第六十二話 俺は、異世界に行く
「っ……!」
麗奈は足掻いている。
魔法によって身動きが封じられているにもかかわらず、力ずくで強引に拘束を破ろうとしている。
しかし、魔法の影響は強いのだろう。
まともに話すこともできないようで、必死な形相を浮かべて俺を見ていた。
「麗奈……?」
「――だい、じょうぶ」
先ほど、セーラに歯が立たなかった上に、ダメージを負っているはずだ。
喉元に刃が触れているし、恐怖心だってあるだろう。
しかし彼女は、こんな状況に至ってなお……俺のことを、心配しているみたいだ。
「わた、しが……!」
……いや。違う。
心配では足りない。彼女は、俺のことを守ろうとしてくれているんだ。
(こんなに、俺のことを思ってくれているのに……)
俺はいつまで経っても、くよくよと悩んでばかり。
麗奈に甘えてばかりだったせいで、自分の意思すら分からなくなっている。
こんな自分が、大嫌いだった。
(たまには、麗奈を守ってみろよ)
自分に言い聞かせる。
彼女を守れと、己に命じる。
(一度くらい……麗奈を、助けろよ!!)
心の中で、そう叫んだ。
拳をギュッと握って、それから深く息を吸い込む。
もう、時間は残されていない。
いいかげんに、決断しよう。
「麗奈……ごめん。俺――行くよ」
麗奈を守るために。
そして、今後……彼女と、胸を張って生きていくためにも。
異世界に行く。そして、英雄となって多くの命を救う。
これから、何の後ろめたさや罪悪感のない人生を送るために。
この世界に帰ってきたときに、麗奈と一緒に幸せになるために。
少しだけ。ほんの、短い期間だけ……麗奈とは、離れ離れになることは分かっている。
だけど、いつまでも彼女に甘えているわけにはいかないんだ。
「……セーラ、剣を下ろして」
フィオにも、俺の意思が伝わったみたいだ。
言葉を疑うことなく、信じてくれた。実際、嘘じゃないし、裏切るつもりもない。
だって、そんなことをしたら麗奈に危害が及ぶかもしれない。
その可能性がわずかでもあるのなら、俺は……何もできないのだから。
「ミツキお兄さま。それでは、行きましょうか」
「うん。分かった」
頷いて、最後にもう一度麗奈の方を見つめた。
「…………」
彼女は、呆然としたように俺を見ていた。
信じられない。そう言わんばかりだが……俺が、ごめんと笑いかけると、ようやく本気だと伝わったらしい。
「光喜くん……!」
魔法に抗って、言葉を発した。
先ほどのような、たどたどしい発声じゃない。ハッキリとした言葉を聞いて、セーラが剣の柄に手をかけた。
「並大抵の精神力ではないな。姫、まだ油断してはいけません」
「……いいえ、大丈夫よ。その必要はないわ」
うん、そうだ。
フィオは麗奈の表情を見て、何かを察したらしい。
もちろん、付き合いの長い俺も、ちゃんと分かっていた。
麗奈が、今から何を言うのかを。
彼女は、反抗しようとしているわけじゃない。
「――それが、光喜くんの決断なら仕方ないね」
そう言って、麗奈も笑ってくれた。
俺と同じく、明らかな作り笑いだ。だが、別れの時だからか、笑顔で送り出そうと思ってくれたのかもしれない。
「……ずっと、異世界が好きだったもんね。楽しんできてね」
俺に、後ろめたさを感じさせないように。
俺の、麗奈に対する罪悪感を少しでも軽くするかのように。
彼女は、俺の背中をそっと押してくれたのだ――。




