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僕のペナントライフ  作者: 遊馬 友仁
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幕間その3〜あかん! 優勝してまう!! 阪神優勝いただき隊〜2021年〜その④

 8月も中旬になり、東京五輪が閉幕しても虎太郎の就職活動は続いていた。

 さらに、貴子の倦怠感や味覚異常などの症状にも、あまり改善は見られなかった。


 そんな中でも、一次面接を終えて貴子の部屋に立ち寄った虎太郎に、アパートの主が問いかける。


「今日の面接は、どうやった? アミューズメント関係の仕事って言ってたけど」


「そうそう、アミューズメントって言っても、良く聞いたらゲームやエンターテイメントの施設よりも、パチンコ関連が主な業種らしいわ。面接では、それなりに上手く話せたつもりやけど……選考が進んだとして、この会社に行こうかというと、微妙やなぁ」


 選考が進みつつある中でも、やや渋い表情の虎太郎に、彼女は微笑みながら、彼を励ますように応答する。


「それでも、面接で話しを聞いてもらえるようになっただけでも、良かったやん! 会社から、まったく相手にされずに、モテなかったコタローくんが、相手を選べるようになっただけでも、大きな進歩やで」


「う〜ん……そうなんかな〜。僕は、まだ自分に向いてる仕事とか、わからへんからな〜。やりたいことがあって、その仕事してる会社から採用された貴子が羨ましいわ」


 虎太郎が、軽いため息をつきながら言うと、貴子は、


「私だって、最初から、自分が趣味にしようと考えていたことを仕事に活かせるなんて思ってなかったよ」

 

と、答えた。


「えっ!? そうなん? 映像研のサークルに入ってすぐの頃に貴子の作った動画を見せてもらって、スゴいな〜、と思ったし、その時から貴子は、映像関係の仕事に進むんやろうなと思ってたけど……」


 自分の言葉を意外だ、という表情で受け止める虎太郎に、貴子は入学以前から大学に入学したての頃を懐かしみながら、自らのことを語りだした。


「私、高校を卒業したあとは、グラフィックを学べる専門学校に行こうと考えてたんだよね……でも、親に『大学を出とけ!』って、反対されて、ここに来たんだ。大学じゃ、CGなんて勉強できないと思ってたんだけど、総合情報学部は設備も揃ってて、ソフトも自由に使えるモノもあったし……なにより、映像研究会の活動で作った動画をコタローくんに褒めてもらえたから……『やっぱり、この方面の仕事に就こう』って考え直したんよ」


 貴子の独白を聞いた虎太郎は、「そうなんや……」と、つぶやいたあと、自分の名前が語られたことに反応し、


「僕が、褒めたから?」


と、彼女にたずね返す。


「そう、今でも覚えてるねん。私が、サークルのみんなに初めて動画を見てもらったと、『スゴいな、江草さん! 天才ちゃう? いいね!ボタンがあったら、一万回くらい押したいわ!』って言ってくれたの」


「僕、そんなこと言うたっけ?」


 虎太郎が返答すると、


「やっぱり、忘れてる……」


と、貴子は苦笑する。そして、彼女は、言葉を選ぶように虎太郎に語った。

 

「あのコタローくんの言葉で、どれだけ勇気づけられたか……コタローくんには、人を応援して元気づけたり、勇気づけたりするチカラがあるんちゃうかな。さすがは、阪神ファン歴10年以上やなって思う。自分に合う仕事は、そういうところから考えたらイイんじゃない?」


「僕に合う仕事って、なんやろう……?」


 異性の友人の言葉に、虎太郎がつぶやくように言葉を発すると、彼女は、さらに助言を付け加えた。


「ゼミで、黒田先生とやってきたことは、これからの社会、特に教育の分野で役に立つんちゃうかな?」


「ゼミで、やってたことって、ICTを教育に反映させるってこと?」


 虎太郎が、貴子の言葉を確認しながら問い返したように、彼らが所属する黒田ゼミは、『ICTおよびメディアによる教育イノベーション』というテーマで演習を行っており、インターネットやテレビから入ってくる情報を正しく理解し吟味するチカラを養い、ICT機器を利用して、これまでの教育で重視されていなかった


・自分のアイデアや問題を視覚化する

・自分の考えや情報を整理する

・自分の意見を友だち同士で共有する

・お互いの考えを評価する


といった自分自身や周囲の人々の思考(=考え方)のパターンを表現することの重要性を探求している。


 感染症の影響で、遠隔授業が余儀なくされた彼らのゼミでは、PCやタブレットを利用できる小・中学校で普及している『ロイロノート』という思考支援アプリでベン図やイメージマップを使用することによって、ゼミ生ひとりひとりの考えを容易に共有できるようになるという劇的な変化を体験した。


 自身の問いかけに対して、肯定的に力強くうなずいた貴子の反応を見ながら、虎太郎も三年生からのゼミでの活動を思い出しながら語る。


「たしかに、去年のゼミがオンラインになってしまったのは残念やったけど、黒田先生のゼミでは、そのオンライン授業の中でロイロノートなんかを使って、遠隔でも自分たちの考えを共有したり、お互いの意見に評価をしあえるってことが理解(わか)ったもんな……」

 

 彼の一言一句に、うんうん、と首をタテに振った貴子は虎太郎に同調するように、「そうやな……」と微かな笑みを浮かべた。


「そういう経験をしているのは、これからの時代の強みになるんちゃうかな? 今のところ、黒田ゼミからは教育関係の仕事に進む人は居てないみたいやけど……コタローくんは、新しい教育支援の仕事とか向いてるんちゃうかなって思うから……そういう方面の仕事を探してみたら?」


 続けて語った貴子の言葉に大きくうなずいた虎太郎は、「そっか、わかった……」と同意する。


「いままで、教育関係の企業については触れてなかったけど、エントリーしてみようかな?」


 前向きな表情で語る彼に、


「うん、がんばって! ゼミのみんなで、卒業旅行でお祝いできるようにしよう」


と彼女は、力強い笑顔でエールを送った。


 ※

 

 虎太郎の就職活動が、かなり遅まきながら少しづつ軌道に乗り出した頃――――――。


 首位陥落の危機を何度も乗りきってきたタイガースだが、8月後半以降になると、前半戦に打線を引っ張った佐藤輝明(さとうてるあき)、ジェリー・サンズ、梅野隆太郎(うめのりゅうたろう)を始めとした主力選手の不振が重なり、迎えた8月29日、デーゲームでジャイアンツとスワローズがそれぞれ勝利し、ナイターのマツダスタジアムでのカープ戦でタイガースが三連敗を喫したことにより、約5ヶ月守り続けた首位から遂に陥落。さらに勝率の関係で一気に3位にまで降格した。


 9月になり、虎太郎は、ようやく、志望した教育関連企業の最終面接にたどり着く。

 倦怠感などの症状が続いていた貴子の後遺症は、風が涼しくなり出した頃には収まりはじめた。

 

 ロードから本拠地甲子園に戻ったタイガースは、ドラゴンズ戦を挟んだジャイアンツとの直接対決を2勝1分の好成績で乗り切り一度は首位を奪還したものの、今度は、ジャイアンツに代わって、スワローズが2008年のジャイアンツを思い起こさせる猛追でタイガースを抜き去った。

 そんな中、ABCテレビ(大阪朝日放送)は、意地になって『16年ぶりに優勝してまう?』を放送したものの、神宮の直接対決で負け越し、スワローズにマジック点灯を許してしまう。


 10月になると、体調が回復した貴子は東京で開催される内定式に出席し、虎太郎にも、志望企業から内定の通知の吉報が届いた。


 5割以上の戦いを演じながら首位に食らい付くタイガースは、、交流戦明けから続いた不調から立ち直った投手陣の踏ん張りや、坂本誠志郎(さかもとせいしろう)島田海吏(しまだかいり)らの活躍もありスワローズを追撃。10月23日にゲーム差0の状態となる。

 

 こうして、スワローズのマジックナンバー2で迎えた10月26日――――――。

 

 タイガースは、シーズン最終戦となる甲子園でのドラゴンズ戦を迎える。

 ドラゴンズは、主砲のダヤン・ビシエドが欠場した上に、規定投球回到達を狙う先発の小笠原慎之介(おがさわらしんのすけ)がコンディション不良という報道も出ており、阪神ファンは勝利を期待していたものの、2回にタイムリーエラーで先制を許す。5回、8回にも追加点を奪われ、このシーズン、甲子園の試合において1敗しかしていなかったドラゴンズ相手に0−4で敗戦。同日にスワローズがベイスターズに勝利し、2015年以来の優勝を決めた。

 タイガースは、最大7ゲーム差を逆転されて優勝を逃して、2008年の再来を演じ、中野虎太郎は、またも贔屓球団のリーグ優勝を見届けることができなかった。


 この年の年末には、ゼミ生10名が無事に内定を勝ち取った黒田ゼミでは、前年に海外視察の名目で渡航する予定だったオーストラリア・メルボルンへの卒業旅行が行われた。


 ※


「そこまで関係がデキてて、なんで、あの二人は付き合わなかったんだ?」


 学生会場で行われる卒業式を控えて、友人2名の動向を気にかける和田久(わだひさし)が、大野豊(おおのゆたか)歳内理乃(さいうちりの)に問いかける。


「そんなこと、僕らに聞かれても……」


 と(ゆたか)が言いよどむ一方で、理乃(りの)は、自身の見解を述べる。


「結局のところ、タイミングの問題なのかな〜? 中野くんが、内定をもらったときには、貴子は、東京の会社の内定式に出席した後だったし……もう少し、早く中野くんが内定を取っていたら、二人の関係について考える余裕があったかも知れないけどね」


「そっか……でも、別に東京と関西で離れていても、付き合うことは出来るのにな……」


 (ひさし)が、つぶやくように言うと、(ゆたか)も同調して、


「もし、どちらかが告っていれば、進展もあったかも知れないけどねぇ……」


と、名残惜しそうに語り合う中野虎太郎(なかのこたろう)江草貴子(えぐさたかこ)に視線を向けながら語るのだった。


 ・2021年の阪神タイガースの最終成績


 勝敗:77勝 56敗 10引き分け

 順位:セントラル・リーグ 2位

 ※ 優勝したスワローズとのゲーム差0

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