出会いと明日
「髪切りました?」
「はい、けっこうバッサリ。」
一部変更しただけの名刺を交換しながら、明るく笑ってみる。似たようなやりとりが何度か繰り返されるうちに、返答にも困らなくなってきた。金曜日の午後、今週もほぼ終わりだ。新年度一週目の疲れが、顔に出ていないといいけど。
あの日の計画的かつ衝動的な行動を後悔することにならなくてよかった。学生の頃から通っていた美容室は、3か月ごとに、同じ担当者と近くも遠くもない距離感で世間話をして、それなりに居心地がよかった。ふと、変化が欲しくなって見つけ出したところは、自分より年下の美容師さんしかいなくて、これまでより少し遠い場所にあった。
思えば5年前、1人で飛行機に乗っていたとき、すらっとしたパンツスタイルで、髪は襟にかかるくらいの長さで、座席上の荷物を整理するCAさんの溌剌とした姿が印象的で、憧れのような感情が、自分でも不思議なくらい心に残っていた。
「前髪もかけていいですか?」
「・・・はい、大丈夫です。」
縮毛矯正をかけるのも、気づけば久しぶりだった。一度伸びてしまうと切るのが寂しくなって、何度かカラーを入れてみると色を考えるのが面倒になって、ここ数年は伸びた分を切るだけの単純な作業だった。同じことの繰り返しのような毎日は、ぼんやりとしていてうまく思い出せない。
黒を基調にしたスタイリッシュな印象の店内は、写真で見るより広々としていた。新人らしいアシスタントさんは大人しそうでいて、三つ編みにインナーカラーの青が映えていた。雑誌はタブレットで、いつものメニュー表にはないドリンクが目に留まった。
「重さはどうですか?」
「えっと、う~ん・・・。どう、なんでしょう?」
「?・・・あぁ、好みですけど、もう少しだけ梳いてもいいかなと思います。」
「あ、じゃあ、お願いします。」
淡々としているけど作業は丁寧で、これはこれで居心地がいいものだなと思った。思い通りにいかない前髪のせいで、朝から気分が落ち込む心配もしばらくはしなくてすみそうだし、春の嵐も怖くない。
担当者交替の挨拶を済ませて、そそくさと会議室を出る。夕飯は何にしよう。
お互いに押さえていたドアをするりと抜け、もう一度声をかけようとする。
「最近忙しいですか?無理しないでくださいね。」
「全然大丈夫です。またよろしくお願いします。」
先手を打たれたことに一瞬動揺しながらも、反射で答えた。大丈夫じゃない人が言いそうなことだよなぁと思いながら、昨日との気温差のせいでやたらと身体に応える寒さを我慢して歩く。
7年目にしてよく眠れなかった朝も、会社の近くにできた新しいカフェがお気に入りになった昼も、家に帰ってオレオだけ食べて寝落ちした夜も、私しか知らない。
鏡を見るたび、見慣れない自分の姿が新鮮で、踊り出してしまいそうになることや、まっすぐになりすぎた前髪を、クローゼットの奥にあったアイロンを引っ張り出して、毎朝ほんの少し巻いていることも。
こんなことなら、もっと早く試せばよかったと思う一方、今の私だからしっくりくるのかもしれない、と自分を納得させてみる。
今日は定時で帰れそうだ。明日はゴールデンウイークの計画でも立てようかな。
鞄の中に入っているはずの、まだまっさらな10月始まりの手帳を思い浮かべた。