第五十七話 日常ラブコメは、許されない
映画が終わると、もう日が暮れていた。
正午に起床したが、身支度に少し時間がかかったので出発が遅れた上に、映画館までの移動時間は一時間ほどある。それから映画の開始時間まで待ち、本編を見たので、午後一杯はそれで潰れてしまったのだ。
俺たちは今、映画館を出て最寄りの駅に向かって歩いている。
また帰宅には一時間かかるのだが……通勤時間と丁度重なっているので、周囲はやや混雑していた。この状態なら、もう少し時間がかかるかもしれない。
家に帰る頃にはすっかり夜になっているだろうし、フィオたちがやって来る可能性もある。
それまでには、覚悟を決めておきたいところだ。
「映画、面白かった?」
「うん。最高だったな」
「え? そ、そうなんだ……!」
「麗奈も珍しくちゃんと見てたけど、どうだった?」
「お、おおお面白かったよ! うん、ところどころちょっとよく分かんなかったけど、たぶん面白かった!」
嘘だな。麗奈の目が泳ぎまくっている。
あれだ。俺が少女漫画を読んでも面白さが理解できないことと一緒だ。麗奈の琴線にまったく触れていないので、単純に面白さを評価できる状態ではなかったのだと思う。
それでも、一緒に見てくれるところが麗奈の優しいところだ。
いつもこうやって、俺に付き合ってくれるんだよなぁ。
「麗奈、ありがとう。いい気分転換になったよ」
「……えへへ。それなら、良かった」
感謝を伝えると、麗奈は嬉しそうにはにかんだ。
彼女の目的は、俺を元気づけることだっただろう。出かける前よりは気分が落ち着いていたので、彼女の狙いは成功したとも言えた。
「あと、さすがに空腹なんだけど、夜はどうする? この辺で食べていくか?」
「光喜くん、朝から何も食べていないもんね……外食かぁ。うーん、別にそれでもいいけど」
麗奈はあまり乗り気ではないように見える。
彼女は料理上手な上に、料理好きみたいで、外食は積極的にやろうとはしないのだ。
「今から帰ってから作るとなると遅くなるだろうし、今日は仕方ないんじゃないか」
「たしかに。じゃあ、明日は光喜くんの大好きなオムライスにしてあげるね」
「お。それは楽しみだ……って、あれ?」
さて、夜ごはんはどこのお店で食べようか。
それを麗奈に相談しかけたところで、不意にとあることに気付いた。
「光喜くん、どうかしたの?」
「いや……人が、いない」
ここは最寄り駅まで数分の大通りだ。
つい先ほどまで、人も多かったし、たくさんの車も走っていた。
しかし、今は誰もいない。
人も、車も、視界の範囲内に存在しない。
ビルの窓からも、人が見えなかった。
明らかな、異常事態。
まるで、世界が切り離されたような感覚に戸惑っていると。
「――少し早いけれど、時間よ。ミツキお兄さま?」
頭上から、声が聞こえた。
ハッとして上を見ると、そこには……フィオ、ヘイム、セーラが浮いていた。
「な、なんで……」
「浮いている理由は、魔法だね。ミツキ、君の想像外にあることは、すべてが魔法だ」
フィオの次は、ヘイムが説明を続けてくれた。
いつもの眠そうな表情ではない。今日の彼女は、目がしっかりと開いていて……エメラルド色の瞳を、爛々と輝かせている。
そして、その隣にはセーラもいる。
彼女もまた、普段と少し様子が違う。なぜなら、セーラは今……甲冑を着ていたからだ。腰元には、前に見せてくれた剣もある。完全に武装していた。
「ミツキ殿……もう、この時が来たようだ」
ふわっと、三人が着地する。
そして、彼女たちを代表するようにフィオが前に出てきて……一言。
「ミツキお兄さま。異世界に……わたくしたちの世界に、行きましょうか」
その言葉に、俺はようやく理解した。
つまり、三人は俺を迎えに来たのである。
タイムリミットは、もう少し後かと思っていた。
だが、それは俺の思い込みだったみたいだ――。