第三十七話 一時のファンタジーより、永遠の幼馴染
麗奈の手料理を食べたおかげで、異世界に行きたいと揺れていたメンタルが落ち着いた。
所詮は一時の興奮だったらしい。完食したころにはもうすっかり冷静になっていた。
だからこそ、しっかりと首を横に振れたのだろう。
「そういえば、ミツキお兄さま? 先程の質問の回答をもらってもいいかしら……一緒に、異世界で冒険してみたいわ」
フィオが純粋な目を向けてきたので、少し申し訳ない気持ちはあったが。
しかし、ここで気を遣っても仕方ないので、ハッキリ言うしかないだろう。
「たしかにスキルは強そうだけど……冒険はやめておくよ」
「――やっぱりそうだよね~」
そう伝えると、隣に座っていた麗奈が分かりやすく目を輝かせた。
俺が断ったのが嬉しかったのだろう。ご機嫌な様子でニコニコと笑っていた。
「光喜くん、英断だよ。一時のファンタジーより、永遠の幼馴染。わたしを選んでくれてありがとう♪」
「むぅ。ま、まだそう決まったわけではないわっ」
「ほんとかなぁ? フィオちゃん、残念ながらわたしと光喜くんは運命の糸で結ばれているの。だから、諦めることも時には肝心だよ?」
麗奈が勝ち誇っている。むくれるフィオの頭をよしよしと撫でていた。
一方、フィオも簡単に引き下がる様子はない。麗奈に撫でられながらも、一生懸命打開策を考えているようだ。
「えっと、えっと、えっと……そうだわ!」
しばしの熟考の後。
何かを思いついた様子のフィオは、俺に向かってこう告げた。
「――異世界に来たら、富と名声がミツキお兄さまには与えられるの。英雄の特権で貴族階級に属するから、優雅な一日を過ごせるわ。広いお家に住んで、豪華な食事をして、人々に称えられる上に、領地まで与えられるの」
ファンタジーという体験がダメ。
なら次は、分かりやすい物欲を……と、いったところかな。
金銭欲、承認欲、顕示欲……異世界に行けば、それらが一気に満たせる。
人によって、その報酬はとても大きなものになるだろう。
しかし、俺には不要なものだった。
「うーん。別にそういうはいいかな……貴族になるとか、あんまり興味ないし」
あるいは、ファンタジー欲よりもこの誘惑の効果は小さいだろう。
だって、俺にそういった欲望が希薄なのだ。
「……ほ、本当かしら? 強がりとかではなくて?」
フィオは驚いている。
深紅の瞳を真ん丸にしていた。心から理解できない、と言いたげな表情である。
「貴族になれるのよ? 富と名声が与えられるのよ? 興味がないなんて、信じられないわ」
「いや……贅沢したいと思ったことがないんだ。普通に生きられたら、それで十分かなって」
「光喜くん、小さいころからこんな感じなんだよね。そういうところも、わたしは大好きだけど」
まぁ、麗奈のせいでもあると思うんだけどな。
幼いころから彼女もまた、こんな感じで俺のことを認めてくれていた。
承認欲求と顕示欲は、彼女に満たされていると言っても過言ではないのだろう。それに加えて、麗奈の手料理が美味しいし、家事も全般やってくれるので、不自由を感じたことが一度としてない。
今がとても幸せで、だからこそこれ以上生活レベルを上げることに興味が持てないのだ。
「……初めてだわ。英雄になれるほどの才能のある人が、こんなに――」
あれ? フィオの驚き方が、少し異常だ。
びっくり、なんて言葉の表現では足りない。彼女は動揺しているようにすら見えてしまう。
よっぽど、俺の発言が信じられないようだ。
(異世界の価値観とこの世界の価値観が違うのか)
恐らくは、考え方の違いだ。
もしかしたら、異世界では富と名声を不要という考えそのものが存在しないのかもしれない。
それほどまでに、上昇志向の世界なのだとすれば……それこそ、俺とは相性が悪そうだ。
やっぱり、異世界に行く必要性は感じなかった――。
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