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僕のペナントライフ  作者: 遊馬 友仁
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幕間その4〜決戦・日本シリーズ!オリックス対阪神〜その①

 10月27日(金)


 僕の手元に、一冊の古い文庫本がある。

 

 著者:かんべむさし

 ハヤカワ文庫『決戦・日本シリーズ!』


 それは、兵庫県西宮市に本拠地を置くプロ野球チームが二つあった昭和時代の後半のこと――――――。


 パシフィック・リーグ所属の阪急ブレーブス(当時の本拠地は阪急西宮スタジアム)と、セントラル・リーグ所属の阪神タイガース(現在も本拠地は阪神甲子園球場)の両チームが、もし日本シリーズで戦うことになったら……という、日本のプロ野球チームの戦いを想定して描かれたサイエンス・フィクションの短編である。


 この作品が執筆された昭和50年前後は、阪急ブレーブスが日本シリーズ三連覇を達成するなど黄金期を迎えていた時期であった一方、阪神タイガースは、10年以上リーグ優勝から遠ざかっていて、阪急と阪神の両球団が、日本シリーズで対決することは、文字通り空想科学サイエンス・フィクションの領域のことだったのだろう。


 スポーツ新聞の記者である主人公が、


「日本シリーズで両球団が戦い、敗北した方の会社の路線を勝利した会社の電車が凱旋走行する」


という企画を立ち上げたことから始まる、(双方のホームグラウンドをつなぐ位置にある路線にちなんで)『今津線シリーズ』と題されたこの決戦は、両チームの応援団やファンのみならず、芸能人からマスコミ、企業、文化人、官公庁、さらには阪神間の各都市の住民・商店街、内外の外国人までをも巻き込み、それらが贔屓のチームにより二分されての大騒動となってゆく様子をコミカルに描いたユーモアSFであるこの作品を表題作とした文庫本は、すでに絶版になっていて、秋のはじめ頃には、5千円前後の価格で取引されていた。


 阪神タイガースが、3連勝でセ・リーグのクライマックスシリーズを勝ち抜いた翌日、オリックスバファローズも、千葉ロッテマリーンズを下して、日本シリーズに勝ち進んだ。


 両チームの勝ち上がりを確認した僕は、実家から持ってきた『決戦・日本シリーズ』の文庫本を手元に置く。


 なぜ、僕が中古価格が高騰しているこの本を所持しているかと言えば、ネットオークションで競り落としたから――――――ではなく、祖父が所有していたものを譲り受けたからだ。


 一緒に甲子園球場に行くたびに、

 

「阪神とオリックスの日本シリーズを見ることが出来たら、いつ死んでもエエな……」


と、口癖のように言っていた祖父(じい)さんは、その『夢の対決』を目にすることなく、僕が高校生の頃に亡くなってしまった。


 僕が、プロ野球を熱心に見始めた頃、阪急ブレーブスという球団はすでになく、後進のオリックスブルーウェーブは、近鉄バファローズと球団合併を行って、オリックスバファローズというチーム名になっていた。

 

 のみならず、阪神タイガースの親会社である阪神電鉄の株式が、ファンド会社に買い占められるという事態に端を発した防衛策(間の抜けた事に本社もマスコミも、株価の高騰は、この年に優勝したタイガースの成績を反映したものと考えていたらしい)のために、仇敵(きゅうてき)と思われていた阪急ホールディングスと経営統合したことで、地域を二分する阪急電鉄と阪神電鉄のライバル関係も幻のように消え去っていたため、僕のような二十代半ばの人間には、電鉄会社同士の対立構造という煽動(アジテーション)は、今ひとつピンと来ないものがある。


 それでも、西宮スタジアム(その跡地は、現在、西宮ガーデンズというショッピングモールになっている)ほどの近距離ではないにしても、京セラドーム大阪と阪神甲子園球場を本拠地に持つ関西の二球団が日本シリーズで争うことに、喜びと不安が交じる不安な感情を覚えていた。


「喜び」の面は、亡くなった祖父さんの願いが、ようやく叶ったということである。

 僕は、フィクションの世界に夢を馳せるくらい願っていた祖父(じい)さんにとっての『夢の対決』が実現したことを実家の仏壇で、祖父に報告した。


「不安」の面は、言うまでもなくオリックスバファローズの底知れぬ強さへの畏怖だった。


 今シーズンの交流戦では、本拠地甲子園で三連戦を戦ったにもかかわらず、我がチームはバファローズに1勝2敗と負け越している。

 しかも、三戦目は、終盤までリードしながら、9回表に2本のホームランを打たれ、今季の守護神(クローザー)として期待されていた湯浅京巳(ゆあさあつき)が、二軍に降格するという事態に陥ってしまった。


 絶対的エースの山本由伸(やまもとよしのぶ)と左のエース・宮城大弥(みやぎひろや)を中心とした投手力は、阪神タイガースと互角と見られ、堅実な守備力と一発を打てる打者が多く揃っている上に、変幻自在にオーダーを組み替えられる打線は、パ・リーグ三連覇に相応しく充実した戦力を誇っている。


 これまでの相手よりも、さらに手強い相手を前に、僕は、今まで以上に気を引き締めようと考えていた。


 もっとも、いったい何のために気を引き締める必要があるのかを問われると、答えに困るのだけど――――――。


 そして、もう一つ、僕の近況に変化があったことを記しておきたい。


 我がチームが、悲願の『アレ』を達成した三日後、僕は予定どおり、奈緒美さんに誘ってもらったライブ・イベントを堪能し、その夜の彼女の『推し』トークにお付き合いした。


 すると、彼女の話しを熱心に聞いていたことが影響したのか、


「他のライブも虎太郎くんに見てもらわないと! 今度、ウチでライブDVDのマラソン観賞をしましょう!」


と、なかば強引に提案をされ、僕は、9月の中頃から週末ごとに奈緒美さんの家で、彼女の『推し』グループのライブDVDやブルーレイで観賞することになった。 


 さすがに、毎週お世話になりっぱなしというのも気が引けるので、二度目の訪問のときに、


「金曜日は、僕が早く帰って来ることが多いし、なにか、料理を作っておこうか?」


という提案をしたところ、彼女は喜んで僕の申し出を受け入れてくれた。


 そんな訳で、阪神タイガースのペナントレースが消化試合と言って良い状態になったこともあり、合鍵を預かった僕は、奈緒美さんの家で料理を作りながら、彼女の帰りを待つことが週末ごとのルーティーンになった。


 それから、ひと月ほどが経過した頃に行われた先週の金曜日に開催されたクライマックスシリーズの最終戦となったカープとの第3戦も、彼女の家で観戦し、試合終了後にはライブの観賞を行った。


 こうして、いよいよ明日には、僕にとって、2回目の日本シリーズが開幕する。


「阪神なんば線シリーズ」と呼ばれたこの対決を前に、『決戦・日本シリーズ!』の文庫本の中古取引価格は、3万円以上に跳ね上がっていた。

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