*言葉は呪縛*
***戻れるのなら、戻りたい。
二年前の、あの場所に***
2年前──
「ママ、今、なんて言ったの?」
晴天の霹靂という言葉がある。
信じられないとか、思いがけないとか
──つまり当人にとっては、突然ふって湧いた話を信じろという方が無理な事態のことだ。
「ルリ、ルカ…ゴメンね、黙ってて、ごめんね」
右腕にルリを、左腕にルカを抱いたルルはひたすら謝罪の言葉を呟いていた。
自分たちは今、何を告げられて、何を知らされたのだろう。
ルリにもルカにも、その時に出来たことは、自分達を抱きしめる母親にしがみつくことしか出来なかった。
両親の離婚の原因も、自分たちが逃避行をしなければならないことも、姉のランが犠牲になったことも、全てを理解しろと言われても、理解なんて出来るはずがない。
それでも理解しなければ父の命がない、と言われて。
平和だった自分たちの生活は、虚空の楽園だった。
二年前、その事実を知らされたとき、自分の震える体をルルが抱きしめてくれた。
今は、アスランがルリの体を抱きしめている。
「ルリ、どういうことだよ、なんで……」
「アスランと別れた後、私達はルカと私はママの命令で助けにきていた人達に救われたの。帝国がブルームを攻撃することはママが情報を得ていて、攻撃が開始される寸前で空港を抜け出して混乱に乗じて月に」
混乱する空港の中でルリとルカ、そしてランを救いに来た人間達は、三人を別々のルートで月のカーディナル財団に向かうことを告げた。
だがそう告げられても、すぐに信用できなかったルリに、男の一人がメッセージの入ったカードを差し出したのだ。
映し出されたのは母のルルで、ルリはやっとブルームが攻撃されたことや、自分たちが間一髪で救われたこと、ひと まず月に向かっていることを理解した。
ブルームを抜け出して一週間後、混乱を乗じて月に向かい、やっと邸に辿り着いたとき、そこにいたのはルカだけだった。
「ルリ…ランさんは?」
「……誰も還ってこなかったの、でもその時に聞かされたのは、それだけじゃなかった。パパが帝国側に捕まっていた」
「どうして、おじさんが?」
「パパがデュオン本家の人間だから捕まったって。パパはデュオン家の人間で、カーディナルに養子に出されたんだって。女帝のフラーミングはパパの双子の妹だって……知らなかった、知らないことばかりで……だけど」
ルリがより一層抱きつく。
「アスラン、私もルカも逃げられない」
***言葉は、呪縛。
絡め取られて、身動きできない***
「ルカと私が行かなければ、パパは殺されちゃうかもしれないんでしょ? 月を巻き込むことになるんでしょ?その話を聞かされたら、ルカも私も出来ることは一つしかないよ……ママ」
方法はないとルリもルカも思った。
追いつめられるところまで確実に追いつめられていて、十四歳の二人に出来たことは何もなかった。
全てを理解できるほど、聞き分けの良さとは言い難いが、それでも父親の命を盾にされて、月に住む人々の命を奪うと宣言されてしまえば、二人に出来ることはなく。
母親ルルの言葉は、ルリとルカを縛り付けるには十分な力を持っていた。
「パパはデュオンの生まれで、当時カーディナル家の後継者がいなくて、養子に出されたんだって。カーディナルとデュオンは過去の戦争で仲は険悪で、パパを養子に出すことでデュオンとしては、カーディナルを掌握しようとしていた、でも……」
「小父さんはブルームの民政委員だった……」
ルリが語る帝国の真実は、アスランの知らなかった歴史そのものだった。
帝国を影から牛耳っているデュオン一族は『人類の父にして人類の敵』と称されるアンドレアス・デュオンの血筋にあたり、デュオン家、カーディナル家、カーディナルフェル家の三家を総じて本来はデュオン家と言う。
本家であるデュオン家は、支配的意識の強い人物が多く、人類が宇宙に生活基盤を築いてからのわずか数百年の間に良くも悪くも、どちらかと言えば悪名で名を残した人物が多い。
現在、帝国を統べているのは、ウォーター朝の暫定的な女帝でもあるフラーミング・ウェザー・ウォーターリールという女性で、デュオン家の一人娘として育ち、十六歳の時に当時の皇帝の第五夫人として嫁ぎ伯爵夫人の称号を得ると、十九歳の時に公爵夫人へ列せられ、二〇歳で男子を出産し正婦人となった。
息子が帝位に就いたのも束の間、新皇帝はわずか十歳で病死し他に子供もいなかったことから彼女が暫定的な女帝に就いた。
彼女がデュオン家血筋の人間であることから、帝国内では異論を唱える人間も特別存在せず、一説には異論を唱えた人間達は、暗殺されたとも言われているが真実は定かではない。
今日まで幾度となく繰り返されてきた地球と月の戦争は、いわば、本家デュオンと分家カーディナル家の一族同士の戦争と言っても過言ではなく、第四次戦争の後、両家はデュオン家とは完全に袂を分かつことになった。
一方、そのカーディナルとデュオンの一族同士の紛争に対し、早くから異議を唱えて独自のスタンスで、宇宙生活者達の支援を行ってきたのは、カーディナルフェル家であり、中立国のブルーム共和国に多額の出資しその理想の賛同者ともなっていた。
その後、カーディナル家もカーディナルフェル家を追従する形で、ブルーム共和国の同盟者となり、カーディナル家当主となったダイはブルームの八民政委員の一人にまでなった。
ルリがアスランに説明したダイの養子縁組の裏には、カーディナルとカーディナルフェル両家の財力と、宇宙生活者達に対する援助と支援とを持って、コクーンを代表する宇宙生活者達と信頼を築き、また絶大な発言力を有するまでになっている両家を掌中に収め、地球圏の統一を目論デュオン家が、相続人の途絶えたカーディナルに自分たちの子供を送り込むことで、取り込もうとしたものの、デュオン家のその目論見はカーディナル家の当主となったダイが、打ち砕いてしまっていたということである。
「パパがデュオン家とどんな話をしたのかは分からない……でも、パパの対応のせいでブルームが攻撃されたとしても否定は出来ない、そこにどんな理由があったのかは私にも、ルカにも分からない……」
「ルリ、おじさんがデュオン家の人間だとして、なんでお前達が帝国側にいる?」
「パパと女帝は双子だと……ママが」
そこまで言われれば、アスランにも事情が飲み込め始めた。
士官学校ではトップの成績を誇り、ブルーム学園の頃も一度としてトップを明け渡したことのないその頭脳が、ここに来て急速に動き始める。
「ルリ、まさか帝国は……」
自分の考えが正しければ、ルリが帝国内にいたことも、自分がどんなにルリとルカを探しても、見つからなかった理由が納得の出来る形で導き出されるのだ。
「帝国は、お前とルカを引き取って、どっちかをお飾りにしようとしているのか?」
最後の方は殆ど確信に近い。そうだとするのなら、アスランの疑問はすべて説明がついてくるのだ。
「帝国側は私達を引き取とって、ルカに名前だけの帝位を継がせてその後をどう考えているのかは、わからない……ただ、誕生日が来たらルカは帝位につく、そして私は……」
「一緒に行こう、ルリ。俺がなんとかするから」
『言葉は呪縛。ママの言葉も、アスランの言葉も……』
***振り解かれたのは、初めてで***
『大好き、アスランが大好き!』 言葉と一緒にいつも、ルリの温もりがあったのに。
明けていこうとする海をこうしてルリと見ているのは、本当に久しぶりで、こうしていると離れていた二年間や、自分たちをとりまく環境のすべてが悪い夢を見ているように思えるのに、今、ルリに打ち明けられた真実は、現実の厳しさをアスランに突きつけた。
その厳しさや、どうにもならない現実の中にあって、握りしめているルリの手の温かさは本物で、何度も夢に見た冷たさはなく、この手を、この温もりを、再び握りしめたこのルリの手を離すことは出来そうになかった。
そう思うと自然と口から言葉が出た。
「ルリ、このまま一緒に行こう」
「アスラン?」
薄暗い空気の中で、ルリの瞳が揺れた気がした。だからルリの返事は「肯定」だとアスランは思っていたのだが、ルリは言葉の変わりにアスランの手を握りしめると、静かに首を振った。
「…行けないよ、アスラン。私は……行けない。どこにも行けない、今は」
「ルリ!」
「連邦に逃れたとしても今の状況がかわるとは思えない。それにパパを人質として抑えられている、私は…」
「俺がなんとかするから、ルリ一緒に来い! お前が犠牲になる必要はまったくない、ルカを助ける方法もおじさんを救い出すのも、俺がなんとかするから」
「私がいまここで逃げ出したらルカはどうなるの? パパはどうなるの?」
最後の言葉はルリ自身も思って居なかったほどかすれた音がした。
その音にアスランも黙り込んでしまったが、それは本当に一瞬で、自分を落ち着かせるために何拍か呼吸をすると再び、ルリを見据える。
言い合いなら何度もしてきた。
以外と頑固なルリの説得なら何度もしてきた。
「ルリ、ルカと小父さんを助け出す方法を俺が必ず見つける。だから、このまま俺と一緒に来るんだ!」
「無理だよ……アスラン、一緒になんて行けない。軍にいるアスランに、連邦政府軍軍人としてのアスランに、今の私達を救うことなんて出来ないよ…」
「ルリ!」
「守れない約束をまたするの、アスラン?」
***ルリの言葉は胸を貫く痛み***
ルリを説得できると思っていた。
昔からお転婆で一度言い出したら是が非でもそれを貫こうとするルリを側で見ていて、無謀なことを辞めさせるのは、自分の役目だと、自分にしかできないからとアスランは自負していた。
だから今回もルリは分かってくれる、そう思っていた。
『アスラン、守れない約束をまたするの?』
その言葉はどんな武器にも負けない殺傷力をもって、アスランの胸を打ち抜いた。
ルリから聞かされた事実を総合すれば、帝国側は最初からルリとルカを、お飾りの皇帝位に付けることを画策して双子の父を人質としたのだ。
アスランが、そしてエイドリアンが自分の人脈の全てを使ってルリとルカをどれほど探しても見つからないのは当然だった。
**
「だとしてもだ、アスラン。なんでオエライさんや情報部はその事実を掴めていないんだ?」
「……え?」
戦艦リバティの与えられた部屋の中、アスランの言葉は沈黙とともに消えた。
***この時の俺は、焦りと憤りをぶつけるばかりで、
ルリの言葉の裏にある覚悟を、何ひとつ汲み取れていなかった。
ルリがこの手を拒んだのは我が儘じゃない。
それが、ルリの戦い方だったのに***




