第六十八話 ネタバレ
あ、やっと来たんだ。
上下左右。どこを見ても真っ白の空間に来て、俺は女神様に呼ばれたことに気付いた。
「光喜様、お疲れさまでした」
相変わらず、女神様は美しい。
白銀の髪の毛と、金色の瞳が得に印象的で、人間離れした容姿である。
スタイルも良くて、胸元に本を抱いているのだが、その上に胸が乗っていた。グラマラスなので、男子高校生には刺激が強い。
一部から目をそらしつつ、俺は女神さまに声をかけた。
「……聞きたいことが、たくさんあるんだけど」
「色々ありましたからね」
「うん。現在進行形で、色々起きているよ」
本当に、様々なことがあった。
異世界に連行されそうになって、有耶無耶になって、仲直りして、彼女たちを家に招くまでは順調だった。
しかし家に来て数分後に、ヘイムとセーラの【情報取得の魔法】が途切れて、言語が通じなくなった。それから意思疎通が大変になって、ドタバタして、三人を我が家に泊めることのリスクを麗奈が思い出して、彼女も一緒に住むとか言い始めて、そんなスペースはないと説明して……と、色々やってたら深夜になって、俺たちは気絶したように眠ったのである。
そして今、夢の世界で女神様と邂逅しているというわけだ。
「何から説明しましょうか……順番に説明した方が良さそうですね」
「頼む。知りたいことがたくさんあって、自分でもまとめきれないんだ」
「分かりました。それではまず、光喜様が一番気にしていることでもある、異世界に転移した場合のことを伝えます」
……早速きたか。
女神様の言う通り、このことは一番の気がかりである。
俺が異世界に行かないことによって、救えたかもしれない命を見捨てることになった。
それを、気にしていない訳がないのだ。
「結果から言いましょう。異世界に行かないことは――正解でした」
「正解、だったのか?」
「はい。もし、光喜様が異世界に行っていた場合……戦争が激化します。魔王軍も異世界の英雄という脅威を前に、総力をあげて攻めてきたでしょう。たしかに、光喜様が救うことのできる命は多数ありましたが……失われる命も、多く存在しました。なので、光喜様の判断は正しかったと言えます」
俺に気を遣って、嘘を言っている……ことは、ないだろう。
女神様の口調は淡々としていて、事実だけを述べているように見える。
私情は抜きで、あくまで現実的な可能性のみを彼女は語っていた。
「ただ、長期的に見るとまた意見が変わります。光喜様が戦争を終結させることで、その分の命を救えたという見方もできますね」
「……そう言われると、心苦しいな」
「お優しいですね。私から言わせると、光喜様は自らを責める必要はないかと思います……短期的に見ると正解で、長期的に見ると不正解。じゃあ、どちらが良くて、どちらが悪いのでしょうか。そして、異世界でのみその法則が適用されることも、私は不思議に思います。光喜様が現在生きている世界でだって、同じことが起きていますから」
「同じこと?」
「国が違えば、世界が変わります。身近なところで言うと、途上国の人々が飢餓に苦しんでいますよ? どうして人々は募金してあげないのですか? 知識や技術のある人間は、現地に行って助けてあげればいいのではないでしょうか。苦しんでいる人を救うために、なぜ皆が医学を学ばないのでしょうか?」
「…………」
その指摘に、俺は反論の言葉を失った。
まさしく、女神様の言う通りだと思ったのである。
救えるはずの命があるのに、そのために十全を尽くさないことを『見捨てる』と表現するのは、あまりにも暴論なのかもしれない。
「トロッコ問題と一緒です。救う命の数ではなく、属性も加味して考えた時……正解の形もまた、変わります。だから、光喜様の選択は『わがまま』ではありません。そのことを、お忘れなきように」
「うん……ありがとう」
「いえいえ。うふふ……光喜様、ご自分にもどうか優しくいてくださいね?」
女神様の言葉があって、気持ちが少し楽になった。
もちろん「だから俺は悪くない!」などと割り切ることはしていない。そこまで極端なことは考えていないが……それでも、先ほどよりだいぶ気分が落ち着いた。
自分の選択に、後悔することだけはやめよう。
ちゃんと、前を向いて生きていく。それが、俺が一番やらないといけないことなのだから――。