*それぞれの想い4*
ねぇアスラン。
私は知りたくない事実を知ってしまった。
見たくない現実を判ってしまった。
『見なかったことに、知らなかったことに、出来ないほどに』
私は自由への翼を手に入れる代償に、何を求められるのか
きっと、私の心。
そして帰れるたった一つの場所
「立とう」と決めたのはルリ達自身だった。
与えられた現状で出来る限りのことをして、ただ泣くだけではなく、ただ嘆くだけではなく、失敗したら、それはその時だと、ルリもルカも腹をくくって覚悟を決めたはずだった。
自分たちには意志があり、考える頭があり、貫くための心がある。
理不尽な言いがかりを用いて一方的に攻撃を仕掛けてきた帝国を、ブルームを解放するというもっともな理由をつけて開戦に持ち込んだ連邦とも違う道を選び、ブルーム共和国の祖国解放のために戦っている解放戦線軍と共に行こうと決めた。
戦いたい訳ではない。戦争がしたいわけではない。
だから手に武器を持つ事をギリギリまで拒み続け、今でも拒んでいる。
なのに、少しずつ、心とは違う場所で自分達の思っているのとは別の違う何かを理解し始めてしまっている。
「戦で得られるモノなど何もない」のだと、頭では判っていても状況が許してくれない、現状は待ってくれない。
ルリとルカが解放戦線軍と行動を共にしようと思ったのは、様々な思いの末の決断だった。
父親を助け出したいという思い、自分達だけが安全圏にいて、誰かに丸投げをして安全に守られていることが納得できない、という気持ち。
武器を拒絶している自分達が一緒に行ったところで、邪魔になるだけだとも思ったが、そんな二人に旧ブルームの民政員の一人が告げた。
『武器を持たずに戦うなら、御旗になれ』と。
帝国を牛耳っているデュオン家に連なるカーディナル家の人間として、人質にされている民政委員の父親を、ブルーム共和国を開放する戦いの名目上のトップになれと言われた。
帝国内にいるデュオン以外の人間に揺さぶりをかける事も出来る。
ブルーム共和国時代の有力者にも働きかけが出来る。
そしてカーディナルの援助によって存在しているコクーン政府を揺さぶることも出来る。
ルリとルカが自分達の素性をはっきりとさせた上で、解放戦線とともにいるということがメリットを生む。
もちろんそれに伴うデメリットも生じるが、だがメリットの方が大きい場合なら迷う必要はない。
戦争も、政治も、自分の家のことも何も知らないままだったルリとルカに現実を教え、二人の純粋さと子供らしさを犠牲にすることになったとしても、と。
その意見に最初はルクが難色を示した。
それでも民政委員として、現在のブルームの責任者の一人としての彼の言葉には部下であるルクには逆らえなかった。
彼はダイを取り戻すまででもいいからと、ルリとルカのことは必ず守るからと、涙ながらに訴えたのだ。
その彼の名はコウキ・シンクレア。
ブルームの民政員の一人として行政部分を担っていた。
帝国の攻撃を受けたとき、彼はコクーンの実力者との会談のため、極秘裏に月に出向いており難を逃れることが出来たが家族を人質にされ、帝国に出頭すると言った彼を周囲の人間が押しとどめたのだ。
「今は一人でも多くの協力者が必要なときだから」と。
その言葉に彼も納得してのことではない。
個人的感情を優先すればもちろん家族の命は大切だった。
だが、これからのブルームのことを考えたとき、様々な思いが交差して、全てを投げ捨てても家族を選ぶ選択肢に手を伸ばすことが出来なくなっていた。
「ブルームのために家族を犠牲にして斬り捨てた」と後に言われ、後ろ指を指されるかも知れない。
それでも彼は家族を捨て公人であることのその道を選択した。
妻は見せしめのために射殺され遺体は晒しもののように投げ捨てられた。
遺体は生きている間にうけた暴行の後が生々しい程で、目に余る悲惨さに近くにいた市民は自らの危機も顧みず遺体を鄭重に手厚く埋葬し、遺骨は随分と後に彼の元に届けられた。
二人の娘もリデリオの慰みモノになった後、やはり殺された。
そのうちの一人がルリの同級生であったことから、後にそれを聞かされてたルリはひどく嘆いたのだ。
どうすることも出来ない憤りや、自分と友の境遇の違いに。
同時に、誰よりも人一倍、帝国を怨んでいるであろうコウキが、自分の復讐のためではなく、この国のために、未だこの国から出ることも叶わず力無く、頼るべく者もいない人々のために自分の総てをかけるのだと知るに及んで、ルリもルカも言葉が出なかった。
自分の家族の死を受け入れて尚、国のため。
自分を蔑むでもなく、家族を見捨てた罪を背負って国を思う。確かに表向きの綺麗事かも知れないけれど、ルリとルカには彼の目に真摯な光を見た気がしたのだ。
最小限の明かりすらもない場所に、ルリとルカが佇んでいた。
ヒンヤリとした空気が辺りを支配し無機質な音が微かな振動とともに響く。
辺りは異様な静けさに包まれていて、二人以外の人の気配は一切感じられない。
「とうとうこの日が来たんだね、ルカ」
「後悔しないってことは無理だよね、アスランのこともあるし」
「……だけど…このままじゃ」
「ブルームは無くなる。帝国がこのまま実権を握り続けられると思わない。かといって、このまま握られても困る。そして連邦に握られても未来はない、選べる道なんて僕たちにはないからね」
「やっぱり、私は女神に嫌われてるんだね……」
呟きが痛々しくてルカはぎゅっと、ルリを抱きしめた。
今までなら、二年前までならこんな姿のルリを抱きしめるのはアスランの役目だった。
「傍にいるから。ルリの傍にずっといるから」と。
そのアスランは今、連邦軍のエリート部隊の一員となっている。
「……アスランはどんな気持ちで武器を手にしたのかな。この前は自分の言いたいことを言うだけで、ちゃんと話を聞くことも、することもできなかった」
ルカの胸に顔を埋めたまま、ルリが呟く。
「アスランも私も、前は判っていたことたくさんあったのに、今は言葉にしても伝わらないことがたくさん増えちゃった…」
「ルリ、大丈夫だよ。ルリには僕がいる。ルク兄もアナもいる。コウキさんもいる」
「だけどね、ルカ。アスランじゃないの……楽しかったことも、優しい気持ちも、温もりも、記憶の中の事も、私のすべは何からなにまでもアスランが中心で、アスランしかいないの」
「ルリは、運命の女神に喧嘩を売るんだろ? で、アスランを取り戻すんだろ?」
「…でも、どうやったら取り戻せるの?」
ルリの問いかけに対する答えなどあるはずもなく、さすがのルカも押し黙る。
「ねぇルカ…もし、アスランを取り戻せなかったら…」
ふいに告げられた言葉に心臓が跳び上がる思いがした。
「アスランを…」
頷くことも、反論することも何も出来ないまま、ルカはルリを再び抱きしめた。




