第三十三話 規格外のヒロイン
「分からない、としか言えませんね」
麗奈の正体について聞いてみても、やっぱり女神様は何も教えてくれなかった。
いや、この言い方だと彼女が情報を隠しているみたいになるか……正確には、女神様ですら麗奈について『何も知らない』ということらしい。
「ご期待に沿えず、申し訳ありません。私も、可能であれば教えてあげたいのですが」
そう言いながら、女神様は分厚い本のページをすさまじい速さでめくっている。
たぶん、麗奈に関する情報を探してくれているのかもしれない。その様子は演技にも見えないし、嘘をついているようにも思えない。
本当に女神様は何も知らない、と俺は判断している。
だって、今の出来事を俺はどうせ忘れる。何か知っているのなら、隠す必要もないだろう。どうせ記憶に残せないのだから。
「これで『運命の書』に記されていない、とか特別な事情があればまだ考察の余地も生まれます。ただ、彼女の運命は他の大多数の人間と同じように記されていて、特別な表記も一切ないのです」
記録上は『普通』そのもの。
しかし、彼女は見るからに普通じゃない。
その矛盾が、余計に混乱を生んでいる。
「麗奈の運命って、どうなってるんだ?」
「高校を卒業後、近所の大学に進学。卒業後は保育士の道を歩み、結婚して、子供を授かり、幸せな家庭で子育てに励み、老後は小さな土地を購入して畑作をするそうです」
「そっか。麗奈らしい人生だなぁ」
とても幸せそうで、なんだか安心した。
やっぱり、俺にとって彼女は大切な人なのだろう。彼女の人生がありふれた幸せに満ち溢れていることが、すごく嬉しい。
ただ、その一方で……やっぱり不自然だとも思ってしまった。
「麗奈は俺の異世界転生を阻止しているけど、それって普通の人間にできることなのか?」
「自分の運命なら変えることは可能です。しかし、他人の運命となると……普通の人間にはできませんね」
記録と実体が違う。
表記上は普通なのに、実際は異常。その矛盾を、どう認識していいか分からない。
「そして、光喜様の運命も不安定なものとなっています。運命の書がこうも記述を変えることなんてないので、私も困惑していて……どうなるのでしょうね」
神でさえ、予測ができない。
麗奈の意思によって、運命が大きく変わる。
まさしく彼女は『規格外』の存在だった。
「一番不自然なのは――あなたの幼馴染の記録に、光喜様の記述が一切ないことです」
「……だから、結婚相手の詳細を何も言わなかったんだ」
少し、気になっていたのだ。
だって、仮に麗奈が俺と結婚するなら、この場で言ってもいいだろう。
何せ俺は、ここで知る情報を現実に持ち越せない。何も不都合はないはずなのに、女神様は麗奈の結婚相手について何も詳細を言わなかった。
それは意地悪や何か思惑があったわけではなく、単純に記載がなかった……ということらしい。
「私自身も、気になっています。どうして彼女は女神である私に酷似していて、他人の運命を変えることができるのに、記録上は普通の存在でしかないのか……」
それから、女神様は小さくため息をついた。
考え込んでも仕方ない。そう言わんばかりに優しく微笑んで……女神様は、俺をギュッと抱きしめた。
「そろそろ時間です。これ以上は光喜様の精神に負担をかけますね」
「……色々教えてくれてありがとう。まぁ、全部忘れちゃうけど」
「うふふ。それでいいのですよ。全部忘れるから、私も気兼ねなくお話ができますから」
柔らかい体に包まれると、不思議と気持ちが落ち着いた。
そっと目を閉じて、女神様に身を預ける。
すると、少しずつ体が浮いていくような感覚になった。
「それでは、また今度。光喜様の運命を、ここから見守っています……愛していますよ、心より」
……あれ?
なんだか、女神様の様子が少しおかしい気がする。
目を開けて、彼女の表情を見ようとした。
でも、その前にもう女神様は俺を現実に送り返したようだ。
「――あなたとこうして笑い合える時間を、私は何よりも美しく思います」
その言葉の意味を、聞くことはできずに……俺の体はどこかに落ちていった。
もう何も見えない。真っ白い空間にはいない。
そして意識を取り戻した時、俺は今の出来事を全部忘れるのだ――。
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