「第7話」どうしてお腹が減るんだろう。。
家に入るとひさおは自己紹介する「私はひさおです。」
一方のさきは「私はさき。」と名前を伝え合った。
ひさお「あがって。そこのソファーに座って。ケガの消毒とかするから。」
ひさおはさきをソファーに座らせケガの手当をしながら、今までの話を聞いた。
ひさおはただ黙って聞いた。
さきは、自分の心の中を吐き出すことなど決してなかった人間。しかし、何故かひさおには自分の辛い状況や自分の抱えている気持ちを自然に話せた。
さきにはとても不思議な感覚だった。
ひさおは自分では決して経験のないくらい、あまりに悲惨な状況に絶句し、黙って聞いた。
ただ、ずっと一緒に涙を流すだけで。
ひさおの目から涙が溢れ落ちる度にさきの心は落ち着いていった。
私なんかのために、泣いてくれる。。私の気持ちを理解してくれる。。こんなこと初めて。
ひさおは、ようやくさきが少し落ち着いてきたのを見計らいお風呂を準備しながら急いで風呂に入ると、さきにも入らせた。
さきがお風呂に入っているうちに服や下着を洗濯し、台所で自分は簡単に食べながら、手際良くさきの食事を用意した。
さきはお風呂の中で考える。
何でひさおには心の中の闇を話せたんだろう。今まで誰にも言ったこともないし、決して言いたいとは思わなかった。。なのに何故?全く話すことに抵抗がなかった。
人に心を隠し付き合ってきたさきには理由が分からなかった。
風呂を出ると服を洗濯され服がない。仕方なく、さきはバスタオルを巻いて部屋に戻った。
さきはひさおの目線が何となく気になった。が、過去に出会った男性とは違い、ひさおを見る限り、全く女を見るギラギラした目線を感じなかった。
ひさお「食事用意したから、座って食べなさい。」
ひさおは風呂上がりのさきに自分の作った食事を食べさせた。ひさおはベッドに横になり、さきの様子をしっかり観察し、注意深く見守る。
さきは思った。一人ぼっちになって、もうどうなっても良かったのに。。なのに、お腹が減るんだ。
さきはどうにもならない気持ちを抱えながら、食事を食べる。。。ひさおの作ってくれた食事はシンプルだったが、とても優しい味がした。
さきが「美味しい。」と微かに微笑んだ。
ひさお「さきさん。僕はね、人間って一人で生きてるんだと思うんだ。だからこそ、人を大切にしないといけない。大切にしてても人は、知らず知らずに傷つけてしまう時もある。みんな1人ぼっちなんだと思う。あなたは、とても辛い思いをしてきたと思う。僕も体験がないくらいだ。ただ、1人ぼっちなのは同じなんだよ。」
さき「もう、何もかもどうでも良かった。。なのにお腹が減るんだ。」とポツリと呟く。
ひさお「最初に言ったでしょう?いい?さきさんは愛されるために生まれたんだ。それをまだ達成出来てないから、お腹が減るんだよ。まだ、死んではいけないと心も身体も訴えているんだと思うよ。」
さきにはなかった不思議な考え方だったが、もはや全てを失った今、ひさおの言葉は自然と受け入れることが出来た。
自然とさきは「そうなんだ。」とニコニコした。
ひさおは思った。まだ、依然として油断は出来ないが、もしかしたらこの子をギリギリ救えたかも知れない。
極限の緊張とあまりに辛い状況を分かち合い、ひさおには相当な精神的ダメージがあった。
ひさお「食べたら、食器だけキッチンに置いておいて。明日洗うから。幸い週末だから、さきさんがいいなら明日、さきさんの衣類買いに行こうか?ああ、あの。さきさんがここにいたい間は居ていいし、出て行きたくなったら好きな時に出て行っていいからね。」
さき「私、ひさおさんと一緒にいたい。私の命を救い、心を救ってくれた人。だから、許してくれるならひさおさんと一緒にいたい。」
ひさお「いいよ。さきさんの寝室は隣の部屋だからね。布団は敷いておいたから。パソコンとかは明日こちらに移動するのでデスクは勉強に使っていいから。」
さき「ありがとう。でも、もう高校は私にはどうでもいいかな。」
ひさおは一流営業マンである。さきの技量で駆け引きでは勝てる訳がなかった。
ひさお「そうか。なら仕方ないな。。申し訳ないけど、高校に行かないなら家には住ませられないな。」
さき「分かったわよ。行くわよ。学校行くから。。私、ここにいたい。どうか、お願いします。」
ひさお「学校行くならもちろんいいよ。約束だからね。」
一安心したら、仕事の疲労に加え、過渡の精神的負荷のためか、ひさおに急激に眠気が襲ってきた。
さきは奇跡的に持ち直し、そして、心の平穏を物心がついて初めて感じた。
ひさおに感謝しながら食器を片付けに行くのだった。