第二十八話 イチャイチャパートも大切
――カレーは大好評だった。
「すごい。寸胴で作ったのに、全部なくなっちゃった」
「セーラがたくさん食べてたからなぁ」
もう三人は帰宅していて、今は後片付けを行っている最中である。
麗奈と一緒に洗い物をしながら、二人で軽く雑談を交わしていた。
「やっぱりカレーって大量に作ると美味しいんだね」
「そうらしいな。給食のカレーが美味しいのも、同じ理屈らしいぞ」
「お野菜とか食材をたくさん投入するから、その分の旨味が出るんだろうね~」
俺の住むアパートは、キッチンが狭い。一人暮らし用なので当たり前なのだが……そのおかげで、麗奈との距離がいつもより近かった。
少し動くたびに、体が当たる。しかし麗奈は気にせず洗い物を続けている。
もう、僅かな接触程度で照れるような関係性ではない。
何せ小さいころから、ずっと一緒なのだ。
そんなことを考えて……ふと、過去の記憶が蘇った。
そういえば、初めて麗奈が俺に料理を作ってくれたのは『カレー』だったな、と。
「……麗奈、本当に料理が上手くなったよな」
「え? い、いきなり褒めてどうしたの? 褒めても愛情しか出ないよっ」
愛情が出るなら十分だと思うのだが。
接触程度では照れないが、ちょっと褒めたらこれだ。顔を赤くして嬉しそうに笑う麗奈は、未だに純粋でかわいかった。
「初めて料理を作ってくれた時のことを思い出したんだよ。ほら、あの時もカレーだったから」
「あー……たしか小学四年生の頃だったよね? 初めて作ったけど、水っぽくてちょっと失敗したのは覚えてるなぁ」
うん。水分の量が多くて、普通のカレーを作るつもりだったのにスープカレーになっていた。
「しかも、食材もうまく切れてなくて、野菜がすごく大きかったのを覚えてる」
「よ、よく覚えてるね。わたしは忘れちゃってるのに……たぶん、恥ずかしすぎて記憶から消してるかも」
恥ずかしがる必要はないのに。
俺は幼いころに両親を亡くしていたので、誰かの手料理を食べたことがなかった。
あの当時は保護者の叔母がこの家に住んでいたが、あの人は多忙でほとんど家にいなかった。だから食事はいつもコンビニのごはんだったのである。
そんな俺を心配して、麗奈がごはんを作ってくれた。
誰かの手料理を食べたのはすごく久しぶりで、嬉しかった。だから記憶に残っているのだろう。
「あ、でも……光喜くんが『おいしい!』って言ってくれたのは、よく覚えてるよ。それで料理を作るのが楽しくなったもん」
あれ以降だ。麗奈が毎日のように我が家に来て、料理を作ってくれるようになったのは。
最初はレパートリーも少なかったし、簡単なメニューばかりだった。しかし、毎日作っていたからか。いつしか彼女は料理上手になっていて、今ではすっかり胃袋を握られている。
もう、外食をしても物足りない体になってしまっている。
それだけ麗奈は料理上手で、しかも俺の好みの味つけをしてくれるのだ。
「……異世界に行ったら、わたしの手料理は食べられなくなっちゃうからね?」
「それは、辛いなぁ」
「えへへ。辛いと思ってもらえるレベルになれるよう、頑張ったもん」
彼女は意外と強かだ。
常々公言しているのだが、彼女は料理に手をかけるのは『俺の胃袋を掴むため』らしい。
「わたし以外の女の子の料理で満足できない体にしたかったからね~」
「作戦は成功してるな」
「うん。でも――数ヵ月なら我慢はできるよ」
彼女はそう言って、小さく笑った。
その笑顔は、どこか寂しそうだった。
「……わたしに遠慮しなくていいからね」
麗奈はそう呟いて、最後の洗い物を俺に渡した。
水気を切ってから、乾燥用の容器に入れないといけないのだが……その表情を見て、思わず胸が痛くなった。
本当にこの子は、俺を大切に思ってくれている。
だからこそ、自分の感情を押し殺して、優しい言葉をかけてくれていたのだ――。
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