*運命の幻想3*
「ルリ、運命の神様に喧嘩を売る気はある?」
夕日の差し込む部屋の中で呟かれた声は、ルリの涙を瞬時にして乾かす程の威力を持っていた。
二年前、自分たちの『楽園』とも呼べる場所が跡形もなく、それこそ木っ端微塵に吹き飛んだのに、楽園に降りそそいでいた太陽は、今も変わらずこの場所を照らしている。
記憶の中のあの日々は本当に『楽園』だったのだ。
ルリとルカがそれを受け止めるのに長い時間はかからなかった。
自分達は守られていた、両親やその協力者たちの力によって。
それを知った時の「喪失感」「無力感」「焦燥感」すべての「負」の感情。
それでも立ち上がれたのは「いつか」を信じていたからだ。
ルリもルカも「訪れるはずのいつか」を。
もし訪れなければ「自分たちでつくればいい」そう二人で誓って。
同時にルリの心を占めていたのはその「いつか、アスランと逢える」その思いだ。
でも、運命の女神はルリとルカには絶対に微笑んだりしない。
それはルリも分かっていたことで、だから泣いていたのだ。だが、それでは変えられない。
気が強くてお転婆で、誰よりも寂しがり屋なルリはアスランのことになればルリはどこまでも強くなれるはず。
だから、ルカは提案した「運命の女神様に逆らって喧嘩を売る気はあるか?」と。
答えは聞かなくても判る気がする。
「運命の女神は女なんでしょ? アスランを神様にだって渡すのはイヤ」
簡潔明瞭な答え。
アスランも独占欲の固まりだが、ルリだってルカの知る限り独占欲の固まりなのだ。
「行っておいでルリ、ちゃんとアスランと話をしておいで」
「でも、ルカ?」
つい数分前まで泣いていた涙の痕は痛々しいが、その瞳には滴の欠片も見あたらない。
ルリはルリなりに、ルカの言葉の意味を探る。
「僕たちには時間は無いんだよルリ。もう決めなきゃ、アスランと話をしてルリ決めなきゃ。泣いているだけじゃ前には進めないよ」
「ルカでも……」
「ルリ、たとえどんな結果になっても僕はルリの味方だよ。アスランがルリを否定したら、僕がアスランを馬に括り付けて、リボンをつけてルリにプレゼントしてあげるから」
『運命の女神は、僕とルリには微笑んでくれないんだ、僕たちは……幻想の果実だから。だからね、ルリ。運命の女神様に喧嘩を売ろう。
できるならルリの「アスラン」と呼ぶ、朗らかで優しい声が、今、聞きたい。
「いや……だが、タイス」
その提案にはさすがのアスランも返事に窮していた。
「それが一番手っ取り早いだろ、大体、お前、今のままで作戦の指揮をとる自信あるのか」
容赦のない言葉ではあったが、事実なのでアスランは黙り込んだ。
潜入作戦(作戦と言えるのかは謎だが)を無事に(無事にとは到底言い難いが、損害はないのだから無事なのだろう)終えて戦艦リバティ・ベルに合流し、すぐにアスランは何事かに没頭し始めた。
一緒にいたタイスに出来たことと言えば、まあ、それを見守ることだったが、ここ数日のといっても一日足らずの出来事だがいつものアスランとは違っていたのだ。
まず落ち着きがなくなり、何事か思案しているのだと思えば突然、ため息をついたり、気を紛らわせようと始めた報告書作りも、気が付けば手元が止まり、また思案している。
あげくに、ステラの威厳をフルに利用してのあの一件だ。
さすがのタイスも居たたまれなくなり、アスランから事情を聞き出し、旧ブルーム帝国で何があったのか、事細かに聞き出した。
と言っても、本人すら説明の出来ないことを、他人に分かりやすく説明するなんて芸当は、いかな優等生といわれ、頭の回転の速い切れ者、怜悧で理知的と、賛美されたアスランにだって出来るはずもない。
とにかく苦労してやっとの事で理解できたのは、アスランの幼なじみのルリが帝国の邸にいたこと、そのルリに助けられて無事に敵から逃げられたこと、この二つだけで結局何も判らず仕舞いだった。
正式着任は明日で、明日になれば自分たちの部下として四人のパイロットが配属されてくる。
今までは使われる立場で(使われていたと言い切れないが)作戦にただ黙って従っていればいい立場であったが(そのせいで先日の苦労があったが)、これからは、アスランは小隊長として、タイスはその補助として、部下の面倒をみつつ、作戦だって立てなければならない立場になるのだ。
心に何かしらの心配事や不安を抱えているのは誰だって一緒ではあるが、アスランの場合はその心配事や不安が心を占める割合が大きすぎるのだ。
このままでは上に立って命令するどころか、足を引っ張りかねない。
どうやらそれは本人も自覚の範囲であるらしく、タイスの言葉に反論も出来ずにいる。
いついかなる時も冷静で、軍人としての見本が軍服を着て歩いている、ステラの教本とまで言われていたアスランの、トチ狂った感も否めない行動は、タイス個人としては大変に面白おかしく、暫くは観察したいとも思う。
けれど、軍人としての立場ではそれは許されることではなく、とにもかくにも、このままではらちが明かないことも明白だ。
「とにかくさ、確かめてこいよ」
「だが、もう時間はない」
「だから、今から行けばいいだろ。軍人としてはさ確かにやばいし規律違反だけど、逆を言えば、俺たち今日までは休暇中なんだ。休暇中の人間がどこに行こうが届け出さえしてれば問題ないでしょ」
タイスの言葉にアスランが顔を上げる。
憂いを秘めた秀麗な顔に、ほんの少し赤みが差したのを見て、タイスは心の中でため息をついた。
「ブルームの外れにはお前の母親の墓もあるんだろ? 境界線近くなんだ。墓参りくらい誰も文句は言わないだろ。それにルリの秘密の道を教えて貰ったんだろ?」
「なんでお前が、ルリの秘密の道を知ってるんだよ」
確実に一トーンは下がったアスランの声に、振り向いてみれば目に警戒と敵意が見て取れた。
「ちょっと待て、アスラン。気にするところはそこかよ! つか、俺は敵じゃないぞ!」
「だから、なんでお前がルリの秘密の道のことを知っているんだ、と聞いている。答えろよ」
「お前が言ったんだ!」
呆れ半分に怒鳴ってやれば、アスランがこともなげに「そうなのか」と押し黙った。
「こいつは、自分の言った言葉を忘れているのか?」と、タイスが思うのも最もで、ここまでくると、優等生のアスランをからかえて面白いとか、抜けてるこいつを見ているのも一興だとか、そんな事を思っていた自分が急にアホらしくなる。
「とにかく情報なんてどうにでも出来るだろ、お前の趣味なんだから」
「趣味とか言うなよ、任務だと言え」
不機嫌な表情を隠しもせずにPCに向かうアスランの背に向かってタイスが毒づいた。
『お前だろが! ルリを探したくて本部にまでハッキングしてたヤツは!』
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「いいかアスラン八時間だ。八時間でここに戻れなかったら、お前の小細工も俺の隠蔽も全部、無駄になる」
「わかってる」
子供を初めて遠出に出す父親の気分を存分に味わっているタイスには当然のセリフだが、言われているアスランは心ここにあらずとばかりに、目は見えない海の向こう岸を見つめていた。
タイスはわざとらしいため息をつくと、再び、時間の確認のために自分の時計とアスランの時計の時間を合わせる。
「本当にわかっているだろうな?」
「ああ」
何度目かの確認にアスランが短く返事をする。
まさか再会できた幼なじみと、手に手を取って逃避行なんてことをするとは思えないが、その可能性がまったくないとも限らない。
なんと言っても幼なじみを探すために軍に入って、前線で戦うことを選んだ男だ、その大切な幼なじみに「連れて逃げて」なんて言われた暁には、喜んで逃亡兵になりそうな気がする。
このまま悶々陰鬱とされていたのでは、今後の任務に差し障るのは確実で、真実を確認ではないが、原因たるものを取り除くのも一つの方法だと思ったのだ。
確かに軍人としてはどうかと思うのだが、思うのだが。
「気を付けて行け」
「ありがとう」
いろんな言葉がタイスの心に渦巻いたが、アスランの背を見て出てきたのは結局その言葉だけで、振り返ったアスランが穏やかな顔をしてお礼をいう姿に、ガラにもなくそして訳も分からず途方に暮れてしまった。
祖父は連邦の有名な指導者、父親は実の親によって軟禁されている元外交官、兄は行方不明、幼なじみはカーディナルの子供、そして大切な少女は帝国内、一人の人間の相関図にしてはさぞかし立派なものが出来るのではないか、と思う。
面白そうだから、ためしに作成してみようと、それが妙案だ。
とばかりに一人笑顔を浮かべると、タイスはアスランの変わりにレポートを仕上げるべく自室に向かった。
「俺はこういう事は苦手なんだけどねぇ」とも言っていられない。
アスランに提案したのは他でもない自分だったのだから。
『生きていた、ルリが生きていた』
それだけでこの時は嬉しかった。
なのに、何故、俺たちは運命の女神の怒りを買ったんだろう。




