第六十四話 甘えて、守られて、依存する。それの何が悪い?
心変わり、ではない。
最初からずっと悩んでいた。消去法で異世界に行くことを決定したが……能動的な意思ではなかった。
麗奈の涙を見て、ハッとさせられた。
俺にとって一番大切なものは『異世界ファンタジー』ではない。
麗奈との『ラブコメ』こそが、俺の幸せなのだから。
「――ミツキ殿、動くな」
「くっ……!」
ただ、俺の動きなんて所詮は一般人。
麗奈ですら歯が立たないセーラから逃げられるはずもなく、すぐに羽交い絞めにされた。
後ろから拘束されて、動けなくなる。
それでもジタバタともがきながら、叫んだ。
「麗奈! 俺は、お前のことが大好きだ!!」
今更言うまでもない事実。
彼女だってきっと、分かってくれている。
しかし普段は、照れてなかなか口に出せない一言でもある。
「お前のいない世界なんて、やっぱり考えられない……だから――」
ずっと彼女に甘えて生きてきた。
麗奈に守られてばかりいた。
少しくらい、自立するべきかなと思っていた。
異世界に行って、麗奈への依存を減らすべきだ……と。
だが、そんなもの俺の幸せじゃない。
甘えている? 守られている? 依存している?
それでも、いいだろ。
だって、俺は麗奈のことが大好きだし、麗奈だって俺のことが大好きなのだ。
だったら、そういう関係性だっていい。
上等だ。情けない男だと感じるやつがいるなら、勝手にそう思わせておけばいい。
「――麗奈、助けてくれ!」
彼女に向かって、手を伸ばした。
俺を魔法陣に向かって引きずっているセーラに抗いながら、叫んだ。
「異世界よりも、俺はお前のことが大好きだ!!」
すると、彼女は――笑った。
「うん、分かった」
先程みたいな、強張った笑みでも、作られた笑みでもない。
心から嬉しそうな、優しい笑顔で。
「わたしを選んでくれて、ありがとう……今から助けるね」
そう言った、直後。
「……まずい。魔法がっ」
ヘイムが、珍しく大きな声を上げると同時。
『パリン!』
ガラスが割れたような、破砕音が響いた。
そして、麗奈が一歩……前に、踏み出した。
「姫。魔法が解けた」
「……そんなことありえないわ。だって、レイナお姉さまは魔力の耐性がないのでしょう?」
「うん。そのはずだった……やっぱり彼女は、普通じゃない」
ヘイムとフィオの動揺が、聞こえる。
俺を引きずっていたセーラも、今は麗奈に意識を向けている。
それくらい、異常なことが起きている。
「行かせない……異世界になんて、行かせないからっ」
そして、次の瞬間――麗奈の体から、眩いほどの白い光が溢れた。
その真っ白い光は、一瞬だけ視界を真っ白に塗りつぶす。
上下左右、真っ白になる。
その中央に立つ白銀の髪の毛の少女を見て、俺はとある記憶を思い出した。
「――女神様?」
重なった。
容姿が瓜二つだから、ではない。
発するオーラが、女神様と酷似していたから。
だが、それは刹那の出来事。
ほんの一秒にも満たない発光の後。麗奈は完全に魔法を解除したようで……もう、彼女を縛るものはなくなっていた。
「じゃあ、光喜くんは返してもらうね」
「は?」
……いや、魔法を解除しただけじゃない。
動きも、明らかにおかしい。
まばたきをするほどの間に、麗奈はもう俺の目の前に迫っていた。
あまりの動きの早さに、セーラも反応できなかったらしい。
『ドンッ!!』
俺を抱えるセーラに向かって、一撃。
麗奈の拳が、甲冑に突き刺さる。
「っ……!?」
先ほどは、攻撃が当たることもなかった。
だが、今は違う。麗奈の一撃を回避することも、そして耐えることもできず……しかも、セーラの甲冑が粉々に砕けた。
「なにが、起きた?」
セーラの声が、動揺で震えている。
だが、そんなことお構いなしに……セーラはもう一度、拳を振り上げた。
その体からは、淡い光が放たれている。
やっぱりそれを見ると、麗奈が女神様に見えて仕方なかった――。