*運命の幻想1*
***守りたい者を守れなかった。
武器を手にすることを選んだのは、ルリに逢いたい、ルカを探したい。
ブルームをあるべき姿に戻したい。
その思いで、戦いに身を投じていままで戦ってきた。
その思いだけで心を支えていた。
どうして俺たちは、いま、この場所でしか再会できなかった… ***
『現実は残酷だった。二年の月日は俺たちを再び引き離そうとしていたのだから』
「……アスラン?」
あまりの衝撃に声は出てこなかった。
聞き慣れた声色、見慣れた瞳、ずっと願っていた再会。
自分がなんのために現在、この場にいて、なんのために目の前にいる少女に手を伸ばしたのかも、すべて吹っ飛ぶほどの動揺と驚愕とを持ってアスランを襲う。
気が付けば、呼吸すらも忘れていたのではないのかと思う程で、胸が苦しくて息切れがしそうだ。
「……アスランだよね……?」
瞬きもせずに凝視していたアスランは、ルリに抱きつかれて呪縛から放された。
自分に抱きついているのは、何度も夢見た幻のルリではなく、温もりがあって、抱きしめることの出来るルリだ。
「……ルリなのか? ……本物のルリなのか?……探したんだこの…二年間、ずっと!」
生きたルリが、自分の腕の中にいるこの嬉しさをどう表現すればいいのだろう。
ルリに逢いたくて、ルカに逢いたくて、二人を捜したくてなりふり構わず軍に入り、立場を最大限利用して今日まで探していた。
その対象がいま目の前にいる。
無事にいる。
この嬉しさと喜びを表現する言葉は見つからない。
抱きついて微かに嗚咽を零しながら泣いていたルリが、何かを言い出しかけたとき、サイレンとともに辺りが騒然として、アスランはやっと自分の現状と置かれている状況を思いだした。
軽く舌打ちしたに違いない、腕の中にいたルリが体を一瞬ビクつかせた後、伺うようにアスランを見上げる。
その様子にルリに対する舌打ちではないことを伝えようとして笑みを浮かべようとしたものの、上手く笑うことが出来なかった。
ルリがアスランの視線を辿って漂わせると、再びアスランを見上げる。
「アスラン……追われてるの? ……どうして帝国に追われてるの?」
ルリの疑問はもっともで、アスランにしてみれば何からどう話そうかと答えに窮していた。
このままでいれば敵兵に見つかるのは時間の問題で、かといって、当初の予定の通りにルリを人質にするなんてことはもっての外だ。
軍人としてなら正しい判断をすべき所だが、ルリに思いもかけず出逢ったことで、アスランは自分の立場や任務を頭の隅においやっていた。
『再会した時、あれほど神に感謝したのに。運命の神様は俺たちに残酷な悪戯を嗾けていた』
***どうして、私はアスランと一緒にいられないの?
アスランと一緒にいたい、アスランと離れたくない。
私の願いはたったひとつだけなのに***
外から聞こえる騒動と警備兵の激しい言葉に最初に我に返ったのはルリだった。
アスランがどうして帝国の警備兵に追いかけられていて、どうしてこんなに騒ぎになっているのかは、後からいくらでも調べることが出来るだろう、今はアスランを無事にここから逃がさなければいけない、とルリの何かがシグナルを発していた。
聞きたいことも、話したいことも沢山ある。
それは多分アスランも一緒で、ルリの手を何度も握り直している。
落ち着きがあって大人びていると評判のアスランが、焦った時や、動揺している時に、ルリとルカにだけ見せる癖。
繋いだルリの手を握りしめるその癖が、何故だかルリを安心させ落ち着かせる。
「アスラン、来て。こっち」
ルリはあたりを伺い鋭い視線をはわせていたアスランの手を引く。
間違いでなければアスランは帝国にとっては歓迎されない人間に違いないのだ。
抱きついたアスランの服に隠されていた銃が、それを裏づけている。
見つかるわけにはいかない。
「アスラン、パパとママには秘密だよ」
一四歳のルリが、目の前で笑っていた。
人差し指を自分の唇に立ててウィンクする。
危険だし、女の子なんだしと、いろいろな理由を付けて説教を始めそうな勢いのアスランの唇にもルリが人差し指を立てて、茶目っ気たっぷりにルリが再び笑う。
こうなってしまったら、もうルリを止めるのは無理に等しい。
アスランは諦めのため息をつきつつ、ルリを一人にするつもりも毛頭ないから、今にも走り出しそうなルリの手を握ることで一緒に行くことを知らせる。
そうすると、再び満面の笑みを浮かべるルリがいて、結局のところ、この笑顔に自分は甘いんだと別の声が耳に木霊した。
「アスラン、秘密だよ」
昔と同じ声が同じ台詞を発したことで、アスランの目の前のルリは一四歳から、現実のルリにすり替わった。
変わったところならいくらでも探せそうな今のルリ。
伸びた髪の毛。
伸びた身長。
前よりほっそりとした四肢、そして形の良さを表す胸。
抱きしめたら簡単に捕まえられそうな細い腰。
ルリはアスランの記憶の中よりも美しくなっていた。
それでも、やはりルリだと確認できるのは、ルリの「蒼い瞳」であり、こうしたなにげない仕草だった。
昔からルリは秘密と称しては、いろんな場所を見つけていた。
ブルームには、昔の海底火山の爆発で隆起した際に出来た地下空洞が縦横無尽に広がっている場所がある。
無鉄砲でお嬢様らしからぬ行動力を持ち合わせていたルリは、大人達にどんなに「危険だから」と言われても、探検と称しては洞窟に入り込み『秘密の場所』を見つけるのが大好きだった。
その探検で時には、カーディナル家とローダデイル家双方を巻き込む大騒動を起こしたこともある。
ルリの『秘密の探検』が今、自分を助けているのだと思うと、こんな時ではあるが、昔を回想し、あの時「説教してごめん」と、心で謝罪した。
ルリの無鉄砲な探検が、よもや数年後に役立つなどと、あの当時は思っていなかったのだから、と自分に言い訳もしてみる。
ルリに手を引かれて邸に足を踏み入れた時には、生きた心地もしなかった。
ルリを信じていなかったわけではない、それでも心底、肝を冷やしたのだ。
もし、ルリを巻き込んでしまったら……。
端から、ルリが自分を帝国の警備兵や護衛兵に差し出すことはまずありえないが、それでも誰かに見つかったらとか、いろんな自問を心でしていたアスランはリビングの中に押し込まれ、抗議の声を上げる間もなく暖炉の中に押し込まれた。
暖炉の向こう側に隠し通路があるなんてことは、小説の中だけだと思っていたが、改めて思い返してみれば、アスランの自宅とは比べ物にならない程の大邸宅であったカーディナル家は、まるでからくり邸のようであったことを思い出す。
よくルリやルカと隠れんぼに利用しては、ランにゲンコツを喰らい、説教を受けたことまで思いだし、それはそれで何故か、いたたまれない気分に陥った。
暖炉の隠し通路で地下に降りると、そこにはルリが探検を繰り返していた空洞が広がっていた。
何がなんだか分からないまま歩き昔を回顧し、気が付いたときには前方から光が差し、波の音が聞こえていた。
その場所はアスランのよく知っている場所であり、半日前に上陸に利用した場所でもあった。
振り返りルリを見れば、ルリは落ちかけた太陽が照らす海を見つめていた。
知っている限り、思い出す限り、ルリのそんな表情を見たことはなくて、自分とルリの間に流れた年月を改めて突きつけられた気もするが、それでも手に触れて、さわることのできるルリは本物で、アスランは自然と握りしめていた手を強く握り直した。
***たった一つの願いはアスランと一緒にいたい。
だけど今はそれが出来ない、どうして今なの***
『どうして、今、この時にしか逢えなかったの?』




