占いをしてはいけない部屋 ~愚者と運命の輪と──~
最初に謝っておきます。
主催者様ごめんなさい。
仕事の都合によりマンションの部屋を一日留守にすることになった。
ならばと親友に頼み込まれて留守番を任せることに。
なんでも豪華なマンションの部屋に憧れていて、ぜひとも一度住んでみたかったのだとか。
最近悩み事を抱えているらしく鬱ぎ込んでいる彼女。ならば偶にはこうして気分を変えてみるのも彼女にとって良いかも知れない。
「置いてあるものは動かさないでね。ゲーム機は好きに使っていいわよ。猫とも好きに遊んでちょうだい」
彼女を連れて部屋の中を案内していく。
「中に入ってる食料品、自由に食べていいわよ。賞味期限の近いものから片付けてね?」
キッチンでも開け、冷蔵庫の中身を解放する。
「高級食品がいっぱい! これ、好きに食べていいの?」
「うん」
「わぁい♪」
……高級食材って……。
いったい彼女は毎日どんな食生活を送っているのだろう。想像すると少し悲しくなってくる。
一通り部屋を案内し終わったところで改めて注意してほしいことを伝える。
「汚したらちゃんと掃除してね? ベッドのシーツは私が帰るまでに取り替えて」
まあ、こんなことをいちいち言う必要もないでしょうけど、そこはやはりね。
「男なんか連れ込まないわよ」
……え? なに、この切り返し?
言わなければそういうつもりだったの?
「ただ、いつもの安アパートとは違う暮らしがしてみたいだけだから」
「あ、ああ、うん、それならそれでいいんだけど……」
……よく考えてみればそれもそうか。
そんな相手がいれば私のところに泊まりに来なくても、そっちの方に転がり込めばいい話だものね。
てかこの子って、こういう面でも……。
不憫ね……。
「あ、そうそう、もうひとつだけ言っておくことがあったわ。
この部屋では、けっして占いはしないでね」
「え!?」
不思議そうな彼女。
だけど女の子だし、多少そういうことに興味はあるんじゃない?
私だって風水や占いの勝負運や美容運、人気運、そして恋愛運を高めてくれるものをついつい気にしてしまうし。
南の窓辺に真っ赤な薔薇を活けているのも単に飾りのためだけではないし、さっきの掃除のことにしてもそう。片付いてない部屋は悪い運気が留まりやすいっていうものね。
だけどここで占いをするのだけはダメ。
なぜかこの部屋はそういうのが良し悪し抜きで顕れやすいから。
つまりここは霊験灼かなパワースポット。だからこそ私はこの部屋に拘って住み続けているのだもの。
「よくわからないけどわかったわよ。留守のことは心配いらないから、安心して行ってらっしゃい」
「それじゃお留守番、お願いね」
本当に大丈夫なのかしら?
とはいえ時間は迫っているし、いつまでもこうしてはいられない。
鬱っぽかった彼女の明るさに躁状態を疑いながらも、私は荷物を手に部屋を出ていくことにした。
そして翌日、仕事を終えて帰宅してみると、玄関に彼女の靴が残っていた。
各部屋の電気も点いたままだし、どうやらまだここに居るらしい。
まあ、いいけどね。
リビングのカーテンと窓は全開で、夕刻の陽射しが室内を紅に染めあげている。
普段の彼女ならここでシーツ姿で登場し、○ュディ・○ングなんて古いネタで詼けてくるところだけど……。
寝室にも彼女の姿はなかった。
お風呂やトイレってわけでもなさそう。
だったらいったいどこへ……。
「もうっ、降参だからいい加減出てらっしゃい」
ふざけて燥いでいるに違いない。
鬱陶しいけどきっと躁。
そう、そうに違いない。
……………………。
だけど彼女は現れない。
私の声は山彦となって虚しく響き渡り、沈黙だけが部屋を包む。
心の中で、何が壊れる音がした。
嫌な予感はエスカレートする。
テーブルの上にタロットカードを見つけたのだ。
「もしかしてあの子……」
私は窓に駆け寄り外を眺めた。
背後にしたテーブルには愚者と運命の輪。
そして死神のカードが笑っていた。
◆◆◆◆◆◆
「──ちょっと美沙。
ひとをモデルにしておいてこのオチはないんじゃない?」
私の書いた短編小説に眉を顰める親友。
「落ち着いて。
そんな顰めっ面は皺を増やすだけよ」
「それが親友を鬱病扱いした挙げ句、殺したろくでなしの言うことかーっ!」
「ち、違うわよっ!
これは今流行りの異世界転生作品の導入部なの!
愚者の示すのは自由な冒険。
運命の輪が示すのは運命の時。
そして死神が示すのは変化。
つまり──」
「それでこの世から旅立ってれば世話ないわー!」
確かに異世界転生ものの導入部は命の扱いが軽い。
彼女が怒るのも無理ないか……。
当然ながら美沙の作品はボツとなりました。なので発表されることはありません。