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第六十話 不屈の精神でさえ



 たしかに、レイナを人質にされたら――俺は、異世界に行くことを決意するだろう。

 彼女を傷つけられるくらいなら、と迷いを断ち切れる。


(俺の心理は全部、筒抜けだな)


 これはフィオの考案だろうか。

 一見すると、無邪気で幼い少女なのだが……やはりこう見えて、一国を背負う姫である。

 人のことをよく見ている。俺や麗奈の性格を把握した上で、この作戦を立案したようだ。


(っ……分かっているなら、行かないって言い張ればいい。ただ、それだけの話だ)


 そう、分かってはいる。

 もちろん、そうするつもりだ。


 麗奈とセーラの勝負の行く末は関係ない……関係ない、はずなのに。

 でも、この状況に至ってなお、迷いは消えない。


 それくらい、英雄になる責任は重く……背負うにも、下ろすにも、いずれにしても勇気が必要だ。

 その気持ちの強さが、俺にはない。


 だからこそ……フィオが異世界に行く理由を作ってくれることに、安堵している自分がいた。

 そんな自分に気付いて、嫌になって、自己嫌悪してしまっている。


 そして麗奈は、恐らく俺の状態に気付いている。


「……行かせない。光喜くんを、異世界になんて渡さない」


 力の差は歴然。麗奈は壁にたたきつけられて、苦しそうだが……それでも再び、立ち上がった。

 俺を、助けるために。


「優しい光喜くんに、ファンタジーなんて似合わないもん」


 よろめきながらも、再び彼女は拳を構えた。

 その瞬間、セーラが再び跳躍した。


「――っ!!」


 一閃。麗奈の腹部に向かって剣を振う。

 顔面を狙わないのは、セーラなりの優しさだろうか。

 その一撃に対して、麗奈は……あろうことか、拳を振り上げた。


 防御なんてしない。

 セーラに向かって、彼女は拳を振う。もちろん、腹部に鞘付きの剣を受けるが、そんなことお構いなしだ。


 肉を切らせて骨を断つ。

 まさしく、捨て身の攻撃。負けず嫌いで、気の強い麗奈らしいとも言える。


 しかし、その拳は……届かなかった。


「ぐっ、ぁ……!」


 セーラの一撃が、あまりにも早い。

 拳の間合いに入る前に、もう決着がついていた。


「……センスは、あるのだがな」


 セーラのぼやきと同時に、麗奈が地に膝をつく。

 先ほどよりも重い一撃だったのか、今度は手をついて痛みにあえいでいる。


「同じ魔法をレイナが使えていれば、もっと……いや、そんな話は不要か」


 もう、戦いは終わった。

 そう言わんばかりに、セーラが剣を下ろす。


 明らかに、麗奈はもう立ち上がれそうにない。

 たった二回の差し合い。しかしそれだけで彼女の全身はボロボロだった。


 どこにでもいる普通の女の子にしては、もう頑張りすぎている。

 そういう状態にもかかわらず、なお麗奈は諦めない。


「はぁ、はぁ……お父さんがね、言ってたの」


 苦しそうな呼吸だが、不思議と言葉は鮮明に聞こえる。

 声はか細い。しかし、宿る意思は――強く、鋭い。


「敗北は、動けなくなった時じゃない。心が折れた時なんだ……って」


 そして麗奈は再び、立ち上がる。

 そうだ……麗奈の才能は、そうなんだ。


 身体能力が、彼女の一番の才能じゃない。

 親父さんが言っていた。麗奈の一番すごいところは『気持ちの強さ』だ、と。


 だからこそ、彼女がボクシングを辞めた時に親父さんは嘆いていた。

 麗奈の才能を知っているからこそ、あんなにも落ち込んでいたのだろう。


 そして今、麗奈の真価が発揮されようとしている。

 不屈の心で、なおもセーラに食らいつこうとしている。


 それに対して、しかしセーラは……剣を構えることすらしなかった。


「……すまない、レイナ。これは、ルールのある格闘技ではない」


 そう言った、直後だった。


「【動くな】」


 俺たちの背後から、静かな声が響いた。

 その、落ち着いた声の持ち主は――魔法使いの、ヘイムである。


 そう。彼女は、魔法使いで。

 そして、麗奈は……魔法に対する耐性が一切ない。


「――ぁ」


 気付いた時には、もう手遅れだった。

 麗奈の動きが、静止した。


「すまないね。【精神操作魔法】だ」


 まるで、最初からこの魔法をかけることが決まっていたと思わせるほどに。

 ちょうどいいタイミングで、麗奈は無力化されてしまったのである――。

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