいからと告げ、他の民政委員にも秘密にしたまま、ルルに依頼していたシロモノでその経費はもちろんカーディナル家の財力だ。
逆に戦争が起こらなかった場合に、これが明るみに出たのであれば、ブルームはそれこそとんでもない騒ぎになっていたはずだ。
だからダイはこれを月のカーディナルフェル家の方に託していたのだ。
ルリとルカはそれを二年前に辿り着いた月で母親であるルルから聞かされ驚愕した。
自分達の出生の事実も、父親がデュオンの家の者であるとう事実も、この先もずっと同じ日常が続いていくのだと信じていた一四歳の子供に、理解してくれと言う方が酷だった。
だが、どれほどルリとルカが現実を拒絶しても事実は事実として横たわり、様々な要因と絡み合ってルリとルカが帝国に行くときのどさくさに紛れて、ルルの指示でこの場に運び込んだのだ。
試作機であった三機はその後も改良を重ね、帝国や連邦の運用データ等を参考にして完成したのはつい半年前。
研究施設もブルームに張り巡らされた洞窟を利用して、カーディナルフェル家が設営したものだと聞いたときには、ルクは理解するのにどれほど大変だったことか。
しかもその洞窟の詳細で正確な地図を作ったのかルリであることを知らされて、本当に腰を抜かすかと思ったのだ。ルリの幼い頃からの秘密基地探しが、こんな場面で役立つことも、そしてそれを事細かに覚えていたことも、驚いた事の一つだ。
どんな理由があるにせよ、これほどの火力を持った戦闘機を戦場に送り出すからには、それ相当の覚悟も必要で、今以上に戦局が悪化することも十分にあり得たから、ルリとルカにこの事実を打ち明けられたルクもコウキも迷いに迷った。
現状を考えれば、これほどの兵器を利用しない手はないと
「力は有しても振るってはいけない、万が一振るう事態に陥ったときには、振るう時を間違えない」
という言葉と共に苦渋の決断をしたのだ。
武器を排除し、戦争では解決しないと訴えていた国が、こうして武器を戦場に送り出すことの皮肉に、コウキは神を呪ったほどだが、感情に折り合いを付けてしまえば、後は突き進むだけで、ルクはこの三機の戦闘機を効果的に利用して帝国に宣戦布告をする作戦を計画した。
が、ここで問題になったのは、この戦闘機に誰が搭乗するかということだった。
「俺は反対だ、確かにこれを乗りこなせるパイロットを捜すことは大変だが、だからといって……」
言葉は自分の隣に座っているルリとルカに向けた言葉だったが、二人はテーブルの上に置かれたデータを見つめているだけで、その表情にはなんの感情も浮かんではおらず、逆にそれが恐怖をルクに与えた。
ルクはため息をひとつつくと、自分の向かいに座っている別の人間達に言葉を紡いだ。
「俺は別に構いません。教育も受けてきていますし健康に問題もありません。三機も同時に稼働させる必要はないでしょう。作戦には一機で十分です。月に向かえばあちらの協力を得て、なんとかなるでしょう。何もルカやルリを犠牲にしなくても。それでなくとも、これからこの二人はいろいろな無理を背負わされるんですから」
その場に居たのはルクを始めルカ、ルリそして責任者であるコウキの他に、この戦闘機開発に拘わった科学者のリーダー格である人物、解放戦線の各部隊の責任者達だった。
これほどの人間達が同時に顔を合わせられるチャンスなど殆どなく、計画に関係する総ての事柄を今日一日しかも、わずか数時間で決めてしまわなければならないという切迫した状況も手伝って、この時のルクは多少悲観的になっていた。
連邦の大きな総攻撃を待ち、それに便乗して帝国内部に潜入した解放戦線軍が各所一斉に蜂起し、クーデターを起こす。
それがコウキ達の立てた計画だった。
その為には連邦軍が何時、どの程度の攻撃を仕掛けてくるのかが問題だが、これはある方法でなんとかすることが出来る。
問題はこちらの動きを、帝国や連邦に知られないようにすることだけでいい。
そこまでは、順調に話が進んでいた。
宣戦布告もないままにテロを起こしての軍事行動と都市奪還は、誉められたことではないが、とにもかくにもブルームの主権を、身柄を拘束されている人間達を取り戻すには、これしか方法が思いつかなかった。
一時的でもいいからブルームの首都から帝国を追い払う事が出来れば、後はコクーンや月に保護されている同士や必死にその時を待っている指導者達、そして現状の推移を見守り態度を決めかねている人間達を説得することも可能だ。
時間を稼ぎつつ、時間を作る。
それがこの作戦の大きなポイントで、成功するかどうかは、ブルーム内部にいる人間達の連携にかかっている、ということは誰もが理解していた。
だからこそ、ルリやルカから打ち明けられた三機の新型戦闘機を効果的に利用する話に流れるのは至極当然のことであるが、それが問題になった。
搭乗員パイロットの問題。
秘密裏に作戦を推し進めてきたため、戦闘機の存在を知っているのは極わずかの人間で、その人間達の中で、これを扱えると思われる人物に心当たりはなかった。
もっと幅広く当たれば該当者がいる可能性もあるが、限られた時間内で探すのは難しく、また逆に広げすぎた場合、足がつく危険性が高くなることもあり得る。
議論が交わされ、結果が出ないまま時間だけは過ぎ、ルクの心にもコウキの心にも焦燥感が芽生え始めた。
この話が出たとき、もちろんルクは進んで立候補した。
ブルーガーデンの頃は、特別クラスにいて搭乗員訓練を受けていたし、卒業後の防衛組織の訓練生の時もシャトルの操縦訓練を受けて資格も有している。
マニュアルを見る限りでは多少の違いはあるが、動かしたりする程度ならばすぐにマスターが出来そうで、楽勝だとも思ったが、それが大きな間違いだと気づくのにたいした時間はかからなかった。
搭乗し操縦席に座ってまず感じるのは閉塞感。
シャトルの操縦席はもっと広くこれほどの閉塞感を感じない。戦闘機の訓練を受けたことなどなかったので、帝国や連邦のパイロット達を一瞬ではあるが尊敬したくらいだ。
もちろん、自分の弟も。
閉塞感の次に感じたのは視野の広さ。
肉眼で見える視野ではない。搭乗してしまうと三六〇度のモニターに、瞬時に次から次へと様々な景色が写しされ、その膨大な情報を目で追うことは不可能に近い。
目の前の至近距離モニターのデータを確認しているうちに、死角がそれこそ山のように出来て無防備になる。
「空間認識能力」というものは誰にでも備わっているものであるが、その能力を活用できれば、瞬時に示される膨大なデータを把握して、立体的に捕らえることが出来るらしい。
でなければ宇宙戦の場合、自分の一時的正しく認識することが不可能になる。
逆にその能力に長けている人物であれば、処理の能力や認識能力にも長けているのだ。
様々な認識能力は左脳の発達によってなされるもの、と、どこだかの科学者が言った言葉を思いだして、つくづく人間の脳の神秘を再確認したのだ。
操縦桿で上半身と体の向きを支え、足のペダルで下半身を制御し、流れるような動作を行うことの難しさを痛感するに至って、人間の体はなんと素晴らしいのかと、感動したものだ。
ルクがわずか数時間で戦闘機を動かすことの難しさを身を以て納得するに至って、やはりこれを利用するのに必要な搭乗員の人選が問題になった。
並はずれた運動神経と努力と根性によって、ルクは一通りの動作をこなせるようになったが、これから新たな搭乗員を捜して同じように動かせる人物は他に二名しか存在しなかった。
それがルリとルカだった。
ルクが苦労している隣でルリは、何の苦労も労せずに手足を自由に動かして見せたのだ。
数度の瞬きと、数回ごくりとツバを飲み込んで、与えられた驚愕から冷めると「閉塞感は感じないのか」と聞いたルクに、ルリは無邪気に「ママのお腹にいるのと変わらないでしょ? 人間は最初はこうやって小さな空間の中に漂うんだよ」と言った。
これの何処が、母親の母体と結び付くのかは謎なのだが、ルリはそう言い放つと映し出される膨大なデータにまったく臆することもなく「やっぱり母親のお腹とかわらないよ。ルク兄、お腹の中に宇宙があって、胎児はその宇宙の中を漂うの。でもね、ちゃんと生まれる方向を知ってるし、出てくる場所も知ってる。それと代わらないよ」等と、言われると、つくづくルリとルカの引いた血脈に恐怖を感じた。
それでもルクはルリとルカを搭乗要員にする気など無く、それはコウキも同意見で、ギリギリまでパイロットの人選に奔走したのだが、そうこうしているうちに連邦が総攻撃をかけるという情報が入り、すっかり戦闘機パイロットの事は棚上げ状態になってしまった。
ルリの方もアスランと再会し、そのアスランが連邦軍にいてステラであることを知り、自分が操縦桿を握ればアスランと戦わざる得ない状況もある得ると思えば、躊躇して当然だと思っていたのだが、二人からはルクの想像すらもしていなかった言葉が出たのだ。
「でもさ…現状でこれを扱えるのが僕とルリだけならば仕方ないんじゃない? 扱えないなら僕たちだって気にもしないでいられるけれど、扱えるという事実がある以上は仕方がないよ」
「ルカ!」
「ルク兄、冷静に考えてもみてよ。作戦までは時間が少ない。その限られた時間の中で他の搭乗員を探すことは不可能。かといって、これをここに残して置くことは得策ではないし、どうにもならないよ。どちらにしても僕とルリはパパが助かればいい。パパが戻ればなんとかなる。たとえ僕たちが死んでもね」
さらりと「死」という言葉を言われて、ルクは身動き一つ出来なかった。
それはその場にいた他の人間も同様で、かろうじて視線をルカとルリに向けるだけだった。
「ルカ、お前…」
「利用するなら、とことん覚悟を決めて僕たちを利用してよ。そのかわり僕達だって利用するんだから。僕もルリも強制された訳じゃない。自分で選択するんだから、今更泣き言は言わないよ。僕たちは他の人に比べれば恵まれていたんだ、今まで。守って貰えない人もいるんだ、今このときだって」
「迷ってる時間はないんでしょ? それに出来ないことを出来ると言ってるわけでもない。出来なければ出来ないと言うけど、いまこの現状で出来る人間が、やれる人がいないなら選択肢はないはずでしょう? 私達はダイ・カーディナルの子供として父の解放を求める。解放戦線軍の一人としてブルームの自由を要求する。その後で何が待っていても、自分で選んだのなら自分の中でケリをつける。見てみないふりをして生きて行くには、私もルカも知り過ぎちゃったよ……」
静かで小さな、けれどもどこか自嘲を含んだ声は、その場の空気を重くして、その後、誰も何も言えないまま沈黙が答えだとルリとルカに知らせていた。




