第四十八話 転生阻止系ヒロイン
そういえばそうか。
今日一日で、異世界の三人からそれぞれのやり方で『異世界に来ないか』と誘われた。
フィオはチートスキルの詳細や、富や名声を条件として提示した。
ヘイムは魔法について色々と教えてくれてから、形式上ではあるが『異世界に来てくれないか』とお願いされた。
セーラは俺を賭けて麗奈と殴り合いをした。もし彼女が勝利していれば、俺は異世界に行くことになっていたのだろう。
だが、全てが失敗しているわけで。
思い返してみると……ことごとく、麗奈が勧誘を防いでいたように思う。
チートスキルの詳細を知った時はワクワクしたが、麗奈の手料理を食べて『異世界に行きたくないな』と思わされた。
富や名声を提示されても、麗奈のおかげで物欲や顕示欲が薄いまま育っているので、なびくことはなかった。
ヘイムから魔法について聞いた際は、もちろん楽しかった。異世界ファンタジー好きにとっては垂涎ものの話だったが、麗奈のかわいい寝顔の方が魅力的だったので、異世界には行く気持ちにはなれなかった。
そして今、セーラに対しても麗奈は勝った。勝者の言うことを聞く、というシンプルな決闘を彼女が制したので、異世界に行く理由はもうなかった。
(結局……麗奈が全部理由だなぁ)
殴り合いの後。
汗をかいたのでシャワーを浴びているセーラとヘイムを待つ間、俺はボクシングジムの隅っこでぼーっとしていた。一応、隣にはフィオがいるので軽く話しかけてみたのだが、彼女も何か考え込んでいるみたいなので会話は続かなかった。
結果、俺も色々と考えこんでいるというわけだ。
ジムでは現在、親父さんが複数の子供たちに対してボクシングを教えている。俺たちは見学者だと思われているのかもしれない。さほど気にされている様子はない。
麗奈とセーラはつい数分前にシャワーに行ったので……汗を流すだけだとしても、あとニ十分程度は暇かもしれない。まぁ、それまでゆっくり考えておこう。
(フィオ、やっぱり俺を異世界に連れていく理由がなくて、悩んでいるのかな)
彼女の心情が気になるところだ。
ヘイムの話によると、制限時間は三日だ。既に一日が経過しているので、あと二日も残っていない。今日も既に日が暮れかけているので、実質あと一日と言ったところだろうか。
(でも……ちゃんと断らないとダメだよなぁ)
フィオには申し訳ない気持ちがある。
だが、ここで気を遣ってあげても、異世界に行くことは決断できない。
ここで優しい言葉をかけたところで、結局は無責任でしかないのだ。今……はセーラもヘイムも麗奈もいないので、みんな揃ったときにちゃんと伝えようかな。
そう、考えていた時だった。
「――ミツキお兄さま? 少し、いいかしら」
唐突に、フィオが口を開いた。
さっきは話しかけても反応が薄かったのだが、今は俺の方をジッと見つめている。
まるで、何か覚悟を決めたかのような。普段の無邪気な表情とは違う、どこか憂いのある表情を浮かべていた。
「どうした?」
「あの……わたくしたちの世界について、少しだけ話をしたくて」
異世界についての話を、今やるのか?
できれば、みんな揃ってからの方がいい気がするのだが……しかし、フィオはそう思っていないようだ。
「レイナお姉さまがいないうちに、伝えておきたいの」
なるほど。麗奈がいない方が、たしかに良いのか。
もちろん、俺にとってではない。フィオにとって、都合がいいのである。
「……卑怯でごめんなさい。でも、レイナお姉さまがいると成功できる気がしないわ」
俺もそう思うよ。
彼女がいたら、なんだかんだで話が全部麗奈に収束する。どんなに異世界の話をされても、だ。
それだけ、彼女は特別な存在なのである。
だからこそ、俺もフィオに対して申し訳ない気持ちもあった。
だって、彼女たちは真剣なのに……俺はいつも、受け身ばかりで。
麗奈を理由に、三人の気持ちから逃げてばかりだ。
だからこそ、向き合おうと思った。
一生懸命なフィオから逃げるなんて、そんな情けないことをやるわけにはいかなかった――。