#EX4 木島秋斗②
翌日。
「秋斗君、その怪我どうしたの!?」
教室へ入るなり、天野君が驚いて声を掛けて来た。
それも当然で、僕は分かりやすく隠せない怪我をしていた。
頬をガーゼで覆っているし、手にも絆創膏を貼ってある。
「……ちょっと、転んだだけだよ」
僕は親にも言ったのと同じ、適当な嘘を吐いた。
だって、そうしないと、また「チクった」といって彼らの機嫌を損ねてしまう。
天野君は少し表情を曇らせて、
「あいつらが、やったの?」
「あいつらって――、どうして、知ってるの?」
天野君は、彼らの事を知っていた。どうして?
考えれば、分かる事だった。
靴箱に押し込まれていた僕の持ち物、彼らの怒りを買った先生に言いつけた誰か。
「どうしてって――」
「君が、彼らの事を先生に言いつけたの?」
僕がそう言うと、
「……ごめん。こうなるとは思わなかった」
と、天野君はこれまで聞いたことも無い様な小さな声でそう答えた。
別に、僕は天野君を責め立てる気にもならなかった。
ただ、
「余計な事、しないで」
と、それだけ言って、脇を抜けて自分の席に向かおうとした。
すると、天野君は僕の腕を掴んで引き留めて、
「秋斗君は、それで良いの?」
そんなの――、
「……良いわけ、無いじゃん」
――放課後、また呼び出された。
でも、今度はいじめっ子の彼らじゃなかった。
「天野君、どうしたの?」
今日僕を呼び出したのは、天野君だった。
その隣には、あの怖い中国人の転校生、テイテイ君も居る。
正直、怖い。
「秋斗君、言ったよね。“良いわけない”って」
「それは、そうだけど……」
「じゃあさ、やり返さないの?」
そう言われて、少しむっと来てしまった。
「やり返すって、そんな事、出来るわけないじゃん! 僕は君たちとは違うんだ! 我慢していれば、どうせすぐに飽きて他に行ってくれるのに、君が余計な事をしたから、こうなったんだろう!」
僕は柄にもなく、声を荒げてしまう。
「それは、本当にごめんね。でも、このままじゃ駄目だよ」
天野君は、僕に手を差し伸べる。
「……放っておいてよ。僕には、無理だ……」
でも、僕は背を向けて帰ろうとする。
だって、僕には彼らにやり返す勇気も、力も、何もない。
天野君みたいに、僕は強くないから。
「――待てよ」
でも、そんな僕を引き留めたのは、テイテイ君だった。
「俺はお前の事、あんま知らないけど、来人が、お前は良い奴だから、友達だから、助けたいって言うんだ。だから、来人の手を取ってやってくれないか?」
「友達……? 僕の事?」
そう聞けば、天野君は頷いてくれた。
「秋斗君は覚えていないかもしれないけれど、僕は君に何度も助けられたんだよ」
「それって、この前プリントをばら撒いていた時の話? それだけで?」
「ううん。それだけじゃないよ。言ったでしょ、何度もって」
天野君は僕の覚えていない事まで、いっぱい、いっぱい。
「前の理科の授業で、教科書を忘れた時に見せてくれたり。日直で一緒の子がサボってた時、代わりに手伝ってくれたり。――僕にだけじゃない。秋斗君は誰にだって、そうやって、困ってる人が居たら助けてくれるんだ」
「でも、そんなのって、当たり前の事で――」
「ううん。当り前じゃないよ。それは秋斗君がとっても優しい奴だからで、僕はそんなところが良いなって思って、仲良くなりたいなって思ったんだ」
僕は別に、そういうつもりでやったわけじゃない。
本当に、当たり前にそうしただけ。
天野君は、また僕に手を指し伸ばしてくれる。
「秋斗君がみんなの事を助けてくれた分、今度は僕らが秋斗君の力になる! だから、行こう!」
僕は、天野君の手を取った。
その二人の交わした握手の上に、テイテイ君も手を重ねて、三人で顔を見合わせた。
それから、僕らは彼らいじめっ子たちに仕返しをしてやる事になった。
相手は三人で、こちらも三人。一応人数差は無くなった。
「でも、僕、喧嘩なんてしたこと無いから、不安だなあ」
「そう思って、良い物を用意したんだ」
そう言って、悪い笑みを作った天野君が取り出したのは、水鉄砲とタバスコだった。
「うわあ……」
どう使うのかすぐに理解した僕は、彼らを少し気の毒に思いつつも、多分天野君と同じ悪い笑みをしていたと思う。
そして、その仕返しは大成功。
後で先生にめちゃくちゃ怒られたけれど、酷い目にあったいじめっ子の彼らはそれから大人しくなった。
我慢していればそのうち過ぎ去ると思っていたけれど、そうじゃなかった。
僕はもう、弱虫の秋斗じゃないよ。
ありがとう、天野君、テイテイ君。
――その後も、僕は天野君――ううん、来人と、テイテイ君と一緒に、三人で遊ぶようになった。
一緒に色んな所へ遊びに行った。
お祭りにも行ったし、旅行にも行った。
旅行先の土産屋さんで、三人でお揃いの十字架のアクセサリーを買ったりもした。
土産屋の店主によると、それは“絆の三十字”と呼ばれているお守りのような物で、昔の偉い王様が戦友二人と分け合った宝を模した物らしい。
その伝説になぞらえて、同じ形のアクセサリーを分け合うのがずっと続く友情のおまじないとして伝わっているのだとか。
どこの王様の話だよとか、どこに伝わっているおまじないだよとか、言いたい事は色々有るけれど、子供騙しの観光地の土産なんてそんな物だ。
きっと、店主のお兄さん? おじさん? ――あれ、お爺さんだったかな? まあ、何でもいいや。
十中八九、その店主さんの作り話だ。
来人とテイテイ君は傍目から見てもすぐに分かる様な良い服を着ているから、きっと沢山小遣いをもらったカモが来たと思われて、土産屋の店主も声を掛けて来たんだと思う。
でも、子供の僕らにはそのかっこいい十字架と、それに準えたエピソードがとても心に刺さって、少し背伸びをしてそれを買ったんだ。
そして、その絆の三十字は今も僕らを繋いでいる。
僕は首から下げたその十字架を、左の片手で握る。
もう片手の右手は変な大砲みたいになっちゃって、握れないからね。
「――アギト」
声を掛けられて、僕は顔を上げた。
「ああ、藍さん。ごめん、今行くよ」
来人も、テイテイも、僕の為に頑張ってくれている。
あの頃と一緒だ。
でも、僕はもうあの頃の弱い秋斗じゃないよ。
だから大丈夫、二人と一緒に戦える。
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