第五十話 英雄の責務
もちろん、彼女たちが異世界からここに来るまでの経緯を聞くのは初めてだ。
話をまとめると……フィオだけが読める『運命の書』によって、俺が来ることは予め知っていた。しかし待っていても来ないので、召喚の魔法陣を使用したが失敗した――というわけだ。
「召喚が失敗して、魔法陣の魔力も尽きたわ。次に使用するには、また数百年という時間が必要になって……そんなに待つことはできないから、わたくしたちの世界で唯一転移魔法を使える大賢者のヘイムと一緒に、異世界に迎えに来たのよ」
なるほど。流れはだいたい把握した。
他にもいくつか気になっていることはあるので、今のうちに聞いておこうかな。
「三人で来る必要はあったのか?」
まず、わざわざフィオとセーラがいることについて。
話を聞く限り、最低限ヘイムだけでも良かったように思えるのだが。
「ヘイムに自主性はないの。わたくしの指示によってのみ動くから……ミツキお兄さまを連れてきてとお願いしたら、強制的な手段をとっていたと思うわ」
「じゃあ、セーラは?」
「わたくしの護衛よ。ヘイムは優秀だけれど、魔法使いは突発的な事態に弱いわ。セーラがいるおかげで、わたくしたちができることは大きく増えるもの」
まぁ、それもそうか。
見たところ、フィオは戦う手段を持っていない。ゲームでも魔法使いだけのパーティーは難しい。タンク役にもなり、かつ物理攻撃力も高いセーラは、やはり戦力として必要だろう。
「……俺の意思も尊重してくれて嬉しいよ」
なんだかんだ、気遣ってくれていることは伝わってくる。
だって、フィオがその気になればヘイムに命じて、俺を異世界に強制連行することだって可能だろう。
「当然だわ。絶対に――不本意な転生なんて、させてはらないの」
「う、うん。そうだな」
あれ?
フィオの言葉が、どこか強張った気がする。
俺への気遣いでもあるだろうが……他にも何か、意図を含んでいるような気がした。
この件について、もう少し詳しく聞きたかったところだが。
しかし、俺が質問をする前にフィオが言葉を続けたので、タイミングを逃した。
「ヘイムが説明したみたいだから、ミツキお兄さまも知っていると思うけれど……わたくしたちには、時間がないわ」
「明後日の午前中には帰るんだよな?」
「でも、三人とも勧誘には失敗しちゃったわ」
「……うん」
こればっかりは申し訳ないが。
そうは言っても、異世界に行くつもりはなかった。
「このままだと、わたくしたちは手ぶらで帰ることになる」
「ごめんな」
「いいえ、気にしないで……って、言ってあげたいのだけれどね。それは無理なの」
そしてフィオは、ずっと俯いていた顔をゆっくりと上げた。
いつもの無邪気さはない。重々しい表情で、俺を見つめている。
「これだけは、言うべきじゃないと分かっているわ。ミツキお兄さまを苦しめることになることも、理解しているの。でも、わたくしたちには、どうしてもあなたが必要だから」
小さな声で、彼女は囁く。
紡がれた言葉に、俺の意思は――揺れた。
「ミツキお兄さまが来てくれたら、救える命がたくさんあるわ」
……それは、そうだよな。
だって俺は、異世界で英雄になれるらしい。
英雄とはすなわち、多くの人を救う人間のことだ。
だから、俺が異世界に行くことで、助かる命がたくさんあるのだ。
想像していなかったと言えば、嘘になる。
でも、それを自覚したら最後。俺は延々と悩み続けることになる。それが分かっていたから、無意識的に気づかないようにしていたのだろう。
そうやって見て見ないふりをしていたのに。
しかし、フィオはそれを許してくれなかった――。