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僕のペナントライフ  作者: 遊馬 友仁
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第4幕・ARE(アレ)の章〜⑯〜

 甲子園駅の北側の駐輪場に自転車を停めて、球場前の高架下に向かう。


 駅に向かう大勢の人たちの流れに逆らいながら、人混みをすり抜けて行くと、数百メートルは離れているであろう場所にも高架下からの歌声が聞こえてくる。


 ♪ 打球は一直線 スタンド突き刺さる

 ♪ ホームラン ミエセス ララララーラーラー

 

「バモス! ヨハン・ミエセス! バモス! ヨハン・ミエセス!」


 お茶目なキャラクターで、ファンからも愛されるヨハン・ミエセスのヒッティング・マーチの大合唱が終わると、七色にライトアップされていた高架下の照明が一斉に消えて、周囲は暗転する。

 この照明が消えると、ファンは解散して駅に向かうというのが、高架下二次会の暗黙のルールだ。


 ♪ 六甲おろしに 颯爽と〜 (そ〜れイケイケ〜)

 ♪ 蒼天かける 日輪の〜 (そ〜れイケイケ〜)

 ♪ 青春の覇気 麗しく

 ♪ 輝く我が名ぞ 阪神タイガース

 ♪ オウオウオウオウ 阪神タイガース フレ〜フレフレフレ〜


 締めの『六甲おろし』が歌われたあとも、興奮さめやらない高架下のファンを横目に見ながら、彼女を探していると、晴れやかな上気した表情を見せる法被やユニフォーム姿の人々から少し離れた場所、国道を支える巨大な橋脚のそばに、少し不安気な表情のオフィスカジュアル姿の女性が目に入った。


「奈緒美さん、お待たせしました!」


 肩で息をしながら声を掛けると、彼女は、安堵したような表情を見せる。


「虎太郎くん、ゴメンね……迷惑を掛けちゃって……」


 申し訳なさそうに語る奈緒美さんの言葉に対して、僕は、大きく首を振る。


「いや、それは、僕が中途半端に()()()をしてしまったからで……それより、僕は嬉しかったんです……」


 まだ、落ち着かない息を整えながら、そう答えると、彼女は意外そうに表情で、


「嬉しかった……の?」


と、たずね返してくる。

 ようやく、呼吸が整ってきたので、僕は、言葉を選びながら、彼女の言葉に応じる。

 

「はい……奈緒美さんは、僕の『推し』について、興味を持ってくれているのかな、って……」


 そう答えると、彼女は、人指し指を頬に当てて、少し考えるような仕草をしたあと、


「そう、だね……虎太郎くんが、夢中になってる阪神タイガースが優勝した時、どんな行動を取るのか、興味があったんだ……」


と、ポツリと語り、ペロリと小さく舌を出し、いたずらっぽく微笑んだ。


 その仕草に、感情の(たかぶ)りを覚えた僕は、両方の手で奈緒美さんの手を握り、感謝の気持ちを伝える。


「ありがとうございます! めっちゃ嬉しいです!」


 そして、僕自身の思いの丈を込めて、訴えた。


「それと……僕も、奈緒美さんの『推し』について、もっともっと知りたいです! だから、今度の東京でのライブ・イベントに一緒に行けるの、めちゃくちゃ楽しみです!」


 自分の考えていること、その想いを精一杯、伝えると彼女は、一瞬おどろく様な表情を見せたあと、フフフと笑みを浮かべながら、こんな風に答えた。


「私の『推し』トークは、ももクロちゃんのライブくらい長くなるよ? 一晩中つき合ってくれる覚悟はある?」


「えぇ! 当然です!」


 僕が、即答すると、今度は、少しだけためらう様な表情を見せた奈緒美さんは、


「じゃあ……他にも、仕事のことで悩んだりした時の話しなんかでも……?」


と、口にした。

 

「はい! もちろん、喜んで!」


 再び、快活に答えると、手を振りほどいた彼女は、


「嬉しい! ありがとう!」


と言って、 僕の背中に手を回し抱きついてきた。

 突然、抱きしめられた驚きと、相手の体温を感じることに動揺しながらも、オズオズと彼女の背中に手を回すと、今まで僕の視界に入っていなかった周囲を歩くタイガースファンらしき人々から、


「お、お〜」


という歓声が上がった。

 その声に反応し、サッと奈緒美さんの身体から手を放したが、そんな僕のとっさの行動に関係なく、様々な声が耳に届く。


「お兄ちゃんも、おめでとう!」

「これも、阪神優勝のおかげや!」


 そんな喧騒(けんそう)に続いて、


「暗くて良く見えへんけど、お兄ちゃん、中野拓夢(なかのたくむ)に似てない?」


「ホンマや! 中野にソックリや!」


「イイぞ! イイぞ! な・か・の! イイぞ! イイぞ! な・か・の!」


という言葉が続き、彼らの即興で、ヒッティングマーチが歌われ始めた。


 ♪ 強い気持ちで 勝利を目指せ中野

 ♪ さあ夢を拓け 打て走れ中野


「なーかーのー なーかーのー」


 応援団の唐突な歌に困惑しながらも、頭をかきつつ、


「すいません……盛り上げてもらって……」


と、周囲の人たちに感謝の言葉を述べると、∨メガバットやカンフーバットを叩いて、再び声援を送ってくれた。

 彼らの一団が、駅の方に去って行ったことを確認したあと、あらためて、奈緒美さんに謝罪する。


「なんか、変なことになっちゃて、すみません」


 頬をかきながら言うと、彼女も苦笑しながら返答する。


「ううん……私の方こそゴメンね……」

 

 奈緒美さんの言葉に、微笑を返すと、彼女は「そう言えば……」と、不思議そうに言葉を続ける。


「さっきのファンの人たちは、どうして、虎太郎くんの名字を知ってたのかな?」


 その疑問に応じるべく、今度は僕が苦笑いしながら返答する。


「自分からは、あまり言わないようにしてますけど、僕、タイガースの中野拓夢選手に似てるって言われることがあるんですよ。さっきの人たちが歌ってたのは、中野選手のヒッティングマーチです」


 そう答えると、彼女は、「そうだったんだ……」と、パンと手を叩いたあと、


「中野選手は、キンプリの岸優太(きしゆうた)くんとか、フィギュアスケーターの宇野昌磨(うのしょうま)さんに似てるんですか?」


「まあ、たしかに、そう言われることは多いみたいですね」


 奈緒美さんの質問には、そう答えておいたが、残念ながら、僕自身が、イケメンアイドルやスケート選手に似ていると言われた経験があるわけではない、ということだけは付け加えておく。


 お互いに少し冷静さを取り戻すことができたことで、人の流れに身を任せながら、僕たちは、駅の改札口に向かうことにした。

 

 その途中、奈緒美さんが思い出したように、また質問を投げかけてきた。

 

「そうだ! あと、もうひとつ気になっていたことがあったんだ! 試合が終わる直前に、ゆずの『栄光の架橋』の合唱が球場内から聞こえてきた気がするんだけど……ファンの人から、すごく慕われている選手がいるんだね……あれは、どの選手のテーマ曲なの?」


「それは……話し始めると長くなってしまうので、ちょっと落ち着いてから、聞いてもらって良いですか?」


 かつては、余裕で三時間を超えるライブを行っていたというももいろクローバーZほどではないにせよ、()()()()への僕の思い入れの入ったトークは、ツボにハマったときの今季のタイガース打線の攻撃くらい長く続いてしまうだろうから……彼女には、時間を掛けて、話しを聞いてもらおうと思う。


 こうして、この夜、彼女の話しをタップリと聞き、じっくりと自分の想いを聞いてもらった僕は、選手や監督たちの歓喜のビールかけの中継を見逃してしまった。


 だけど、僕は、友人に薦められて観た映画の登場人物である大学講師のように、一生を共にしたいと思える相手と語り合えた夜のことを後悔していない。

 

 そして、ロビン・ウィリアムスが演じたその中年男性と同じように、僕は、2023年9月14日という日を一生忘れないだろう、と思った。


 【本日の試合結果】

 

 阪神 対 巨人 23回戦  阪神 4ー3 巨人


 タイガース才木浩人(さいきひろと)、ジャイアンツ赤星優志(あかほしゆうじ)両先発投手の好投もあり、0対0で迎えた6回裏、タイガースは大山悠輔(おおやまゆうすけ)の犠牲フライと佐藤輝明(さとうてるあき)の2ランホームランで3点を先制する。

 9回表には、マウンドに上った岩崎優(いわざきすぐる)が1点差に迫られ、一打同点の場面を迎えるも、最後の打者を内野フライに打ち取り試合終了。

 阪神タイガースが、18年ぶりにセントラル・リーグのペナントレースを制した。

 

 ◎9月14日終了時点の阪神タイガースの成績


 勝敗:78勝42敗 4引き分け 貯金36

 順位:首位(2位と13ゲーム差) 優勝決定

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