「序章」SAKI
さきは決して裕福とも、幸せとも言えない家庭で生まれ育った。
両親の仲は決して良いとは言えず、物心ついた時には喧嘩する両親を必死に止めたりする毎日。食事も貧しく、恵まれない日々。
両親からは、愛情を受けていると全く感じられない生活だった。
そんな日々を過ごしている、さきも高校3年生になった。
高校生となった、さきは相当な美人で、性格も素晴らしい。高校では圧倒的な人気だった。
学業も優秀で、早々と近くの有名大学に推薦で合格した。
そんなさきを周囲の男が放っておくわけがない。当然ながら、数多くの男子に告白された。が、さきは決して付き合うことはなかった。
その一方で、男女問わず友達とは、カフェで話をしたり、カラオケに行ったり、浅く楽しく付き合っていた。
家庭は貧しいとはいえ、さきには自分の好きに使えるお金はあった。
表向きは、眩しいくらい輝くさき。しかし、対照的に心の中には深い闇があった。
家庭の幸せとは無縁だったさきは、人に愛されること、人を愛すこと、信頼することが出来ない、いや、分からない人間になっていた。
さきは本当の愛というものを知らなかった。
家族愛、兄弟愛、動物愛、男女の愛、神様の愛など様々な愛がある中で、さきは何一つ分かってはいなかった。
いつも孤独を抱えながら、華やかな夜の街に出かけ、高級車を身にまとう年齢の高い男性の車に乗り込み、密室に向かうと男性と身体を重ねるのだった。
男に抱かれている瞬間だけは幸せだった。
愛されていると実感することが出来た。
これほどの美人で若い女に声をかけられ、関係を持てる。男たちは、さきに夢中になって当然だった。
さきは、いわゆるおじさんに思い切り愛され、夢中で抱きついて、男の精を受け止めるのだった。
おじさんにとっては、こんな若い美人とセックス出来る機会など普通はあり得ない。
あっという間にさきの中で果ててしまう。
さきは女の性の悦びというものは未だに知らなかった。
でも、さきは、この瞬間だけは幸せだった。自分を大切にしてくれる。自分を愛してくれる。。。さきが唯一満たされる時間だった。
自分から頼んだことはないが、おじさんは嬉しそうにお小遣いをくれたので、さきはお金に困ることはなかった。
この時間は、さきが唯一、心の深い闇から抜け出せる逃げ道だったのだ。
お父さんからの愛情に飢えてなのか、自分でも分からなかったが、一人ぼっちじゃないことを実感出来る、自分だけを愛してもらえる瞬間だった。
複雑な自分の心が一番求めている物がそこにはあった。
さきは気に入ったおじさん達と夜の一時を過ごすことで、かろうじて平穏な日常を過ごすことが出来た。
しかし、それはとても不安定に構築された精神構造で、極めて脆弱なものだった。