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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

さよなら人生、またいつかゾンビ

作者: プニぷに

 30XX年、人類は絶滅の危機に瀕している。

 突然変異した未知のウイルス。それは人類にのみ感染し、感染後約24時間で脳に侵入・増殖を始め、脳機能の低下・手足のしびれ・うまく喋れないなどの初期症状を経て最終的に脳死状態になる。


 その生きたまま死に至り、人の姿を保ちながらウイルスの傀儡となる様から、人々は通称ゾンビウイルスと名付けた。が、今となってはその名を発する者の方が少ない。


「……うわっ、気持ちわる」


 何せ分かっている死者数だけで、80億いた人類の半分をゾンビにしたのだ。

 以降はもう世界中の混乱が爆発し、テレビも何も意味をなさなくなった。18歳の僕に残されたのは、このビルのような隔離シェルターと膨大な時間だけ。


 時々ネットにはまだ生き残っている人たちが何かしらの動画や画像、文章などを上げているが、それもいつまでもつことやら。

 僕は今日も外を監視しているカメラの映像を見て、そこに映る凶暴なゾンビたちのおぞましい姿に苦笑する。


 汚らしい見た目。呻くしか出来ないのに、見た目の近しい人類を襲う姿。

 そして男も女も、まるで獣みたいに掴んだ肉にかぶりついている。

 正直、ここから先に何が待っていようとも、あんな風にはなりたくない。


「は~あ、暇だな」


 両親が残してくれたシェルターに一人残されて一年。

 流石の僕も両親がどうなったかは理解できる。二人は医者で、ある意味最も被害の多かった場所だ。でも、そんな二人の収入のおかげで僕は生き長らえている。


 そういう解釈をして心を守り、今日も暇つぶしにシェルターの説明書を読み耽る。

 中で300年も生きられるように設計された設備。驚異の150年保証。まぁ、仮に不備があってもメーカーが対応できる訳が無い。


 僕は説明書をテーブルに置いて、まだ読んでいない本を探しに本棚へ向かった。


***


「うわ~、あんなのよく食うな」


 人類が滅び始めて二年が経ち、19歳になった。

 僕は今日もモニターで外のゾンビを見ながら、レトルトのカレーを口に運ぶ。


 最初は百種類もある味や料理などが楽しかったシェルター生活だったが、好き嫌いなどもあって飽きてきた。むしろ最近は腐っていようが生きていようが口に運ぶゾンビ共に感心すら覚え始めている。


 カメラの丁度正面にはゾンビの家族(?)のような集団がいて、僕は彼らの行動を観察していた。どうせ、それ以外に毎日の生活に変化を与えてくれるものが無いのだから。


 けれど、そんな惰性的な心とは別に、この孤独は僕に新しい思考をもたらした。

 もう使うことも無いと思っていたノートを取り、ペンを走らせる。題名は「人類の愚かさ」なんて、少し哲学めいたことを始めたのだ。


「僕は……社会科が嫌いで、よく先生や祖父母に馬鹿にされた。『先人の知恵や教訓を学べ。いつか自分の役に立つ』――」


 ワザと口に出して書き、記憶への定着とまだ自分がウイルスに侵されていないという安心感を得る。

 もちろん、一人が寂しくて、こうでもしなければ言葉を失うかもしれないなんて不安もあるのだが。


「――でも、そういう立場が上の連中は何を学んだのだろう。学べと、そういう彼らはただ言いたいだけじゃないのか? なんせ、2000年代に三度も滅びかけたこの星と人類に対してずっと一部の人々だけが忠告していた。このままでは駄目だ、すぐに行動しなければ。で、結局何もしなくてコレ。進化ではなく進歩を選び、生物としての成長を失った人類が非生物によって淘汰されそうになっているだなんて、なんとも神様のシステムらしい、素晴らしい配慮じゃないか。子供だった僕には、何もできなかったのに、この結末を僕らに押しつけやがって……」


 書いている途中で怒りが湧く。

 きっと昨日見た動画のせいだ。こんな世界になっても政治がどうとか、先人がどうとか、僕より二回りくらい年上そうな奴が偉そうに。

 僕も大概暇だけど、彼らみたいなのはもっと暇なんだろうな。

 実は脳の構造が一般的な人類とは違っていて、そのせいでウイルスに感染しなかったとか……。


 そんな、悪意しかない思考に気付いた僕はペンを止めて両手で顔を覆ってから大きく深呼吸する。落ち着け、落ち着け。そう自分に言い聞かせ、冷静に自分の状況を推測する。


 これは、きっと孤独と膨大な暇が原因だ。

 心を健康に保つためにも、何か変化や目標を……。ジムもあることだし、何か運動でも始めるか。


「……大丈夫、大丈夫。ふぅ……ッ!?」


 直後、僕は目の前の光景に絶句した。

 ノートに書かれていた文字が、途中から無駄に大きく、そして歪に変化している。

 最後の方なんかはもう赤子が書いたようなグチャグチャな、字ですらない記号のようで、僕は咄嗟にノートを閉じてゆっくりと寝ることにした。


***


 突然の音楽に、僕は驚いてベッドを出る。

 軽快な音楽は僕の心をかき乱し、恐怖させたが、よく聞けばこれはハッピーバースデーだ。


「はぁ、はぁ……そうか、僕の20歳の誕生日……。設定してたんだ」


 瞬間、どうしようもない吐き気にトイレへ駆け込む。

 少し戻して、それからは胃液しか出なかった。薄く黄色い液体がポトポトと便器へ落ちていくたびに、僕の目からも涙が零れる。


 これが再びの喪失感によるものなのか、嘔吐反応によるものなのか、僕には分からない。


*……


 酒は何も解決してはくれなかったけれど、僕の苦しみを先送りにしてくれた。

 これで今日も生きられる。そう思っていたのに、この設備でも酒を造り続けるのは無理だった。数年待つとか、考えられない。どうしてこうなったんだ。


「……んッ! ふぅぅ~~」


 全裸でソファーに座り、監視カメラの映像を確認する。

 右手はカメラのリモコンに、左手は下半身に。ネットの動画や写真など見飽きてしまって、今はなんでもいいからもっと強い刺激が欲しい。変化が欲しい。


 そういう意味でカメラ前に陣取っているゾンビ共は優秀だった。

 基本的に彼らは全裸だし、現代人より色々と肉体的に発達している。

 この前なんか遂に子供を産んでいて、最高に気持ちよかった。ゾンビの子供がどうなるのか、一応は人間の姿をしているけれど、中身はやはりゾンビなのか、かなり気になるところだ。


「いいなぁ~。俺もヤリてぇ~。そうか? 僕はヤダね。だってゾンビだぞ? 普通嫌がるだろ。普通? 何言ってんだお前、今更支配者時代の人間気取りか? 今外へいって人型のアイツラを殺したって、誰が咎めるんだよ。むしろ、ゾンビを殺してくれてありがとうって言われるだろ」


 一人二役。

 大丈夫。僕だって分かってるんだ。これが、おかしなことだって。でも、ジムで足を怪我して以降、これくらいしかやることがないんだ。分かってくれ。お願いだから許してくれ。僕が何をしたって言うんだ。


「ウィヒ、ウィヒヒッ! プルプルプル~!」


 一人には大きすぎるソファーに寝ころんで、全身を震わせる。

 楽しい。何が楽しいのか分からないけれど、笑顔になっている。僕は今、笑顔になっているんだ。だからきっと、これは楽しいことで、僕は何も間違ってない。大丈夫。楽しい。喜びは心にいいことだ。笑うと免疫が上がる。もっと笑うんだ、僕。もっと、もっと笑って生きよう。


………


 今日、朝起きたら暗かった。

 高層階の窓ガラスから真っ暗な世界を見つめるため、僕達はガラスに肉体の正面をくっつける。


「冷たくて気持ちいね」


 下には何かが動いている気がする。きっとゾンビだろう。

 上には星が物凄い数あってビックリした。人類がいなくなれば~みたいなのをどこかで聞いたのか見たのか知らないけど、そうだと思った。


 でも飽きた。

 星は何も変わらない。ずっと見ていたら首が痛くなってきた。



 大きな音がして目を開けた。

 僕は全身にレトルトのカレーをかけて温かく寝ていた気がするのに、不快だ。


 イライラしながらカメラの映像を確認すると、武器を持った人間達が『人類よ立ち上がれ』と書かれた旗を持ってゾンビ達と戦っている。


「うぉー! やれ! いけ!」


 しかし、すぐに気付いた。

 この戦っているゾンビ、僕のカメラの前にいたゾンビじゃないか、と。


 嫌だ。ずっと見て来たんだ。どうして殺されなきゃいけない。

 あの生まれた子だって、最近は女の子らしい体になりつつあって……でもあんなに小さい子も一緒に戦っているのかと、なんだか胸の奥がゾクゾクして、楽しいと思った。


 だから一応笑って、そのあと大きな声でモニターに向かって叫んだ。


「死ね! 死ね! 死ねぇえええええ! ヒーローぶってんじゃねぇええ! お前ら負け組はさっさと死ね! 邪魔すんな!」


 その時、つい勢い余ってリモコンとモニターを破壊してしまった。

 しかも僕の体も血だらけで、これは大変だ。冷静になったボクは冷静に救急箱みたいなのを取ろうとして、でもどこにあるのか知らないから設備に向かって叫んだけれど、音声認識機能すらないなんてふざけるな。じゃあなんだ、俺が悪いのか。こっちは痛いんだぞ。人をこんなにしておいて、なんで僕がこんな目に。


「痛い! めっちゃガラス刺さってる! ……僕は言いました。とても痛いので、ゆっくりと彼が丁寧にガラスを取ってくれます。これで大丈夫ですよ。彼女の胸が当たって、それから僕の血を舐めてくれます。アハ、アハハハハハッ!」


 幸い、刺さったのは手と、既に使い辛くなっていた足だけで、抜くのも簡単だった。

 何せ僕はヌくのが得意だからね、それこそ何年も……何年も? と、すぐに僕は眠たくなったんだ。そういえば誰かに起こされた気がするけど、何だったか思い出せない。

***

「はぁあああッ!? なんでつかねぇんだよ! おい!」


 俺は怒っている。

 僕は言った。

 だから、モニターが壊れてるんだよ。見たら分かるだろ。


「だからなんだよ。じゃあ今日は何でヌくんだよ。なぁ! 何も出来ないくせによぉ! 代案でも言ってから人様に口出ししろ! ゴミ!」


 その時、僕は天才だった。

 思い出したのだ、説明書にカメラ管理のうんたらで映像を見られる部屋があると。


 足を引きずり、部屋を出る。

 廊下なんて久しぶりに見た。最後がいつかは思い出せないけど、そんなのどうでもいい。早く、早くゾンビ達が見たい。今日はどうなっているのか、何をしているのか、またエッチしているのか。早く、早く見たい。それだけが生きがいなんだ。奪わないでくれ。


 涙を流しながら、僕は管理室に辿り着く。

 扉を開けた先は少しホコリっぽかったかど、別に気にしない。


 ウキウキと映像をつける。そこには、死んだ男ゾンビを食べる娘ゾンビと母親ゾンビの姿があった。


「は? いや、おおぉ? おおおおおおー! 凄い! 余すことなく使うのか! 彼らにだって心がある! それなのにアイツラときたら……」


 声は怒っているはずなのに、顔は笑っているようだ。

 ちぐはぐな心に困惑しつつも、左手が下半身へと伸びる。まるで条件反射みたいに。


「うぅっ、可哀想に。怪我しちぇって。しちぇって? は? 何言ってんだ僕。でも本当のことだろう? あの娘ちゃん、人間のせいで怪我して。治ると思う? ん~流石に侵食されてるのは脳だけだから、普通に治るんじゃないか? 動物と一緒でさ」


 あぁ、疲れた。でも気持ちいい。楽しかった。


 スプーンが持てない。

 食べ物が食べられないじゃないか。


「あぁあ!? がああああああ!!」


 僕は顔をトレイにぶつける。

 それから思い出したので舌をトレイに這わせる。美味しい。


 あれから廊下に出て、外の空気を吸い、映像を見て、こっちに戻っている。

 最近は向こうとこっちを行ったり来たり、面倒。でも、仕方ない。足、動かすの大変。


「あ、れ? なば向こうに居た方が……? ん? いっか」


 ずっと、死ぬことばかり考えている。

 いつだったかテーブルのノートを落として、中を見た。

 誰かが書いた日記があって、ずっと可哀想だった。僕は楽しいのに、悲しくなった。


 でも途中から大きくグルグルって書いたりしてて、楽しそうだった。

 よかった。ウニョウニョ~って線も、僕は好きだ。今日は調子がいい。そう感じて僕はモニターを見る。あぁ、今日も彼らは平和そうだ。ずっと人間だけど、僕は悲しい。


「さよならが欲しい……。あれ? さよならってなんだっけ? どういう形、漢字? じゃなくて感じの~……あれ?」


 僕はさっき拾ったノートの表紙をめくって文字を探す。

 僕の言いたいことを、前に書いた気がするんだ。


 そして見つけた。

『家族との「離別」が僕の心を蝕んでいる。孤独もそうだ。僕はこれから先、一人で戦わないといけない。父さんも母さんも、ゾンビ達と戦って死んでしまったんだ。それを受け入れて、僕は進まないと』


 そして、思い出した。

 ここに書かれている文章を読んで、頭の中にいっぱい溢れてくる。

 悲しいがいっぱいになって、嫌な気持ちになったから、モニターを見る。母親ゾンビが娘ゾンビに頬擦りしていて、羨ましくて、欲しくて、僕は立ち上がった。


「そぉ、だ! いっしょ! 一緒に、あーそーぼってすれあ、いいんら!」


 僕は廊下をなんとか歩いて、エレベーターのボタンを押す。

 なんだか全部新鮮で、すべてが楽しい。久しぶりの感触にワクワクする。

 むしろ、なんで廊下に出なかったのだろう。何か理由でもあったのだろうか。今度帰ったら説明書を読もう。何か書いてあった気がする。


 それから乗って、下りて。

 ニコニコ笑顔で足を引きずり、いつぶりかの外の世界を生で感じる。

 後少し、後少し。


 いくつかのロックと認証を済ませ、巨大な扉がゴゴゴと音を立てて開く。

 みんな、僕を見るのは初めてだろうから、どうしよう。

 期待と緊張で震える。手足が固くなって動かしづらい。


「……あ、ああ!」


 轟音にゾンビ家族は怯えていたので、僕は気さくに挨拶した。

 すると、向こうは僕を受け入れてくれたのか近付いて……噛まれた。


「うヴァアアアア!!!!」


 僕の悲鳴か、それとも彼らの雄叫びか。

 明滅する視界の中、全身の痛みだけが僕の全部だ。

 でも温かい。何かに包まれている。ようやく欲しいものを手に入れた気がした。


 瞬間、僕は思い出す。

 そうだ。彼らは人を襲う。最初に見たじゃないか。ずっと怖くて怯えていたのに、僕は何をしてるんだ。


「ヴァ、カ? アーヒニャ!」


 最期、僕の目にはっきりと映ったのは、全裸の可愛らしい少女が何かを話し、笑顔で僕に噛みつく姿。彼女の瞳に映る、怯えた人類の、愚かな末路。

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