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僕のペナントライフ  作者: 遊馬 友仁
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第4幕・ARE(アレ)の章〜⑧〜

 御子柴奈緒美(みこしばなおみ)逡巡(しゅんじゅん)


 9月上旬の週末、御子柴奈緒美(みこしばなおみ)は8月中に消化できなかった夏季休暇を利用し、静岡の実家に帰省していた。

 

 実家に戻るのは年末以来だが、お盆休みに関西地方に観光に来ていた両親とは、3週間ぶりの再会だ。


「先月は、お世話になったから、今週はゆっくりして行ってね、奈緒美ちゃん」


 二十代後半になる娘の名前を()()()付けで呼ぶ彼女の母は、先月、会ってから二十日ほどしか経っていないにもかかわらず、ひとり娘が自宅に帰ってきたことを喜んでいる。

 さらに、父親も、愛娘に語りかけながら、相好(そうごう)を崩す。


「そうだな……家で過ごすのも良いが、行きたいところがあるなら、いつでも言ってくれ。クルマを出すからな」


「もう……お父さんも、奈緒美ちゃんには甘いんだから……」


 自分のことを棚に上げ、父親に小言を言う母の姿に苦笑しながら、奈緒美は実家の居心地の良さにやすらぎを覚える。


 中学校の一時期、学校に通えなくなった自分に対して、さり気なく、根気強く、自分に向き合い、彼女自身の意志で登校できるまで見守り続けてくれた両親への感謝の気持ちをあらためて感じながら、


(実家を出てからも変わらずに愛情を注いでくれるこの二人と同じくらい、落ち着いた気持ちで過ごすことのできる相手と出会うことはあるだろうか――――――?)


と、御子柴奈緒美は考える。


 もちろん、趣味や考え方の合う友人たちと語り合う女子会のメンバーたちと過ごす時間は楽しいものだが……。

 それは、実家に居るときに感じるような穏やかなモノとは、少し異なる。


 そして、趣味や近況報告ではなく、仕事上で感じたモヤモヤした感情や、やり場のない気持ちを聞いてほしい、と感じたときに、真っ先に思い浮かぶのは、春に知り合った年下の青年の表情だった。


 最初に顔を合わせた夜に大変な迷惑を掛けてしまったにも関わらず、彼は、イヤな顔もせず、自分の話しに付き合ってくれた。

 彼が、自分自身の仕事を引き継いでくれた相手で、共通の話題が多いということもあるが……。


 それでも、なぜ、実家にいるいまも、彼の顔が思い浮かぶのか、奈緒美自身にも、その理由はわからなかった。


 家族のこと、友人たちとのこと、そして、自分の仕事を引き継いだ彼のこと――――――。


 久々に戻った実家のリビングで、仕事以外の人間関係に想いをはせている彼女に、父親の(あゆむ)が声をかけてきた。


「そうだ、奈緒美! イオンモールに行ってみないか? 久々にゴディバのミルクチョコレートを飲もう!」


 父の唐突な提案に、母はあきれた、といった表情で、


「お父さん、急にナニを言い出すの? 奈緒美ちゃんも疲れてるのに……」


と声をあげる、子供の頃からの好物であった『ゴディバのミルクチョコレート』という甘い響きに誘われた彼女は、父の提案に乗ることにした。


『ミルクチョコレート』という言葉を耳にした娘の嬉しそうな表情を確認した母の美佐子(みさこ)は、微笑を浮かべて、夫と娘に声をかける。


「仕方ないわね……夕食までに帰ってきてね。夕飯は、奈緒美ちゃんの好きな、とろろ汁と()()()揚げよ」


 夕飯が、自分の好物であることを耳にした奈緒美は、


「わぁ! ありがとう!! お母さん!」


と、顔をほころばせてこたえた。


 ※


 御子柴家の実家から、車で20分程の場所にあるショッピングモールで、ウインドウショッピングとミルクチョコレートを堪能したあと、母親の好物であるシュークリームを購入して帰路に着く。


 車中のラジオでは、地元局のラジオDJがリクエストに応えて、曲を紹介している。


「最近では、ファーストフード・チェーンのコマーシャルにも使用されている、50年近く前に発売されたこの曲、わたし達の耳に馴染んでいるレコード用音源では『すべてのことは、メッセージ』と唄われているんですが、最初にテレビコマーシャルで使用されたときには、『すべてのことは、君のもの』と唄われていたんですよ」


 ディスクジョッキーの豆知識の披露に続いて、父と奈緒美の二人が良く知る楽曲が、カーラジオから流れてきた。


 ♪ 小さい頃は 神さまがいて

 ♪ 不思議に夢を かなえてくれた

 ♪ 優しい気持ちで 目覚めた朝は

 ♪ 大人になっても 奇跡は起こるよ


 曲に耳を傾けながら、


「懐かしい……子どもの頃に良く見てた『魔女の宅急便』で、最後にこの曲が流れてたよね……」


と、奈緒美が感想を口にする。


「そうだな〜『魔女の宅急便』は、父さんと母さんが、初めてのデートで観た思い出の映画でもあるからな……」


 愛娘の言葉に応えて、父の(あゆむ)も感慨深い様子で同調した。


「そうだったんだ! もしかして、それで、映画のDVDが家にあったの? てっきり、私は自分がおねだりしたから、買ってくれたんだと思ってたけど……」


「いや〜。まあ、父さんと母さんにとっても、大事な思い出の映画だけど……もちろん、奈緒美がこの映画を何回も観たいって言ったから、DVDを買ったんだよ」


 苦笑しながら応じる父の答えに、奈緒美は「そっか……」と、つぶやいたあと、


「でも、本当に良い歌詞だよね……子どもの頃より、大人になったいまの方が、沁みるな〜。小さい頃に夢を叶えてくれた神さまって、まるで、お父さんとお母さんみたいじゃない?」


と、いたずらっぽい表情で問いかける。

 娘からの問いかけに、父は少し照れた表情で、バックミラーを見ながら応じた。


「奈緒美にとって、そういう存在で居られたなら、父さんも母さんも、こんなに嬉しいことはないけどね……自分の子どものことは、何でもわかっていると思っていたけど、ミルクチョコレートがお気に入りだということより後のことで、自信をもって答えられることが、どれだけあるか……」


 そんな父の言葉の終わりを軽く否定するように、ふるふると首を振った奈緒美は、再び父親に問いかける。


「お父さんやお母さんが私にしてくれたことを……私も自分の子どもにしてあげることができるかな……?」


 そんな娘の問いに、父親は、おどけた表情でジョークを交えながら応じた。


「それには……父さんみたいなパートナーを見つけることだな。この前、奈緒美の家のテレビで観た阪神マジック点灯のインタビューに答えてた知り合いの男の子なんてどうなんだ? なかなか誠実そうじゃないか?」


 まるで、外国映画の俳優がするようなウインクをする父に吹き出すのを堪えながら、奈緒美は答える。


「虎太郎くんは、来週の日曜日に東京で開催されるライブ・イベントに誘ってるんだ」


 すると、父は、娘の答えに満足したように「それは、良かった……」と、うなずきながら、ふと、何かを思い出したようにつぶやく。


「阪神は、そろそろ優勝が近づいてるんじゃなかったか? 胴上げの日が、来週の日曜日に重ならないとイイけどな……」

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