第四十九話 ようやく明かされる異世界事情
フィオがこう言った。
『わたくしたちの世界について、少しだけ話をしたいの』
……気にならなかったと言えば、嘘になる。
実は今まで、彼女たちの事情を詳しく聞いたことがなかった。
こちらが知っていることは『何らかの理由で俺を異世界に連れて行こうとしている』ことだけだ。
異世界がどういった情勢で、フィオたちがどんな立場で、何を目的としているのか、俺は詳細を把握しているわけではない。
(あれ? 知らない、よな? なんか聞いたことがある気もするんだけど……うん、知らないはずだ)
なんとなく知っているというか、話を聞いた感覚もある気がするのは何故なのか。
今まで読んできた異世界ファンタジーとの記憶が混同しているのか。あるいは『夢』でそんなシーンを見たとかなのかもしれない。
ただ、冷静に振り返ってみると、やっぱり記憶がない。
知っている感じがするのは気のせいなので、改めてちゃんと話を聞かせてほしかった。
「わたくしたちの世界は、人間と魔族の間で争いが続いているの」
フィオがゆっくりと語りだす。
その発言は、やっぱり典型的な異世界ファンタジーだったので、さほど驚くことはなかった。
「開戦は100年ほど前のことだったみたい。魔王の封印が解けて、再び活動を始めたの。散り散りだった魔族を統合して、魔王軍という組織を作って人間の世界に侵略してきたわ。それまでは、魔族とは敵対していたけれどちゃんと国境を守ってさえいれば被害はなかった。わたくしたちは平穏に暮らしていたの……でも、魔王の復活によって平和な世は終わったわ。まぁ、そうはいっても、今が戦禍にあるわけではないのだけれど」
「え? 争いの真っただ中じゃないのか?」
「……この世界で言うところの『レイセン』っていうものに近いかしら? 100年の争いのせいで、両軍共に疲弊して今は戦況が膠着しているの。わたくしたちがエルフや獣人など亜人種と同盟を結んだこともあって、魔族も迂闊に手を出せなくなったみたい。おかげでここ二十年は小競り合いだけが続いている状態だわ」
緊張状態だが、緊急性は低い。
つまりは、そういうことなのだろう。
なるほど。だからフィオたちは、俺の勧誘に焦る様子がなかったのか。もし戦禍にあったのなら、一刻も早く俺を連れていきたいと思うはずだ。
「でも、戦争中であることは間違いないの。魔族側も戦力を増強して、人間界に攻め入る機会を探っているわ。いつまでもこの膠着状態が続くわけがない。だから、わたくしたちは戦力として――『異世界人』に頼ることにしたわ」
強大な戦力の増強。
そのために『俺』が必要になったわけだ。
「数百年に一度、異世界人はわたくしたちの世界に来てくれる。その際は大きな戦力として、人間側に協力してくれたわ。魔王の封印も、その当時に転生してきた異世界人に力を借りたわ。今回も魔王軍を倒すのに協力してもらおうと思っていたの。『運命の書』と呼ばれる預言書にも、異世界人の到来は記載されていたわ」
「――運命の書?」
その単語は、聞いたことがあるものだ。
……女神様が持っていた本。あれがまさしく、運命の書だったはず。
あの本はどうやら、女神様だけが持っているものではないらしい。
「わたくしたち王族の女性にしか読めない本よ……あと、王位継承順位が六位のわたくしが活かされている理由でもあるわ。今現在、運命の書を読めるのはわたくしだけだから」
「……王位継承順位、か」
何やら、複雑な事情も抱えているのだろう。
王族の中で、ドロドロとした内紛みたいなもこともあるのかもしれない。しかし、本題はそこじゃないようで、フィオはこの件について詳しく語らなかった。
「でも、いつまで経っても異世界人は来なくて……仕方なく、わたくしたちは召喚の魔法陣を使用したわ。あれは王族が数百年に一度だけ使用できる特別な魔法陣なの。魔力の充填期間が長い代わりに、異世界の人物を無条件で召喚できるというものよ」
「……あれが、そうだったんだ」
「ええ。その時が、わたくしたちとミツキお兄さまの初対面だったわ」
初めて顔を合わせたのは、召喚されようとしていた時のこと。
だが、あの時は麗奈が俺を元の世界に引きずり戻した。
そのせいで、彼女たちは召喚が失敗に終わったわけだ――。