プロローグ 転生<<<<<ラブコメ
――目を開けると、そこは真っ白い空間だった。
「え? ここって……」
上下左右、どこを見ても白。
境界線も距離感もないこの空間は異質そのもので、明らかに現実ではない。
そして、目の前にはとんでもない美女がいた。
「初めまして、見上光喜様。お待ちしていましたよ」
美しく輝く銀髪。全てを見透かしているような金色の瞳。透き通るように白い肌。そして、均整の取れたスタイル。すべてが美しすぎるあまり、人間味を感じない。
もしかして、彼女は――
「女神様、か?」
「あら。お察しがいいですね……はい、女神レイナールと申します」
女神。そして、真っ白い空間ときた。
あ、これは知ってるやつだ。
「もしかして……異世界転生!?」
テンプレすぎるにもほどがある。
異世界ファンタジーは好きだったので、すぐに気づいた。
「うふふ。その通りです、本当にお察しがいいですね」
「そ、そっか。俺、転生しちゃうんだ……」
「はい。運命の書によると、あなたは異世界で魔王を倒して英雄になるそうですよ。転生者に付与されるスキルもあるみたいなので、それを駆使して頑張ってくださいね」
「分かった! 俺に任せてくれ」
正直に言うと、ワクワクしていた。
だって、異世界転生が嫌いな男の子なんていない。
誰だって一度はファンタジー世界で無双する妄想をしたことがあるはずだ。少なくとも俺はよくしていたし、異世界系の作品も大好きで、たくさん楽しんでいたくらいである。
だから、今すぐにでも行きたくてうずうずしていた。
「話が早くて何よりです。それでは、この扉を通ってください」
女神様も、俺の興奮を感じ取っているのかもしれない。
優しく微笑んで、手を上品に叩くと目の前に大きな扉が現れた。
ここを通れば、俺は異世界に転生できるらしい。
(あれ? 俺、なんで転生することになったんだろう? そういえば、現世ではどうやって……)
一瞬、何かを思い出しかける。
(あの子のことは、どうすれば――って、痛っ!?)
しかし、その瞬間に頭にもやがかかって、急に頭が痛くなった。
(……まぁいいか! とりあえず、転生してから考えればいい)
そう思って、意気揚々と扉を開いた。
そして見えたのは、異世界の景色。場所は森だろうか……目の前には大きなドラゴンがいた。しかも、ドラゴンは戦闘中で三人の女性と対峙している。それだけでも興奮するのだが、ドラゴンの凶悪さや、戦っている人物がエルフや女騎士みたいな容姿で、そのことにもときめいた。
あそこは本当に、違う世界――ファンタジーなんだ!
そう、強く実感した。
さて、扉を抜けたらまずは何をしよう。最初はスキルの確認からだな。
たぶん、魔王を倒す運命だというくらいだから、もらえる能力はチートで間違いない。それでサクッとドラゴンを倒して、冒険者ギルドに行って――
『……せない』
ん? 何か、声が聞こえたような。
『……行かせない! 異世界になんて、行かせないからね!?』
間違いない。声が聞こえる。
空間に響いた声は、幼いころからずっと聞いていた声で……どうして今まで思い出さなかったのか不思議なくらいに、大好きなあの子の声だった。
「あら? おかしいですね、この世界に干渉できるはずないのですが」
女神様は不思議そうな顔をして虚空を見つめている。
どうやら、声は俺だけではなく、女神様にも聞こえているみたいだ。
「光喜様。お気になさらず、お行きください。大好きな異世界ファンタジーが、あなたを待っていますよ」
「う、うん。そうなんだけど……」
足は、止まっている。
あと一歩前に進めば、俺は夢に見ていた異世界に行ける。
だが、声を聞いて急に動けなくなった。
その直後である。
『わたしの大好きな光喜くんを、異世界になんて渡さない!』
ひときわ大きな叫びと同時。
ドンッ!と大きな音が響いて、真っ白い空間に大きな亀裂が入った。
「これは……どういうことでしょうか」
女神様も動揺している。
異常事態のようで、亀裂を見て呆然としていた。
「なぜ、ただの人間が神の創造した空間に亀裂を――」
『光喜くん、危ないから行ったらダメだよ!』
ドンッ!
さらに大きな音が響く。そして、亀裂の隙間から人間の手が伸びてきて、俺の体をガシッと掴んだ。
「光喜様!? まずいです、あなたは異世界に行く運命で――」
『ダメ! 光喜くんはわたしが幸せにしてあげるんだから、異世界になんて行かせないからね!?』
そして現れたのは――女神様によく似た、銀髪の少女。
しかし女神様よりは幼く、スタイルも細い。子供の頃の女神様、のような見た目で……俺が世界で一番かわいいと思うあの子だった。
「麗奈?」
麗奈……彼女は、霊道麗奈だ。
なんで今まで忘れていたんだろう。誰よりも大切に思っている、この子の存在を。
「ふぅ……意外と、殴ればなんとかなるものだよね」
「お前の拳はどうなってるんだ」
ボクシングジムの一人娘と言えども、さすがに異常すぎる。
でも麗奈って天才らしいからなぁ。殴り合いは可愛くない、とかいうふざけた理由でボクシングはやめているけど。
「あ! で、でででもほら! 怪我しちゃった♡ わたし、かよわい乙女だなぁ」
「かすり傷だけどな」
空間を殴って壊す、という概念がそもそも分からない。
一応、硬さはあったのだろう。麗奈の拳には申し訳程度の小さな傷がついていた。
「とにかく、良かった。間に合った……今日は学校だから、そろそろ起きないと遅刻しちゃうもん」
「いや、でも異世界が……」
「異世界なんて行ったら危ないよ? 剣と魔法で戦ったりするのって、すごく怖いと思うの。怪我だってするかもしれない! 光喜くんは痛いの苦手だよね?」
た、たしかにそうだけどっ。
しかし、ファンタジーなら怪我くらい当たり前で……いや、まぁ痛いのは嫌か。
「大丈夫! 異世界に行くよりもわたしが幸せにしてあげるから」
麗奈はニッコリと笑って、俺を抱っこした。いわゆるお姫様抱っこの状態で、亀裂の方に向かっている。
「これはこれは……どうしましょうか。変な展開になってしまいました」
そんな俺たちを見て、女神様は困り果てていた。
眉の根を下げて、むむむと唸っている。だが、こちらに手を出そうとはせず、ただただ見守っていた。
「光喜くん、ここを通り抜けたら現実に戻れるからね」
「い、いいのか? 異世界に行く流れだと思ってたんだけど」
「異世界……行きたいの?」
「まぁ、行けるなら行きたいとは思ってるけど」
「でも、わたしとラブコメした方が絶対に楽しいよ? ほら、こんなにかわいて綺麗でおっぱいが大きくて性格も良い上に、光喜くんのことが大好きな女の子なんて、わたし以外にいないと思うけど」
「――たしかに!」
自分で自分を褒めまくっているところが少し気になるが。
それでも、麗奈以上の美女なんてどこにも存在しない。
女神様ですら同格だ。というか、二人の顔が似すぎてほとんど同じなので、比較なんてできないのだが。
「そういうわけだから……帰ろっか。異世界が好きなのはわかるけど、今日は数学のテストがあるんだから、ちょっと早めに登校して復習しないとね」
まるで、公園で駄々をこねている子供をあやすかのように。
俺を抱きかかえた麗奈は、当たり前のような顔をして亀裂に入っていく。
「ああっ。行っちゃいますよ、英雄が……どうしましょうか? うぅ、どうしたらいいんですかぁ」
女神様は後ろであわあわするばかりで、何もできないようだ。
なんか気まずいので「バイバイ」と軽く手を振った瞬間、麗奈と俺の足元がなくなった。
数秒、まるでジェットコースターに乗っている時のような浮遊感が続いた後。
そして俺は――目が覚めた。
「あ、起きたの? おはよう、光喜くん」
まず見えたのは、神々しい金色の瞳。
そして、眉毛付近でまっすぐ切り揃えられた、ぱっつんの銀髪である。
幼馴染の霊道麗奈が、今日も俺の寝顔を眺めてニコニコと笑っていた。
うーん。やっぱりこいつって、女神様に似ているようなぁ。
って、そうだ。女神様はどうなった!?
「……麗奈! 俺たち、白い空間にいたよな!?」
「え? 何それ、知らないけど」
「知らない? えっと、あれ……?」
麗奈はきょとんとしている。
知らないふりをしているわけではなく、俺が何を言っているのか本当に分からないと言わんばかりに、目をぱちくりとしていた。
「変な夢でも見たんじゃないの?」
「夢……あー、夢か」
たしかに、夢と言われてみればそうか。
何の脈絡もなくいきなり白い空間に立っていて、女神様から異世界に転生する運命だと言われた。
だけど、いきなり幼馴染が空間に侵入してきて、強引に連れ帰されたのである。
まさしく夢みたいな出来事だったのだから、そう考えるのが自然である。
しかし、それにしても……生々しいというか、鮮明に覚えているんだよなぁ。
まるで、先ほど本当に経験したかのような気がしていた。
「ほら、変なこと言ってないでそろそろ起きて! 今日は数学の小テストがあるんだから、早めに登校して復習しないとね」
そう言って、彼女は俺の布団を引き剥がす。
もうすっかり眠気もなくなっていたので……俺はゆっくりと体を起こした。
さぁ、今日もまたいつもの日常が始まる。
血沸き肉躍るような、異世界ファンタジーではない。
もう十年以上も続けている、かわいすぎる幼馴染との日常ラブコメが始まろうとしていた。
でも……今日は少しだけ違和感があった。
「お布団、畳んじゃうね」
「あ、うん。ありがとう」
そう言って、俺の布団に手をかけた麗奈の拳には……小さなかすり傷があった。
あの真っ白い空間を壊した際に、彼女は拳をケガしていたはず。
「麗奈? その傷って、なんで……」
「傷? え、傷って……あらら、本当だ。寝ている時にどこかに打ったのかなぁ」
だが、そのことを聞いても麗奈は首をかしげるだけだった。
幼馴染だから、分かる。彼女は嘘をついていない。
しかし、何かがほんの少しだけいつもと違う。
そんな気がした――
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
「面白かった!」と思っていただけたら、ぜひ感想コメントを残してもらえると嬉しいです!
『ブックマーク』や下の評価(☆☆☆☆☆)で応援していただけると、次の更新のモチベーションになります。
これからもよろしくお願いします(`・ω・´)ゞ