第四十七話 人権をあげるって言わないで
「――見事! 麗奈も、友達も、いい戦いだった……二人とも、一緒に世界を目指さないか!? 儂がお前らをチャンピオンにしてやるぞ!!」
親父さんは興奮していた。
熱いバトルに感化されたのかもしれない。リングのロープに張り付いて大声を張り上げている。
それがうるさかったのだろう。
一人娘の麗奈が、ちょっとだけ嫌そうに顔をしかめていた。
「お父さん、やめてっ。これはちょっとしたお遊びだから」
「しかし、才能がもったいな――」
「あんまりしつこいと、夕ご飯にピーマン入れるよ?」
「……ガハハ! 今のはなしだ。ちょ、ちょっと儂は用具の準備で席をはずそうかなぁ。いやー、忙しいのでなぁ」
そして親父さんは去っていった。
いかつい見た目なのにピーマンが大嫌いなんだよなぁ。しかし麗奈の手前、残すことはできないので毎回必死の形相で食べているらしい。
閑話休題。
とにかく、今回の戦いは麗奈が勝った。
……いや、待て。
なんで麗奈が勝つんだよ……!
(れ、麗奈って普通の女子高校生だよな? ちょっとボクシングの才能があるだけの一般人だよな? な、なんで異世界の女騎士に勝てるんだよ!!)
異常すぎる。
たしかにセーラは、この世界で十全の力は発揮できていないだろう。魔法や剣も使えなくて戦闘スタイルも違ったはずだ。しかし、それでも彼女は戦い慣れしているはずで……少なくとも、どこにでもいるような女子高校生に負けるわけはないのだ。
「……セーラが負けたわ」
フィオも驚いていた。目を真ん丸にして麗奈を見つめている。
彼女にとっては近衛の騎士だ。つまり、フィオの関係者の中でもセーラは群を抜いて強い存在だったのだろう。それを打ち破った一般人(自称)に驚くのも無理はない。
「ふぅ。初めて、本気で戦えたかも」
麗奈は満足そうな表情で額の汗を拭っていた。
全力を出したからなのか、彼女は息が荒かった。たった五分なのに汗だくである。
俺も子供のころに少しだけやったことがあるから分かる。ボクシングはたった数分のスパーリングでさえ信じられないくらいきつい。試合ともなると、更に体に負担がかかる。
でも、今まで麗奈が汗をかいているところさえ見たことなかったので……今のように肩で息をしているところを見るのは、初めてだった。
それだけ、セーラが好敵手だったということだろう。
「フハハ! それは何よりだ。レイナよ、やっぱり貴様は強いな」
一方、リングの上で両手を広げて仰向けになって倒れているセーラも、息を切らしていた。彼女も滴るほどに汗をかいている。
そして二人とも、スッキリしたような表情を浮かべているのも印象的だった。
まるで、喧嘩を終えて遺恨がなくなったかのように、清々しい表情である。
「セーラちゃん、ありがとう。楽しかったよ」
「……敗北は初めてだ。これを最後にしたいものだな」
え、そうなの?
いや、まぁ……そうか。彼女の戦場は、正真正銘の命のやり取りだ。
敗北は最後。それは死を意味するので、敗北なんてあってはならない。
そう考えると、なおさら麗奈の異常性が際立った。
あの子は何者なんだろう。ただ身体能力が高いだけの普通の女子高生……にしては、色々と気になる点が多すぎる。
でも、それを考えたところで、答えは出ない。
……今はこの件については、おいておこうか。
ひとまず、麗奈が勝負に勝った。
それが意味することとは、つまり――
「ミツキ殿を異世界には連れていけないな」
「うん。連れて行かせたりなんてしないよ?」
今回の戦いで麗奈が負けたら、俺が異世界に行くことになっていた。
もちろん、セーラが勝っても俺の意思としては前向きじゃなかったので、もしそうなったらどうしようかと考えていたが……それは杞憂に終わって良かった。
「あと、セーラちゃんの人権は光喜くんのものね」
「ああ。ミツキ殿、好きにしてくれ! 煮るやり焼くなり、自由にして構わん」
「そんなことするわけないだろ!」
あと、人権をあげるって言わないでくれ。
思春期の男子としては、どうしてもスケベな方向にしか物事が考えられない。
知り合いにそんな妄想をするのは抵抗があるので、この件についてはなるべく考えないようにすることに決めた。
と、いうわけで。
これで、俺を賭けた争いはひとまず幕を閉じたのだが。
「……困ったわ。これで三人とも勧誘は失敗かしら」
フィオが、そんなことを呟いていたのが引っ掛かった。
いつもの無邪気な表情ではない。何か思いつめるように、彼女はぼんやりと虚空を見つめていた――。