表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/74

第五十八話 受け身主人公の限界



 麗奈と歩いていたら、いきなり異世界の三人が宙から降りてきた。

 どうやら、タイムリミットが訪れたようだ。


「え? ど、どうなってるの? なんで人がいないの?」


 隣にいる麗奈は、この状況に混乱している。

 そうか……三人に時間制限があることを話している時、麗奈は寝ていた。

 だから、なぜ彼女たちがここにいるのかも分かっていないのかもしれない。この場で一番混乱しているように見えた。


「【人払いの魔法】だね。一定時間、この付近を人が避ける。そういう風に辻褄を合わせてくれる」


「ヘイムちゃん? あの、なんで急に……?」


「レイナ。貴様には悪いが、時間だ」


「時間って、どういうこと?」


「……なるほど。ミツキお兄さま、話していないのね」


 フィオは麗奈が混乱している理由も把握したらしい。

 彼女は一瞬、申し訳なさそうに目を伏せた。しかし、それは一秒にも満たない時間で、すぐに顔を上げてハッキリと言葉を発した。


「――英雄になるお方を、異世界に連れていく時間なの。もう少し余裕があるかと思っていたけれど、ヘイムの魔力消費量が想像以上に早くて、回復量が想定より遅いわ。だから、計画を早めることにしたのよ」


 変な表現は使わない。

 まっすぐに、フィオは自分たちの目的を伝えた。

 卑怯な言い回しは使わない。情に訴えるようなことも言わない。


「ミツキお兄さまは、わたくしたちの世界で英雄になるわ。そして、多くの命を救っていただくの……失われるはずの命を、助けることができるの。そのために、わたくしたちは絶対にミツキお兄さまを連れて行くわ」


 たとえ、俺や麗奈に嫌われてもいい。

 そんな覚悟が言葉の響きに宿っていた。


「……フィオちゃん。その言い方は、ずるいよね」


 麗奈も、ようやく事情を察したらしい。

 動揺から、一転。彼女は俺を守るように一歩前に出て、三人に相対した。


「その言い方だと、光喜くんが異世界に行かないと『救える命を見捨てる』と、責任を感じちゃう。そんな言い回しは良くないよ」


「ええ。知っているわ。だから、あえてこう言ったもの」


「そんなことないよ。光喜くんの責任なんかじゃない……だって、それは確定している事実じゃない。光喜くんが行かなくても、失われる命は変わらないかもしれないよね?」


「もちろん、そうだと思うわ。決して、ミツキお兄さまに責任があるわけではない。でも……本人が、そう割り切れるのかしら」


「――割り切れるわけ、ないよ。だから、その言い方は卑怯だよって言ってるの」


 本当に麗奈は、俺のことをよく分かっている。

 彼女は、怒っていた。


「このせいで、昨日からずっと光喜くんの元気がなかったんだ……ずっと悩んでたんだね。わたしに言っちゃうと、わたしが光喜くんの責任をかぶることになるから、それが嫌だったんだよね? だから、ずっと一人で苦しんでたんだ……っ」


 俺が苦悩していたことも、麗奈に言えなかった理由も、全部察している。

 その理解の早さは流石だった。やっぱり麗奈に秘密は通じない。


「光喜くん、行かなくていいよ。わたしのために、行かないで」


 ほら、彼女ならこう言ってくれると思った。

 俺が一番欲しい言葉を、彼女は言ってくれる。

 その言葉に頷けば、麗奈が俺の代わりに背負ってくれる。

 異世界で救えるはずだった命を、彼女に押し付けることができる。


 でも、それが嫌だったから……俺は言えなかったんだ。


「――ミツキお兄さま? そうやって、レイナお姉さまの背中に隠れてばかりで本当にいいのかしら」


 そしてフィオも、容赦はしなかった。

 愛らしい見た目に反して、彼女もちゃんと一国の姫である。

 王族として、民を導く者として……心を押し殺して、フィオは冷酷な事実を突きつけてくる。


「永遠に帰れないわけじゃないわ。少しの期間だけでいいのよ? それなのに、短い期間ですらレイナお姉さまがいないとダメなのかしら。ほんの少しの時間と、多くの命……比較するまでもないと思うわ」


 そうなのだ。

 ずっと異世界に永住するわけじゃない。

 少しの別れを我慢すれば、いずれ帰還することができる。


 その間に、たくさんの命が救えるのなら……行くべき、なのだろうか。


「光喜くんの無事が前提の話だよね、それは」


 対する麗奈の反論も、的確なものだった。


「異世界に行ったら、命の危険だってある。戦いの最中に死んじゃったらもう会えないよ? そんなの、わたしは絶対に嫌だから」


 行かなくていい。彼女はそう言ってくれている。

 麗奈の主張は、いつものようにまっすぐで。

 俺のことを心から思ってくれていて、つい甘えそうになってしまう。


 やっぱり、麗奈の言う通り行かなくてもいいのだろうか。

 本心はやっぱり、行きたいと思っていない。だから、その心に従ってもいいのかもしれない。


 ……ああ、本当に自分が情けない。


(優柔不断で、いつも受け身で……麗奈にばっかり甘えていた結果が、これか)


 自分で決断一つできないなんて。

 それがあまりにも、情けなかった――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ