第七十一話 異世界に行っていたら、どうなっていたか
――目を覚ますと、美女が俺の腕を抱きしめて寝ていた。
また麗奈か、と一瞬思って……しかし金色の髪の毛が見えて、彼女ではないことを思い出した。
そうだ。昨日は布団がなかったので、仕方なく一緒に寝ることにしたんだった。
「フィオ……?」
「……んにゃ」
声をかけても、フィオは目を覚まさない。
彼女もどうやら、俺と同じように眠れていなかったらしい。ただ、昨日は色々あって決着がついたので、安心したのだろうか。かなり熟睡しているみたいだ。
「珍しい。姫も、ミツキも、私より寝坊するなんて」
「え? あ、ヘイムか……起きてたのか」
「うん。ついさっき」
フィオとは反対側。左隣には、一人で掛布団を独占しているヘイムがいた。
枕まで奪っている……そのせいで、フィオが俺の腕を枕にしているんだろうなぁ。
美女二人に挟まれている状況は、やっぱり落ち着かない。
しかし昨日は緊急だったので、予備の布団もなかった。セーラにはソファで寝てもらったが、フィオとヘイムが寝られる場所がなかったため、俺の布団で寝かせていたのである。
そして俺は、布団もないのでタオルケットをかけて床で寝ていたのだが……寝ている間にフィオがくっついていたらしい。
「あれ? セーラは? 麗奈もいないけど」
今日は休日。学校に行かなくて良いので、麗奈も起こさなかったのだろう。
でも、彼女は基本的に俺の家にいるので、姿がないのが気になった。
「二人は買い物に行った。食材が足りないって」
「そうか……って、あれ? ヘイム、なんで普通に話せてるんだ? セーラも、外出なんてしていいのか?」
ようやく気付いた。
昨日、ヘイムとセーラは魔力を使い切っている。そのせいで、彼女たちが常時発動していた【情報取得の魔法】は言語の情報も取得していたようなので……結果、言語も通じなくなっていた。
だから昨夜は大変だった。唯一、魔力を消費していないフィオを介して通訳してもらっていたのである。これからもそれが続くと思っていたが、ヘイムが早速話していて驚いた。
「【情報取得の魔法】は魔力をそんなに消費しない。寝たら、使えるだけの魔力が回復する。ただ、使ったら回復した魔力分丸ごと消費するから、総量が増えなくなるだけ。セーラも同じ感じ」
「え? じゃあ、転移魔法の分まで回復できないのでは?」
「……それはこれから考える。寝るだけじゃなくて、他の魔力を回復する方法も探さないと」
なるほど。寝ているだけじゃ、そもそも回復量が少ないので、焼け石に水ということか。
もっと効率のいい回復手段をこれから探す、ということだろうか。
「一年は遅い。私たちの世界の情勢が変わる可能性もある……半年では帰りたいね」
「そうか。分かった、俺も協力するよ」
世界は違えども、時間は経つ。
一刻も早く、三人が帰れるように協力を……って、あれ?
今、なぜかひとつのワードが頭に思い浮かんだ。
「『異世界と現世の時間』」
「ミツキ? どうしたの?」
「い、いや。急にワードが思い浮かんだというか……って、そうだ!!」
なぜ、いきなりそんなワードが出てきたのかは不明だ。
しかし、そのおかげで、一つの疑念が思い浮かんだ。
それは……ワードの通り、異世界と現世の時間について。
「ヘイム。異世界とこの世界の時間って、同じなのか?」
「同じって、どういうこと? 24進法であることは一緒だけど」
「違う。時間の刻み方じゃなくて、進む『速度』だよ」
異世界転生のテンプレじゃないか。
転生系ファンタジーの最終回。主人公が異世界から帰還したパターンにおいて、実は時間の流れ方が違っていた……というのは、ありがちである。
それが、俺たちにも適用されるのではないかと思ったのだ。
「分からない。でも、そんなこと有り得るのかい?」
ヘイムも把握できていない情報のようだ。
そうか。これまで、異世界から帰還する転生者がいなかったか、あるいは帰還しても異世界に戻った転生者がいないなら、それを彼女が知らなくても当然である。
えっと、調べるには……最初に出会った時のことについて、聞けばいい。
「俺が召喚されかけた時、ヘイムたちはすぐに異世界に転移したのか?」
「……いや。半日くらいは準備してたよ」
「やっぱり……! ち、ちなみに、この世界に着いたのは何時くらいだ? 学校に登校するどれくらい前だ?」
「たしか、二時間くらいだったかな? 生活の準備をするのに、少し時間がかかったから」
初めて出会ったのは、早朝の六時前くらいだ。
学校は九時に始業する。つまり、彼女たちは俺と出会ってから一時間後にはこちらの世界に到着していたことになる。
しかし、あちらの世界で半日――十時間は最低でも経過している間に、俺たちの世界は一時間しか進んでいなかった。
つまり、時間の速度が明らかに違う。
「大まかに計算して、十倍だな」
「十倍……それって、もしかして」
「うん。この世界と、異世界の時間は、十倍くらい進む速度が違う」
時間の倍数で言うと、分かりにくいか。
「異世界の一日が、この世界の十日。異世界の一ヵ月が、この世界の十カ月。異世界の一年が……十年か」
そうなのだ。この時間差を、考察できていなかった。
それが意味することとは、つまり。
「……一年この世界にいても、異世界は一カ月くらいしか経過していないね」
ヘイムも、理解したようだ。
「焦る必要はない。そういうことになるね」
「うん。そうだな……」
それから、俺はもう一つの可能性についても考えて、ゾッとしていた。
「俺が、もし異世界に行っていたら……最低でも、どれくらいは帰ってこれなかった?」
「一年以上。あるいは、数年だろうと予想していたよ」
「……そうか」
十年以上、麗奈を待たすことになっていたかもしれない。
というか、十年でも早かった方だという事実に震えた。もしかしたら、二十年も三十年を、麗奈を待たせていた可能性もある。
そう考えると、やっぱり異世界に行かなくて良かった。
そう、心から思えた――。