第五十八話 受け身主人公の限界
麗奈と歩いていたら、いきなり異世界の三人が宙から降りてきた。
どうやら、タイムリミットが訪れたようだ。
「え? ど、どうなってるの? なんで人がいないの?」
隣にいる麗奈は、この状況に混乱している。
そうか……三人に時間制限があることを話している時、麗奈は寝ていた。
だから、なぜ彼女たちがここにいるのかも分かっていないのかもしれない。この場で一番混乱しているように見えた。
「【人払いの魔法】だね。一定時間、この付近を人が避ける。そういう風に辻褄を合わせてくれる」
「ヘイムちゃん? あの、なんで急に……?」
「レイナ。貴様には悪いが、時間だ」
「時間って、どういうこと?」
「……なるほど。ミツキお兄さま、話していないのね」
フィオは麗奈が混乱している理由も把握したらしい。
彼女は一瞬、申し訳なさそうに目を伏せた。しかし、それは一秒にも満たない時間で、すぐに顔を上げてハッキリと言葉を発した。
「――英雄になるお方を、異世界に連れていく時間なの。もう少し余裕があるかと思っていたけれど、ヘイムの魔力消費量が想像以上に早くて、回復量が想定より遅いわ。だから、計画を早めることにしたのよ」
変な表現は使わない。
まっすぐに、フィオは自分たちの目的を伝えた。
卑怯な言い回しは使わない。情に訴えるようなことも言わない。
「ミツキお兄さまは、わたくしたちの世界で英雄になるわ。そして、多くの命を救っていただくの……失われるはずの命を、助けることができるの。そのために、わたくしたちは絶対にミツキお兄さまを連れて行くわ」
たとえ、俺や麗奈に嫌われてもいい。
そんな覚悟が言葉の響きに宿っていた。
「……フィオちゃん。その言い方は、ずるいよね」
麗奈も、ようやく事情を察したらしい。
動揺から、一転。彼女は俺を守るように一歩前に出て、三人に相対した。
「その言い方だと、光喜くんが異世界に行かないと『救える命を見捨てる』と、責任を感じちゃう。そんな言い回しは良くないよ」
「ええ。知っているわ。だから、あえてこう言ったもの」
「そんなことないよ。光喜くんの責任なんかじゃない……だって、それは確定している事実じゃない。光喜くんが行かなくても、失われる命は変わらないかもしれないよね?」
「もちろん、そうだと思うわ。決して、ミツキお兄さまに責任があるわけではない。でも……本人が、そう割り切れるのかしら」
「――割り切れるわけ、ないよ。だから、その言い方は卑怯だよって言ってるの」
本当に麗奈は、俺のことをよく分かっている。
彼女は、怒っていた。
「このせいで、昨日からずっと光喜くんの元気がなかったんだ……ずっと悩んでたんだね。わたしに言っちゃうと、わたしが光喜くんの責任をかぶることになるから、それが嫌だったんだよね? だから、ずっと一人で苦しんでたんだ……っ」
俺が苦悩していたことも、麗奈に言えなかった理由も、全部察している。
その理解の早さは流石だった。やっぱり麗奈に秘密は通じない。
「光喜くん、行かなくていいよ。わたしのために、行かないで」
ほら、彼女ならこう言ってくれると思った。
俺が一番欲しい言葉を、彼女は言ってくれる。
その言葉に頷けば、麗奈が俺の代わりに背負ってくれる。
異世界で救えるはずだった命を、彼女に押し付けることができる。
でも、それが嫌だったから……俺は言えなかったんだ。
「――ミツキお兄さま? そうやって、レイナお姉さまの背中に隠れてばかりで本当にいいのかしら」
そしてフィオも、容赦はしなかった。
愛らしい見た目に反して、彼女もちゃんと一国の姫である。
王族として、民を導く者として……心を押し殺して、フィオは冷酷な事実を突きつけてくる。
「永遠に帰れないわけじゃないわ。少しの期間だけでいいのよ? それなのに、短い期間ですらレイナお姉さまがいないとダメなのかしら。ほんの少しの時間と、多くの命……比較するまでもないと思うわ」
そうなのだ。
ずっと異世界に永住するわけじゃない。
少しの別れを我慢すれば、いずれ帰還することができる。
その間に、たくさんの命が救えるのなら……行くべき、なのだろうか。
「光喜くんの無事が前提の話だよね、それは」
対する麗奈の反論も、的確なものだった。
「異世界に行ったら、命の危険だってある。戦いの最中に死んじゃったらもう会えないよ? そんなの、わたしは絶対に嫌だから」
行かなくていい。彼女はそう言ってくれている。
麗奈の主張は、いつものようにまっすぐで。
俺のことを心から思ってくれていて、つい甘えそうになってしまう。
やっぱり、麗奈の言う通り行かなくてもいいのだろうか。
本心はやっぱり、行きたいと思っていない。だから、その心に従ってもいいのかもしれない。
……ああ、本当に自分が情けない。
(優柔不断で、いつも受け身で……麗奈にばっかり甘えていた結果が、これか)
自分で決断一つできないなんて。
それがあまりにも、情けなかった――。