第四十二話 麗奈ちゃんは負けず嫌い
ヘイムが寝て、一時間くらいだろうか。
ソファに座って、更新された異世界ファンタジー作品のウェブ小説を読んでいたら、麗奈が目を覚ました。
「あふぅ……って、あ」
寝ぼけているのだろうか。大口を開けてあくびをこぼして、それから俺に見られていることに気付いたらしい。慌てて口を隠すように押さえてから、そっぽを向いた。
「やだっ。乙女の寝起きを見ないでっ」
「よだれ出てるぞ」
「見ないで!!」
「寝癖もついてる」
「うぅ……お、乙女の威厳がぁ」
「まぁ、全部嘘なんだけど」
「――ばか。もう、顔を洗ってくるねっ」
麗奈はほっぺたを膨らませてかわいく怒っていた。たまにからかうとリアクションが面白いんだよなぁ。
と、麗奈とオシャベリしていたら、家のドアが『バンッ!』と勢いよく開け放たれた。
「ミツキ殿! ミツキ殿はいるか!?」
荒くれ者のような登場をしたのは、ポニーテールがよく似合っているセーラだ。
どうやら買い物から帰ってきたらしい。
「セーラ? 乱暴にしてはいけないわ。扉を壊したら大変よ」
隣にはフィオもいた。昼に俺の勧誘を失敗して以降、少し元気がなかったのだが……時間が経過したおかげか、今は普通そうに見える。彼女のことも心配していたので、落ち着いたのなら良かった。
「どうしたんだ?」
「ミツキ殿! 実は折り入って頼みがあるんだが、いいだろうか」
「内容による、としか」
別に警戒しているわけではないけど、流石に内容も知らずに頼みごとを聞くのはできない。
詳しく聞いてみたところ、
「――景品になってくれ!」
「……???」
意味がまったく分からない。景品ってなんだろう。
「セーラ、落ち着いて。ミツキお兄さまがまったく理解してないわ」
フィオが暴れ馬を制御するかの如く、セーラの背中を優しく叩いている。
そのおかげなのか分からないが、すぐにセーラが説明の言葉を足してくれた。
「ミツキ殿。私は武人なのでな、難しいことを考えるのは苦手だ」
「うん、知ってる」
「分からなければ殴ればいいと思っている」
「意外性はないよ」
「だから、ミツキ殿。私は、戦う」
「……フィオ、どういうことか教えてくれ」
ダメだ。言語は通じているのに、会話ができない。
そしてセーラはどうも興奮しているようで、いつも以上に会話が成り立たなかった。たぶん、この話もフィオと相談して決定したことだと思うのだが……なんでそんなに気合が入っているのか。
「はぁ……そうね、わたくしが最初から説明するべきだったわ」
「姫に手間をかけるわけにはいきません! 私にお任せを!!」
「任せたせいでミツキお兄さまを混乱させているわっ。とりあえずセーラは落ち着きなさい……こほん」
かわいらしい咳ばらいをした後。
フィオが、セーラの言いたいことを要約して教えてくれた。
「ミツキお兄さまの勧誘、どうすればいいのかわたくしたちは悩んでいたの。事前に一人一回ずつ交渉しようってことを決めていたのだけれど、わたくしは失敗したわ。次のヘイムもどうせやる気がないし失敗したでしょ?」
「うん。断ったよ」
「やっぱり……それで、最後はセーラの案を試す番なの。でも、彼女は難しいことを考えるのが嫌いだから、シンプルにこう決めたらしいわ」
つまり、セーラが考えた勧誘の案についての話に繋がるようだ。
はたして、彼女はどんな策を思いついたのか。
「――ミツキお兄さまをかけて、レイナお姉さまと戦う。だから、ミツキお兄さまには勝者側の『景品』になってほしい、ということらしいわ」
……な、なるほど!
景品という意味がようやく理解できたのは良かった。
でも、それが受け入れられるかどうかは別なわけで。
「さすがに、それは……」
もちろん乗り気ではない。
まるで決闘のようなやり方である。現代では受け入れられない考え方、だったのだが。
「ふーん。わたしに勝てると思ってるんだ」
……忘れていた。
うちの麗奈は、大の負けず嫌いだった!
「上等よ。光喜くんを景品に、戦おっか」
顔を洗って戻ってきた麗奈も、話を聞いていたらしい。
指の骨をポキポキと鳴らして、やる気満々だった――。