第五十三話 味方でいてくれるからこそ
『異世界になんて行かなくていいよっ。わたしがすごく寂しいもん……』
『たしかに救える命はたくさんあるかもしれない。でも、救えない可能性だってあるよね?』
『光喜くんの責任なんかじゃない。大丈夫だからね?』
『わたしのために、ありがとう。わたしはやっぱり、嬉しいから……わたしのせいにしていいからね? 光喜くんは、何も悪くないからね?』
――きっと、そう言ってくれる。
麗奈はいつだって、俺の味方でいてくれる。
俺が苦しまないように、彼女は罪を背負ってくれるだろう。
臆病な俺の手を引っ張ってくれたのは、いつも麗奈だった。
勇気が出ない時に背中を押してくれるのも、麗奈だった。
判断できずに迷っている時に、決定してくれるのも麗奈だった。
今回も、麗奈が俺の代わりに答えを決めてくれるだろう。
そして俺は、こう思うのだ。
『麗奈が言うなら、仕方ないな』
『麗奈を悲しませるくらいなら、異世界に行けないな』
『たくさんの命が救えるかもしれないけど……麗奈に寂しい思いをさせたくないから』
麗奈を言い訳に使って、罪悪感を少しでも軽くしようとするだろう。
彼女に背負ってもらって、俺の気持ちは楽になるだろう。
また、いつものように受け身になって『仕方ない』と諦めるのだ。
(――そんなクズ野郎に、俺はなるのか?)
嫌だ。
麗奈に罪を押し付けるなんて……そんなこと、許せない。
誰よりも彼女のことを大切に思っている。だからこそ、彼女を苦しめるようなことは、俺自身のことであっても肯定できるわけがない。
だから……この件について、麗奈に何か伝えてはいけない。
それは即ち、責任の放棄を意味する。彼女は何も悪くないのに、罪を転嫁することになる。
そんなクズ野郎のような真似をするくらいなら。
「……いや、なんでもないよ」
俺は、何も言わないことに決めた。
麗奈は、何か察している。しかしそれを理解している上で、言わないことを選んだ。
「な、なんでもないの? 本当に?」
麗奈は驚いている。
俺が悩みを打ち明けなかったことは初めてだ。そのことに動揺しているみたいで、瞳が揺れていた。
ごめん。戸惑わせてしまって。
だけどやっぱり、言えないんだ。
「少し、気分が悪いだけだよ。気にしないでくれ」
そう伝えて、強引に笑った。
自分でも思う。乾いたぎこちない笑みで誤魔化せるほど、麗奈は甘くない。
「――っ」
明らかに麗奈は何か言いたそうにしている。
俺を問い詰めようとしていたのかもしれない。
だが、何か言葉を発する前に……彼女は、ぐっと言葉を飲みこんだ。
「……わたしに言えないこと、なんだね」
さすがだ。
本当にこの子は、察しがいい。
俺のことを考えてくれている。だから、俺の意図も容易に想像できるみたいだ。
「わたしのために、言えないことなんだ」
麗奈は俺の気持ちを知っている。
俺の愛情も、ちゃんと受け止めてくれている。だから、秘密にしたことは後ろめたさが理由ではないことも、何も言わずとも理解してくれていた。
「……ごめん」
ただ、このことについて肯定も否定もできない。
肯定したら背負わせることになるし、否定したら嘘をつくことになる。
どちらも選びたくないので、結局は曖昧に作り笑いを浮かべることしかできなかった。
「ううん。いいよ……分かった。安心して、わたしは何も聞かないよっ」
……麗奈は、本当に優しい子だ。
俺の意思を尊重してくれる。本当は気になって仕方ないくせに、俺と同じように作り笑いを浮かべてくれた。
「ただ、一つだけ言わせて。わたしは――光喜くんの味方だからね?」
うん。知っているよ。
だからこそ、言えないし、言いたくないし、言うわけにはいかない。
(これは、俺が決断するべき問題だ)
異世界に行くにしても、行かないにしても。
いずれにしても……麗奈に背負わせていい罪ではないのだから――。