第四十六話 異世界の女騎士に勝つ系幼馴染(正統派)
麗奈は幼少期に親父さんからボクシングの英才教育を受けている。
しかも、元々才能があったこともあり、同世代に負けたことは一度もない。これは女性だけに限らず、男性を相手にしても――だ。
もちろん、彼女は小学校の卒業を機にボクシングはやめたので、それ以降の実力は分からない。だが、あの当時は本当に無双していて、親父さんが『娘は世界を獲る』と豪語していたくらいだ。
ボクシングをやめて三年以上経過しても、やっぱりその実力に衰えはない。
麗奈が一歩、踏み込んだ。
「ふっ!」
そして俺は、彼女を視認できなくなった。
いや、残像は見えているのだが、ステップが早すぎて俺には視認できなかった。麗奈ってやっぱりおかしいだろ。
『ズドン!!』
先ほどより大きな打撃音が響く。
次に見えた時には、もう麗奈がセーラのボディに一撃をぶち込んでいた。先ほどは手加減していたようだが、今度は本気の一撃だったのだろう。セーラの足が一歩、後ろによろめいた。
だが、倒れてはいない。
「いい打撃だ。思わず呻きそうになった」
「……呻きそうになっただけ、ね」
やっぱりセーラは平気なのだろう。
相変わらず表情は笑っている。麗奈の実力を目の当たりにしても怯んでいない。むしろ、楽しそうだ。
「硬いなぁ。セーラちゃん、いい腹筋してるね」
「ふっ。トレーニングの賜物でな……自分の肉体には誇りを持っている」
と、言葉を交わした直後。
セーラが不意を突くように、麗奈のボディに拳をぶち込んだ。
お返しと言わんばかりの一撃である。
しかし、負けじと麗奈も耐えた。彼女もうめき声一つ漏らさずに、しっかりと受け止めている。
「今、何かした?」
「――面白い。レイナよ、やはり貴様は面白い!!」
セーラが興奮していた。
戦いが好きなのだろうか。嬉しそうに声を弾ませている。麗奈もなんだかんだ血がたぎっているのだろう。セーラと似たような笑みを浮かべていた。
そして、俺とフィオはリングの外でそんな二人にちょっと引いていた。
「野蛮だわ……レイナお姉さまには申し訳ないけれど」
「分かる。ちょっとあれだよな……ついていけない」
普段は乙女を自称しているくせに。
今はすっかり野蛮人の顔つきである。二人とも目がキマっていた。
もうここまでくると止めることはできない。
勝負の決着を大人しく待つことに。
「「オラァ!!」」
合図はなかった。
言葉はもう不要。拳で語り合えばいい。
そんなことを目で語り合ったのかもしれない。二人とも乙女にあるまじき怒声をあげて、殴り合いを始めたのである。
キャットファイト?
いや、そんなかわいい響きでは表現できない。
バーサーカーだ。お互いに血肉を喰らい合う、狂戦士だ。
『ドカッ!』
『バキッ!』
『ドスッ!』
『グシャッ!』
『ズドン!!』
しばらく、打撃音だけがジムに響き渡る。
たぶん、二人とも意図的にガードをしていない。顔もお腹も含めて、体全体のいたるところをボコボコに殴り合っていた。
グローブを付けているので、多少は威力を殺せていると思うけど……それにしても、なかなか激しい。
音の大きさを聞いているだけで、顔をしかめたくなった。
そんな状態が、しばらく続いて。
さすがにお互い、全力で殴り合うのはきつかったのだろう。
だいたい五分くらいだろうか。ようやく、二人の大乱闘は幕を閉じた。
「……ふっ。私の負けだ」
そう言って、セーラは膝をついて倒れ込んだ。
勝者は、我らが幼馴染の麗奈だった――。