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僕のペナントライフ  作者: 遊馬 友仁
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第1幕・Aim(エイム)の章〜⑦〜

 〜御子柴奈緒美(みこしばなおみ)微睡(まどろ)み〜


 ♪ きりひらけ〜 しょうりへのみち〜

 ♪ うて グランドかけろ もえろ〜ちかもと〜


 リビングのソファに横になっている御子柴奈緒美(みこしばなおみ)の耳に、聞き慣れないメロディが耳に入ってきた。


 頭の痛みと眠たさで意識が朦朧(もうろう)とするなか、彼女は、耳をすませて、かすかに聞こえてくる歌声の発生元を確認しようとする。

 どうやら、その鼻歌は、リビングから玄関に続く廊下を出てすぐ場所にあるトイレから聞こえているようだ。


(あの声は、中野くん……?)


(そうだ、いつものカラオケバーで気持ち良くなって歌ったあと、彼に(うち)まで送ってもらったんだ……)


 さらに、その後の()()を思い出し、「あ〜、マズい……」と声に出し、身体を起こそうとするものの、疲労と酔いと頭痛のせいで、起き上がることができない。


 奈緒美が、なんとか上体を起こそうともがいていると、廊下の方から聞こえてくる鼻歌のメロディが変わった。


 ♪ つよいきもちで しょうりをめざせ なかの

 ♪ さあ ゆめをひらけ うてはしれ〜 なかの〜


 身体を動かすことをあきらめた彼女は、代わりに、頭の痛みに耐えながら、脳を働かせることに集中した。


(バーで、『吼えろ』を歌ったとき、完璧なコールを入れてくれたけど、中野くんも、ももクロのファンなのかな?)


(そのわりに、もっとメジャーな『走れ』や『行くぜっ!怪盗少女』を歌ったときは、反応が薄かったけど……)


 いまも、聞き慣れないメロディで鼻歌を歌っている彼が、アイドルやライブ・コンサートに興味があるなら、ICTサポーターの仕事のことばかりでなく、共通の話題が増えて楽しいだろうな……と、ズキズキと響く頭で奈緒美は考える。

 

 自分が作っておいた引き継ぎ資料に対して、大げさに感じるほど感謝の気持を述べてくれた相手と話すうちに、学校の現場でICTサポートの仕事をしていたときに抱いていた()()を久々に思い出し、後任として同じ学校に務めている彼と、その()()を少しでも共有できたことに、彼女は喜びを感じていた。


 その後、ほとんど初対面の彼に、自身の中学校の頃のことを話したのは、自分でも意外だったし、そんな話しを聞かされて、相手に迷惑をかけてしまったのではないかと、少し不安に感じる気持ちもある。


 それでも、自分なりに、時間を掛けて、丁寧に仕上げることができたと感じている引き継ぎの資料を評価し、感謝の気持ちを伝えてくれた彼なら、ICTサポートの仕事に就いていたときの自分の意気込みを理解してくれるのではないか――――――という、淡い期待もあった。


 御子柴奈緒美(みこしばなおみ)は、大学を卒業したあと、企業や個人に対して、パソコンやソフトウェアなどIT関連の指導を行うITインストラクターとして三年間はたらいあと、後任の中野虎太郎(なかのこたろう)と同じ学校でICTサポーターの仕事に一年間従事し、昨年からは、イベント・プロデュースを行う企業に務めている。

 

 彼女が、現在のイベント・プロデュース会社に転職したのは、前職に思い入れを持っていたのと同様、中学校時代に経験した不登校の時期に理由があった。


 中学二年の夏休み明け、主に乳幼児が(かか)ることで知られる夏風邪(なつかぜ)のひとつ『ヘルパンギーナ』に感染してしまった奈緒美は、二学期のはじめに、強い喉の痛みから、一週間以上の療養を余儀なくされた。

 夏休みの課題は、完璧に終わらせていたにもかかわらず、その療養期間のせいで、二学期はじめの実力テストなどを受けられず、通常の授業からも完全に取り残されたと不安に感じてしまった彼女は、病状が回復してからも、登校ができなくなってしまい、二学期が終わるまでズルズルと不登校状態になってしまったのだ。


 カラオケバーで虎太郎(こたろう)に話したように、その間、担任や情報担当の先生のはからいで、ビデオ通話サービスによるオンライ授業やレポートの提出が認められたことで、学校の成績を大きく落とすことはなかったのだが……。

 彼女が、不登校の状態を脱することができたのは、自宅で動画サイトを視聴していたときに、自分と同世代もしくは、少し年上のアイドルの少女たちがライブ・コンサートで披露するパフォーマンスに勇気づけられたことが、もっとも大きな理由だ。


 とくに、バーでマイクを独占しながら曲を歌ったももいろクローバーZは、奈緒美が、もっとも熱心に動画を視聴していたグループだった。

 彼女たちが路上や家電量販店の店先でライブを行っていた頃から、メジャー・レーベルでのCD発売を経て、アイドル・イベントなどで徐々に人気を得ていく様子を見て、彼女たちを応援するうちに、


「自分も、できることから、がんばらないと……」


という気持ちが湧いてきて、年が明けた三学期から、少しづつ登校できる機会が増え、三年生の新学期からは、毎日のように登校できるようになった。


 その頃から、奈緒美は、


「自分がアイドルになるのは難しいかも知れないけど……私に勇気をくれたアイドルたちが、もっとステージで輝けるように、お手伝いしたい」


と、考えるようになっていた。


 ボンヤリとした意識の中で、バーで虎太郎に語ったことと、自分の過去のことが、渾然一体(こんぜんいったい)となりながら、再び視線を廊下の方に向けると、彼の口ずさむ鼻歌は、また、メロディが変わっていた。


 ♪ ゆうぜんとふりかまえたバットに

 ♪ われらのゆめをのせて〜

 ♪ スタンドへ はじきかえせ

 ♪ えいこうつかむ そのひまで〜


 聞き覚えのないそのメロディを耳にしながら、睡魔に襲われた彼女は、目を閉じて、再び夢の世界の住人に鳴った。

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