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とあるTCGガチ勢の対戦記録

作者: 虫兵衛

少年は静かに指定された席へと着く。

少し古びたパイプ椅子がぎしりと悲鳴を上げるがそんな事を気にする余裕はない。

プレイマットを卓上に広げ、黒のスリーブに包まれたデッキを手際良くシャッフルしていく。


「カットお願いします」


「こちらもお願いします。横入れ大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です」


「ありがとうございます。こちらも大丈夫です」


対戦相手のデッキを手に取り、慎重にシャッフルする中でチラリと相手のシャッフルを覗き見る。見る限り、こちら以上に慣れた様子でシャッフルをしており、その手つきは丁寧でありながらも無駄がない。

いかにも手強そうな相手と一戦目から当たってしまった事に少年は焦りを抱きつつもシャッフルを終了させ、お互いにデッキを返却する。


『それでは1回戦開始してください!』


開始の合図と共に挨拶を交し、素早くジャンケンで先手を決める。

今回は少年の勝ち。

基本的にカードゲームで先攻は有利な事が多いが、この“ソウルマスターズ”においてもそれは例外では無い。

相手よりも1歩先にリソースを確保出来るという事はそれだけのアドバンテージとなり、時として理不尽な決着すら生み出す。

詰まるところ、ジャンケンから既に勝負は始まっているのだ。


「それでは先攻を貰います。ドロー、チャージして1コストで〈燃焼〉を発動。対応ありますか?」


「通します」


少年の発動した〈燃焼〉に対戦相手の表情が曇る。


このカードゲーム、ソウルマスターズではチャージしたカードからコストを支払ってモンスターやスペルといったカードが使用出来る。

俗に土地やマナと呼ばれる概念だ。


基本的にこの手のリソースはゲームを進める上で重要な要素の一つだが、〈燃焼〉は墓地を3枚増やす代償としてチャージしたカード1枚も墓地に送らなければならない。

つまり望みのカードが墓地に落ちなければ、次のターンも1コストのカードしか使えない。

まさにハイリスクハイリターンなカードと言えるだろう。

しかし、ハイリスクもデッキ構築によってローリスクへと塗り替えるのがカードゲームの面白さだ。


「それでは効果を解決します。チャージしたカードを破壊して山札から3枚墓地に送ります。そして墓地に送られた〈不発弾〉の効果が誘発」


「通します」


「では〈不発弾〉の効果で3点をプレイヤーに与えて除外。ターンエンドです」


幸先は順調。

墓地バーンと呼ばれるデッキを使う少年にとって理想的な動き出しだった。


「ターン貰います。ドロー、チャージしてエンド」


対戦相手はポーカーフェイスを崩さないが、少年は密やかに笑みを浮かべる。

墓地バーンは環境TOP、Tier1と呼ばれるデッキの筆頭。

低コストの墓地肥やしと墓地に送られる事で起動するカードを組み合わせた理不尽な速攻は最早芸術。

20点という互いに与えられたライフを速やかに、しかし不平等に焼き焦がす墓地バーンは多くのプレイヤーに嫌われながらも現環境最多の入賞率を誇っていた。


「ではドロー、チャージして墓地の〈燃焼〉を対象に1コストで〈猿真似〉を発動。〈燃焼〉の効果をコピーします。対応は?」


「……無しです」


ここに来て再びの墓地肥やし。

相手からすれば溜まったものではないが、少年にとってはまさしくブン回りと言える最高の動きだ。


「それでは再びチャージされたカードを破壊して山札から3枚墓地に送ります。そして墓地に送られた〈悪魔の種火〉と〈火事場泥棒〉を起動」


ここで〈火事場泥棒〉が決まれば次のターンで確実に残りライフを削り切れる。

そう思いながらもそれを見逃す程、相手が甘くはない事を少年は理解している。


「対応します。手札を1枚捨てて〈緊急停止〉を発動。対象は〈火事場泥棒〉で」


ターンを問わず1コスト支払い、手札1枚を捨てることで2コスト以上の呪文カードが持つあらゆる効果を1つ無効にする〈緊急停止〉。

妨害として余りにも優秀なカードだが、裏を返せば止められるカードはたった一つしかない。


「対応ありません」


「では〈火事場泥棒〉の効果は無効にします」


「了解です。では〈悪魔の種火〉の効果を解決してお互いの山札から2枚墓地に送り、その後全てのプレイヤーに2点を与えて除外」


お互いにライフを焼かれ、墓地が増える。

対戦相手の墓地に落ちたカードは〈極凍神殿〉と〈凍撃ペンギン〉。

チャージされたカードからある程度の予測を立てていた少年だが、ここで相手のデッキが完全に露呈した。


対戦相手のデッキは〈極凍ペンギン〉。

妨害を得意とするデッキであり、墓地バーンのメタとして誕生した新参者。

肝心の墓地バーンへの勝率は配信者や有名プレイヤーによると6割強とされ、環境を焼き焦がす不埒者に制裁を与えんと昨今活躍の場を見せている。


だが、カードゲームにはこんな言葉もある。

『メタる側よりメタられる側の方が強い』

そんな言葉を体現するかのような圧倒的な上振れが氷点下の世界を煉獄へと変えようとしていた。


「……マジか」


〈悪魔の種火〉によって墓地に送られた2枚のカード。

それは〈魂の再燃〉と〈火柱〉。

どちらも墓地に送られる事で誘発する効果を持つカードであり、このターンでライフを焼き尽くすという宣言に他ならない最高の2枚。


瞬間、少年の頭が熱く滾り全身に鳥肌が立つ。

再現性など皆無に等しければ、最早自身のプレイスキルも関係無い程の引き。

他プレイヤーが見れば、殆どのプレイヤーが対戦相手に同情と憐憫の目を向けるであろう究極の理不尽。


だが、その圧倒的な全能感が少年の心を何よりも熱くさせる。


「〈魂の再燃〉と〈火柱〉の効果を誘発……!対応はありませんよね?」


「……無しです」


「ではまずは〈魂の再燃〉から解決します。手札を全て捨てて、2枚ドロー。続いて〈火柱〉発動前に今捨てた〈不発弾〉の効果を先に使用します。プレイヤーに3点」


これにより相手のライフは残り12。

そして現在の墓地の枚数は13枚。

〈燃焼〉〈猿真似〉〈悪魔の種火〉〈魂の再燃〉によって増やされた墓地が今〈火柱〉となって爆発する。


「そして〈火柱〉の効果発動。墓地のカードを任意の枚数除外してダメージに変換。……12枚除外してプレイヤーに12点!」


計2ターン。

もし〈緊急停止〉を温存して〈火柱〉を無効にしていれば1ターンの猶予が与えられていた。

むしろ使用後、山札をシャッフルしなければならない〈火事場泥棒〉を止めていなければ次ターンの妨害で得意の妨害ラッシュに持ち込めたかもしれない。

そんな後悔を抱きつつも対戦相手は小さく息を吐いた。


これら全て所詮は結果論。

山札から指定したカード1枚を墓地に送る〈火事場泥棒〉を止めるのは墓地バーン相手では定石。

未来を予測出来ない凡人である以上、重大な危険因子を潰すのは当然の帰結だ。

しかし、それ故に負けた。

余りにも残酷な上振れもまたカードゲームの醍醐味であり、勝負事における厳しさの一つと言える。


「ふぅ……対戦ありがとうございました。感想戦いいですか?」


「対戦ありがとうございました!勿論いいですよ!」


「あそこの〈緊急停止〉なんですけど───」


お互いに軽く一礼を済ませた両者は手札を広げ、今回の一戦について語り始める。

理不尽な上振れに轢き殺されただけ、運負けと片付ける事を許さず最適解を模索する対戦相手の姿に畏敬の念を抱きつつ、少年は先程までの盤面を再現し始めるのであった。


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