第六十七話 仲直り
俺は決して、フィオたちに対して怒っているわけじゃない。
「改めて、ミツキお兄さま。レイナお姉さま……今まで、ごめんなさい。謝って許されることではないし、許されようとも思っていないわ。ただ、ちゃんと謝っておきたかっただけで……えっと、すぐにどこかに行くわね。わたくしの顔も見たくないだろうし」
だが、フィオはすっかり嫌われていると思っているみたいだ。
目も合わせずに、彼女は俺たちに背を向けて歩き出そうとしていた。
「姫、これからどうする? 私の【認識阻害魔法】と【情報取得魔法】はもうじき途切れるよ」
「私も、先ほどの戦いで魔力は使い果たしました」
「……わ、わたくしがなんとかするわっ。えっと、二人にはお家で休んでもらって、言語が通じるわたくしがどうにか買い者とか色々すればいいの。その間に、ヘイムには魔力を回復してもらうわ」
「一年くらいかな。転移魔法が使えるようになるには、それくらいかかると思う」
「い、一年……」
「ひ、姫は夜道が怖くて一人で出歩けないではありませんか! 夜のトイレにすら一人で行けないのに、姫に頼るなど無理ですっ」
「セーラ!? そ、それは内緒にしてとお願いしたじゃないっ」
何やら、三人とも大変そうである。
そんな会話を聞きながら、俺は麗奈の方に視線を向けると……彼女も、俺の視線に気付いてくれた。
目が合って、それから麗奈が頷く。
俺が何を言いたいのか分かっているのだろう。さすがだ。
よし、麗奈の了承も得たところで……そろそろ、俺も話に割り込ませてもらおうかな。
「――俺の家はどうだ?」
フィオの背中に向かって、声をかける。
すると、彼女の体がビクンッ!と跳ねた。話しかけられると思っていなかったのかもしれない。
「え? あ、でも……えっと」
驚きのあまり、混乱している様子だった。
やっぱり、勘違いしているのだろう。
「ミツキお兄さま……わたくしたちのこと、嫌いじゃないの?」
ほら、予想通りだ。
でも……俺はちゃんと分かっている。
彼女たちにも、彼女たちの事情があったのだと、知っている。
そもそも、別にフィオ達は完全な加害者じゃない。彼女たちなりの責任を果たそうとしただけだ。
それに、俺も……中途半端な態度をとりすぎた。
俺が振り回した部分もあるので、被害者ぶるのは卑怯である。
だから、今回の件は誰も悪くないんだ。
「嫌いになんてなってないよ。むしろ、こっちこそ……寸前で心変わりして、ごめん。もっと事前に、ハッキリと言っておけば、ヘイムが魔力を使い果たすことも避けられたよな」
「いえ! そんな……ミツキお兄さまは、悪くないわ」
「いや、俺にも悪いこともあったし、結局フィオが譲歩してくれただろ? ありがとう……おかげで俺は、大好きな人と離れ離れにならなくてすんだ」
これは、偽りのない事実だ。
フィオの誠実な精神があったからこそ、俺は異世界に行かずに済んだ。
そのことに強く感謝していた。
「魔力が回復するまでの間、家で休んでいてくれ」
「……レイナお姉さまは、許さないと思うわ」
ただ、フィオはまだ怯えていた。
俺の気持ちは良くても、麗奈がダメなんて……そんなことは、有り得ないのに。
「――許す! フィオちゃん、気にしないでいいよ。わたしは、光喜くんと一緒にいられるならそれだけでいいの……そんなことより、わたしは三人のことが心配だもん」
うん、そうだよな。
麗奈はいつだって、ブレない。
俺が幸せでいられることを、何よりも優先してくれる。
だから、俺が彼女たちのことを心配していたら、一緒に心配してくれるのだ。
「……いいのかしら」
「もちろん。ちょっと狭い家でよければ」
「……また、甘えてもいいの?」
「うん。俺はフィオのお兄さまだからなっ」
「あ! ずるい、わたしもお姉さまだよね? いっぱい甘えていいからねっ」
そんなことを言いながら、フィオに歩み寄って……そっと、彼女の頭を撫でてあげた。
すると、フィオは限界を迎えたようで。
「――っ」
俺の腹部にギュッと抱き着いてから、顔をうずめて泣き出した。
泣き声を漏らさないように、必死に抑えているが……しかし、くぐもった声が聞こえているので、バレバレである。
「よしよし」
そんなフィオをあやすように撫でながら、セーラとヘイムに目を向けた。
二人は、抱き合う俺とフィオを見て……安心したように、息をついた。
臣下として。それから、大人として子供のフィオを心配していたんだろうなぁ。
もう大丈夫。そう伝えるように俺も笑いかけると、二人も笑ってくれた。
これにて、一件落着である。
異世界から来た三人による、異世界転移イベント。
結果から見ると……それすらも、麗奈が防いでくれた。
そのおかげで俺は、まだまだ現実でラブコメをすることができる。
大好きな幼馴染と、平穏な日常を過ごすことができる。
そのことが、俺はとても嬉しかった――。