*再会の瞬間2*
戦艦エイムズ 艦長執務室
「艦長、気付いていましたか?」
真向かいに陣取り入力補助をしている一人の男が言葉を発した。
イーストの一番弟子であり腹心の部下、右腕とも言っていい男。
まあ、イーストは左利きなので、この場合左腕に当たるのだろうが。
男の名をディック・シストリア、今は副艦長の任に居るエリートで将来の上級士官候補でもある。
職務に熱心で、熱心すぎるきらいはあるものの、それを補ってなお、イーストには信頼すべき愛すべき腹心。
欠点と言えば、ちょっとうわさ話が好きなだけ。
「この艦に乗艦していたアスラン・ローダデイルです。地球に通い婚とまで言われた彼です」
そこまで言われて、イーストも思い当たったのように、わずかに瞳を細めた。
別にうわさ話が好きな訳でもなければ、その話題に乗ろうという意図でもない。
アスランが無二の親友であるエイドリアンの息子だからだ。
彼の息子が軍隊に入隊しステラ属になったことまではイーストも知っていた。
あのエイドリアンの息子なのだから、エリートであることは当然であろうとも思っていた。
幼い頃から利発で行儀も良く孝行息子だと、父の欲目を差し引いても、とよく口にしていた。
長男の方は完全に自分に似たのだと、こちらもよく自慢をしていた。妻の残した最大の遺産で、妻から託された大切なものなのだと、言葉の最後には必ずそれを言う。
そのエイドリアンは今、実の父の手によって軟禁状態にある。
若い頃は同じ士官学校に入学し、同じ部隊に配属され、共に戦場を駆けたこともあるのだ。
息子同様やはりステラ族として。
優秀な士官でもあった彼が突然、軍籍を抜けて外交官を選んだときには驚いたものだが、彼はあっという間に上級外交官にまで上り詰めたのだ。
多分に父の威光もあったかも知れないが、それでもエイドリアンは、優秀であったことに代わりがない。
でなければ今この時期に実の父である連邦政府高官の手によって軟禁などされるはずがないのだ。
何度も彼を訪ねたが直接逢えたことは一度もない。
通信はおろか書面のやりとりさえ認められていないのだ。
父親が軟禁状態にあるなかで、エイドリアンの息子が軍隊に入隊し、ステラ族になった途端、権限をフルに振りかざして利用し、休日の度に地球に降下していることが数ヶ月前から噂になっていた。
そもそも戦時下において頻繁に休日などあるはずもなく、その貴重な休日をつぶしてまでも地球に降下するのだから、その行動力には頭が下がる思いで、最初は単純に父親に逢いに来ているものだと思っていたのだが、どうもそうではないのだと、やはり数ヶ月前、目の前に陣取る副官より知らされた。
あきれたと言うのが、確かに第一声だったのだが、一人の女と知り合い、自分の全てを投げ打って彼女と結婚し、父親とすらも決別したエイドリアンを知っているだけに、彼の息子が良く言えば情熱的に、悪く言えば(あえて言及せず)なのは、なんとなく想像の範囲でもあった。
「彼、地球に女性がいるのではなく、どうやら自分の幼なじみを捜しているらしいですよ?」
どこからそんな情報を得たのか、いや間違いなく、立ち聞きとか盗み聞きという特技をいかしたのであろうが、イーストはこんな時に、自分のこの優秀な副官は、何故その特技を最大限に生かせる情報部に配属希望を出さなかったのか不思議に思っているのだが、その理由をイーストは後に知ることになる。
知ったときも知ったときで、妙に納得するのであるが。
「よりにもよってカーディナルだそうです。ローダデイル少尉が探している幼なじみは」
その言葉を聞いてイーストは、今この場にいない自分の親友に思いを馳せた。
「親子揃って、随分と、やっかいな恋をするものだ」とばかりにため息を一つ、零した。
***ルリ、俺たちはどこで、何を間違えたんだろう***
「タイスは無事か?」
答えてくれる人などいないとは判っていても、アスランは小さな呟きを漏らした。
順調に任務を遂行していたはずなのに、どうして、こんな事態に陥っているかと言えば、情報部の収拾能力に問題があったからだと言わざる得ない。
誰かのせいにするとか、誰かに責任を転換させるとか、常ならばしたことのないアスランも今回ばかりは、舌打ちしたい気分だ。
途中までは順調だった。
帝国内に潜入し、湾岸に停泊している戦艦の種類とその他の防衛ラインを確認し、これならなんとかリバティを助け出すことが出来ると同時に、帝国の補給地に損害を与えて、今後の作戦遂行の手助けになると信じて疑っていなかった。
確かに心の片隅で、頭の端で最悪の事態を考えてはいたものの、順調すぎた潜入に、多少の気のゆるみが合ったことは否めない。
だとしても、それを差し引いたとしても、今、この現状を招いていたのは多分に、軍の情報部が間違ったデータを自分たち渡した事が起因しているのだ。
そして、その事にアスランとタイスが気が付いたときは味方の陽動作戦たる援護攻撃が始まってしまっていた。
アスランがいろいろな情報と状況から判断して言い出した作戦ではあったが、それは情報部の情報を信じたからである。
と今さら言ったところで、味方の攻撃が止むわけでもなく、ましてや無事に帝国を抜けられる保障があるわけでなく、とにかく自分自身で確認を怠った事に対する後悔も同時に襲いかかって、いろんな事に舌打ちしたい気分だった。
タイスと別れて合流場所を決め、味方の攻撃をかいくぐり、敵にも見つからないように、なんとか警備の薄い場所にたどり着いたとき、そこに広がる景色に足を止めてしまった。
逃げなければ、タイスと合流しなければ、脱出しなければ、仲間と合流しなくてはと、頭は命令を下していたが心が足を止めてしまっていた。
緑豊かな町並みは跡形もなく、焼け跡はそのまま放置され、爆撃の跡も生々しいまま。
ルリやルカ達と笑いながら通った学校までの並木道は、すべて焼かれて何も残っていなかった。
士官学校時代に「感傷は己の身を滅ぼす、戦場に置いては」と散々、言われていたにもかかわらず、やはり自分の目の前に突きつけられてしまえば、十代のアスランとしては感傷に浸ってしまったも詮無いことで、まさか教官の言葉が自分の身に降りかかって来ようとは、思わなかった。
焼け野原となった並木の前に立ちつくしてしまったアスランを不信に思った帝国の警備兵が、銃を向けながら詰問するのはもっともな話で、気が付けば銃撃戦をしながら逃げ出すしか道が残されていなかった。
冷静に考えれば、入るときに利用した偽のIDを提示して、旧ブルームの人間であり、帝国とは敵対関係のない月の住人であると証明すればよかっただけで、そのための偽のIDであったりするのだ。
にもかかわらず、咄嗟に撃ち返し、撃ち返して逃げ出せば、怪しい人物なのだと、証明するようなものだと、思い至る余裕すらもなくて逃げながら、やはり舌打ちした。
そして、別れた友を思う。
「タイスは無事か?」と。
同時刻
「アスラン」
そんな呟きも塩水と一緒に溶けてしまい、タイスはここ数時間で何度か呟いた戦友の名前を呼んでみた。
帝国軍の警備兵に見つかり、一緒に逃げるにはあまりにも不利な状況で、アスランは「ブルームなら俺の方がくわしい」といって、囮を買って出た。
タイスを無事に逃がすために、アスランは自分とは反対の方向に向かって行ったのだ。
友としては一緒に行きたいが、自分たちにはリバティを助け出すための重要な任務を受けており、個人の感情だけでは動くことは許されない『命令は何を置いても優先される』と士官学校でも散々、教官にたたき込まれたことだ。
元を質せば、情報部の情報違いから自分たちの命が危機にさらされているのだと思うと、あの情報を自分たちに教えた人間達をこの海に沈めてやりたいくらいだ。
何故、タイスが海の中にいるかといえば、無事に巻いたと思った敵兵に見つかり、やむなく崖から飛び下り、海水の中に身を隠したのだ。
地球生まれのおかげで泳ぎだけには自信がある。
ひとまずこの場を離れて、別の場所から逃げ出そうと思ったのだが、敵もそんなに甘くはない。
海岸警備兵が至るところに船を出して、こちらを探していたのだ。
幸にも帝国軍の軍艦は先ほどの連邦軍の攻撃を受けて防衛ラインが下がり、自分のいる所からなら水雷にさえ当たらなければ、なんとかリバティに泳いでたどり着けそうな気がして、タイスはイルカ宜しく、こうして遠泳をしている次第なのだ。
泳ぎ着いたところで、どうするかを考えるだけの余裕は、この時のタイスにはなく、ましてや作戦の事であるとか、そんなものはアスランがなんとかしてくれるだろうと、泳げるだけ泳いでいたのだが、まさかそのアスランが、帝国内でヘマをやらかして、とんでもない状況にいるなどと、この時のタイスには当然として知るよしもなかった。
泳いでいけば何とかなると考えている時点で、タイスにだって余裕なんてなかったのだから。
***逢いたいと願っていた、ずっと、逢いたいと願っていた。
運命の再会は、悪夢の始まりだった***
アスランは逃げるために手を伸ばした。
追われて偶然逃げ込んだ場所で。
とにかく追っ手をやり過ごしたくて。
飛び込んだ邸はアスランが見知っている建物ではなかったことから見て大方、帝国がブルームを占領後に建てた建物のようだった。
旧時代の建物をモチーフに建てられたのか、どこか古風で、アスランが知っている佇まいとよく似ていた。
ブルーム時代にルリとルカ達が住んでいたカーディナル家に。
アスランが入ってきたのは庭のあたりで、帝国が連邦と戦うための補給基地としての役割をしているこの場に置いては、およそ不釣り合いな建物で、上空から攻撃にさらされたらどうするのであろうかとか、なんて目立つ建物だとか、余計な事とはいえ、心配したほどだった。
追い駆けてくる追尾を逃れたくて、逃げ道か、隠れ場を探していたとき目の端に、淡いピンクの生地が飛び込んできた。
帝国の有力者か、軍事上層部の家族なのかは知らないが、外の騒ぎを知っているだろうに、暢気にも庭にいたらしく戦時下に置いてとか様々な感情が一挙に噴出した。
それでもこの場に置いて、その少女を隠れ蓑にするのはもっとも有効な手だてだと思い近づいた。
有力者の家族ならば人質としてこれ以上、最適な人間はいない。
盾にすることもできる。
一歩、二歩と近づいても、その少女は気が付いた様子もなく、ベンチに座っていた。
肩より長い髪。
日の光を浴びて輝く金髪とも見間違えそうな茶色。
その色がアスランの知っている『色』とよく似ていて刹那、動きを止めたが、腕を伸ばして後ろから少女を抱きすくめると、直ぐに左手で口をふさいだ。
空いていた右腕で彼女を抱きすくめると、思ったよりも細い体に驚いた。
そして、漂った淡い甘い香。
「命までは取ろうとは思わない。暫く黙ってくれればいい」
耳元でささやかれた少女は怯える様子も見せず、頷きもしない。
アスランが少女の顔を覗き込むのと、少女が両手で自分の口をふさいでいるアスランの手をどけるのは、ほぼ同時だった。
アスランの驚愕に見開かれた瞳に飛び込んできたのは、ルリの顔だった
「………アスラン?」
忘れるなんて出来ない瞳がそこにはあった。
『ルリ……どうしてお前がここにいるんだ
ルリ、どうして俺たちは、この場所でしか出会えなかった……』




